第二十三話:東京のジャングルと魔力の痕跡
伊達宗一郎の重い依頼を受け、龍馬は再び動き出した。彼の心には、故郷の危機を救うという新たな使命が燃え上がっていた。ルミリアの知識は、地球の「植物暴走」現象が、異世界のものとは異なる性質を持つことを示唆していた。
『マスター。この『植物暴走』は、この世界の生命エネルギーの魔力が、何らかの原因で暴走し、制御不能になった結果です。エルフヘイムでの『侵食魔法』とは異なり、意図的な悪意によるものではない可能性があります。しかし、その規模は、管理者の『終焉の螺旋』に匹敵するほどです。』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で響いた。
「意図的じゃない……? じゃあ、何が原因なんだ?」
龍馬は、窓の外に広がるジャングル化した東京の街を眺めながら、疑問を口にした。
『現時点での解析では、特定できません。しかし、この異常な生命エネルギーの魔力は、この世界の魔力バランスを根底から揺るがしています。』
龍馬は、伊達宗一郎が用意してくれた簡易的な地図を広げた。地図には、植物暴走の範囲が示されており、東京都の大部分が、既に緑に飲み込まれていることが分かる。特に、都心部、皇居周辺が最も被害が甚大だという。
「伊達さん。この植物暴走が始まったのは、いつ頃からなんですか?」
龍馬が尋ねると、伊達は疲れた顔で答えた。
「約三ヶ月前だ。最初は、ただの異常気象による生育不良だと思われていた。だが、日に日にその速度は増し、今ではご覧の有様だ。政府は、様々な対策を試みたが、どれも効果がなかった。まるで、植物そのものが意思を持って、我々を排除しようとしているかのようだ。」
伊達の声には、絶望が滲んでいた。
「植物が意思を……。しかし、それは魔力の暴走によるものだろう。根本の原因を特定できれば……。」
龍馬は、伊達の言葉から、植物暴走が単なる自然現象ではないことを確信した。
「伊達さん。この植物暴走の中心地はどこだと思いますか?」
龍馬は、地図を指差しながら尋ねた。
伊達は、地図上の皇居周辺を指差した。
「確証はないが、植物の成長速度が最も速く、異常な魔力を感じるのは、皇居周辺だと推測している。特に、皇居の地下には、古くから何か神聖な場所があると伝承されている。」
「皇居の地下……。」
龍馬は、その言葉に、何か引っかかるものを感じた。異世界でも、管理者と繋がる場所は、地中深くにあった。
『マスター。皇居周辺から、非常に強い魔力反応を感知します。それは、この世界の『生命の魔力』が、異常なほどに凝縮されている場所です。』
ルミリアが、彼の心の中で警告するように告げた。
「よし、伊達さん。俺は、皇居の地下に向かいます。そこが、この異変の原因を突き止める鍵になるかもしれない。」
龍馬は、伊達にそう告げた。伊達は、龍馬の言葉に驚いた表情を見せた。
「皇居の地下だと!? あそこは、既に植物に完全に覆われ、立ち入りすら困難だ! それに、万が一、何か危険なものが潜んでいたとしたら……。」
「大丈夫です。俺には、ルミリアがいる。そして、俺の『調律の魔法』で、何とかしてみせます。」
龍馬は、伊達を安心させるように言った。伊達は、龍馬の覚悟に、何も言えなかった。しかし、彼の瞳には、かすかな希望の光が宿っていた。
「分かった……。だが、無理はしないでくれ。君が、人類の最後の希望なのだから。」
伊達は、そう言って、龍馬の肩を叩いた。
龍馬は、避難所を後にし、皇居へと向かった。都心は、既に緑の壁と化していた。高層ビル群は、巨大なツタに絡め取られ、その姿をほとんど隠している。アスファルトの道路は、植物の根によって隆起し、ひび割れていた。
『マスター。周囲の植物は、マスターの『調律の魔法』に反応しています。通常の生命の魔力は、マスターの力によって活性化します。』
ルミリアが、彼の心の中で告げた。
「そうか……。俺の調律の魔法は、生命の魔力を活性化させる。だから、この植物暴走を悪化させる可能性もあるってことか……。」
龍馬は、自分の力が、この状況下では諸刃の剣になる可能性を悟った。慎重に行動しなければならない。
皇居に近づくにつれて、植物の密度はさらに高まり、まるで原生林の中にいるかのようだった。陽光は、ほとんど届かず、薄暗い空間が広がっている。
「ここが、皇居か……。」
龍馬は、かつて訪れたことのある皇居の風景とは、あまりにもかけ離れた現実に、言葉を失った。
『マスター。皇居の地下へと続く、魔力の痕跡を感知しました。非常に古く、そして強大な魔力です。』
ルミリアが、正確な場所を龍馬に提示する。それは、皇居の宮殿の地下へと続く、隠された通路のようだった。
龍馬は、その場所へと向かった。植物の根が絡み合い、岩盤を突き破っている。彼は、邪魔な植物を最小限の魔力で抑制し、その通路へと足を踏み入れた。
通路の奥は、深く、そして暗い。ひんやりとした空気が肌を刺す。しかし、その奥からは、脈打つような強い魔力の波動が感じられた。
『マスター。この魔力の波動は……これまで経験したことのない、非常に特殊な性質を持っています。まるで、この世界の『意志』そのもののような……。』
ルミリアの声に、微かな緊張が走っていた。
龍馬は、その魔力の波動に、違和感の正体を感じ取った。それは、確かに「願い」のようなものだった。しかし、その願いは、どこか悲痛で、そして、途方もなく大きな存在からの響きだった。
通路の最奥には、巨大な岩盤でできた扉があった。扉には、見慣れない古代文字が刻まれている。
『マスター。これは、この世界の『生命の源』へと続く扉です。そして、この扉の奥に、地球の『マナの奔流』が、異常なほどに暴走している根源が存在します。』
ルミリアが、その扉の正体を告げた。
「生命の源……。ここが、地球の心臓部ってことか。」
龍馬は、その言葉に、自身の使命の重大さを改めて感じた。
「よし、ルミリア。扉を開けるぞ。」
龍馬は、扉に手を触れた。冷たい感触と共に、古く、重い魔力の波動が伝わってくる。彼は、自身の調律の魔法を扉に流し込んだ。
彼の魔力は、扉に刻まれた古代文字と共鳴し、奇妙な光を放ち始めた。ゴゴゴゴゴ……! と、重々しい音を立てて、巨大な岩盤の扉が、ゆっくりと開いていく。
扉の奥には、まばゆいばかりの光が満ちていた。その光は、これまで見たことのない、純粋で、しかし同時に、制御不能な魔力を放っていた。
そして、その光の中心には、巨大なクリスタルのようなものが輝いていた。それは、まるで、地球の心臓そのもののように脈動している。
『マスター……! これが、地球の『世界樹』です! しかし、その魔力は、完全に暴走しています!』
ルミリアが、そのクリスタルの正体を告げた。
世界樹。この地球の生命エネルギーの源。それが、今、暴走している。植物暴走の真の原因は、ここにあったのだ。
「これか……。これが、地球の心臓部で、暴走しているのか……。」
龍馬は、その光景を前に、息を呑んだ。そして、彼の耳に、世界樹から発せられているかのような、悲痛な『願い』が、今、はっきりと響き渡った。
『助けて……。私を……止めて……。』
それは、地球そのものの悲鳴だった。龍馬の、故郷を救うための、最後の調律が、今、始まろうとしていた。
第二十三話では、龍馬が地球の「植物暴走」の原因を突き止めるため、伊達宗一郎からの情報を元に、皇居の地下へと向かいます。そこで、ルミリアの解析により、異常増殖した植物の根源が地球の「世界樹」であり、その魔力が暴走していることが判明します。物語のクライマックスに向けて、地球の生命の源である世界樹の「悲鳴」を聞いた龍馬が、最後の調律に挑む決意を固める場面で幕を閉じます。




