第十八話:氷の迷宮と冷酷な管理者
聖樹ユグドラシルの完全な回復を見届けた龍馬は、エルフたちに別れを告げ、ルミリアと共に次の目的地、北の凍てつく大地にある**『氷の迷宮』**を目指す準備を始めた。拠点である部屋に戻ると、ルミリアの知識が彼の脳裏に、氷の大地に関する情報を次々と提示していく。
『マスター。氷の迷宮は、この大陸の北方、魔力が極めて希薄な**『極北の荒野』**に位置します。極度の低温と、常に吹き荒れるブリザードにより、通常の生命体では生存が困難な環境です。』
ルミリアの声は、以前よりもクリアで、感情を豊かに含んでいた。龍馬は、彼女が自分と完全に一体化したことで、さらに進化していることを実感していた。
「極北の荒野か……。防寒対策と、食料の確保が最優先だな。あとは、氷の迷宮の中での対策も必要だ。」
龍馬は、部屋の『空間拡張』機能で、防寒着や食料、そして氷の迷宮の探索に役立つ道具などを生成するようルミリアに指示した。ルミリアの知識は、この世界のあらゆる物質の組成や生成方法にまで及んでおり、瞬く間に必要なものが揃えられた。
「よし、準備万端だな! じゃあ、行くぞ、ルミリア!」
龍馬が声をかけると、ルミリアの意思が、彼の心の中で力強く応えた。
『はい、マスター。次元航行、開始します。』
青白い光が部屋全体を包み込み、体が浮き上がる感覚。数秒後、光が収まると、そこは、全てが氷と雪に覆われた、白い世界だった。
窓の外には、見渡す限りの雪原が広がり、遠くには、巨大な氷の塊が、まるで建造物のようにそびえ立っている。それが、おそらく氷の迷宮だろう。冷たい風が吹き荒れ、窓を叩く音が聞こえる。
「うわっ、本当に寒いな……。部屋の中だから平気だけど、外に出たら凍え死にそうだ。」
龍馬は、思わず身震いした。
『マスター。このエリアは、極北の荒野の入口付近です。氷の迷宮までは、さらに深部へと進む必要があります。しかし、この地域は、魔力が極めて希薄なため、通常の魔法の使用には制限が生じます。』
ルミリアの警告に、龍馬は眉をひそめた。魔力が制限されるとなると、これまでのようにはいかないかもしれない。
「なるほどな……。じゃあ、まずはこの環境に慣れる訓練が必要だな。」
龍馬は、部屋の中にトレーニングルームを生成し、防寒着を着込んで、魔力消費を抑えながら魔法を行使する訓練を開始した。ルミリアは、彼の魔力の流れを常にモニタリングし、効率的な魔力運用方法をアドバイスした。
数日が経過した。龍馬は、極寒の環境下でも、安定して魔法を行使できるようになっていた。そして、ルミリアの知識から、この氷の迷宮の特性についても、詳しく学ぶことができた。
氷の迷宮は、太古の魔力が結晶化したもので、その内部は、常に氷の魔物が生息し、複雑に入り組んだ構造をしているらしい。そして、この迷宮の最深部に、『マナの奔流』の異変の原因が隠されている可能性が高いという。
「よし、そろそろ行くか。管理者も言ってたけど、この世界の異変の原因を突き止めるんだ。」
龍馬は、防寒具をしっかりと身につけ、氷の迷宮へと向かう決意をした。
『マスター。氷の迷宮の内部では、通信が不安定になる可能性があります。私の指示は、常にマスターの心の中で明確に聞こえますが、管理者からの通信は途絶えるかもしれません。』
ルミリアが忠告する。龍馬は、ルミリアという絶対的な存在が自分の中にいることに、改めて感謝した。
部屋のドアを開けると、冷気が一気に流れ込んできた。龍馬は身を震わせながら、一歩足を踏み出した。雪は深いが、彼の足元は、魔法によって強化されたブーツがしっかりと雪を掴む。
白い雪原を進むこと数時間。目の前には、巨大な氷の壁が立ちはだかっていた。それが、氷の迷宮の入り口だ。表面は、まるでガラスのように滑らかで、青白い光を反射している。
「ここが、氷の迷宮か……」
龍馬が呟くと、ルミリアの声が響いた。
『マスター。迷宮内部の構造は、常に変化しています。私の解析能力をもってしても、全てのルートを把握することは困難です。しかし、最も強い魔力の反応がある場所を目指すことで、最深部に到達できる可能性が高いです。』
龍馬は頷き、氷の壁に触れた。ひんやりとした感触と共に、微かな魔力の脈動が伝わってくる。
「よし、行くぞ、ルミリア!」
龍馬は、光魔法で周囲を照らしながら、迷宮の入り口へと足を踏み入れた。内部は、外の光が届かず、深い青色の闇に包まれている。氷の壁は、まるで巨大な水晶のように複雑に入り組んでおり、所々に、鋭利な氷柱が突き出している。
足元は滑りやすく、時折、ヒビの入った氷の下から、不気味な音が聞こえてくる。
『マスター、注意してください! この迷宮の氷は、特定の魔力に反応し、罠を生成する可能性があります。』
ルミリアの警告が響いた直後、龍馬の足元から、鋭い氷の槍が突き出した。龍馬は、咄嗟に横に跳んでそれを避ける。
「危ないな! これが罠か!」
さらに奥へと進むと、迷宮の通路は、さらに複雑に入り組んでいった。分かれ道が多く、方向感覚が麻痺しそうだ。
『マスター。正面から、魔力反応を感知。氷の魔物です。』
ルミリアの警告に、龍馬はすぐに魔法を構えた。現れたのは、巨大な氷のゴーレムだった。全身が鋭利な氷の結晶でできており、その目からは、冷たい光が放たれている。
「アイス・ゴーレムです! 物理攻撃には強いですが、炎の魔法に弱いです!」
ルミリアの言葉に、龍馬は炎の魔法をイメージした。
「炎の槍!」
龍馬の指先から、燃え盛る炎の槍が放たれた。炎の槍は、アイス・ゴーレムの体を貫き、ジュウウウ! と、水蒸気を上げながら、ゴーレムの体を溶かしていく。アイス・ゴーレムは、水となって地面に崩れ落ちた。
「よし、いけるな!」
龍馬は、手応えを感じた。氷の魔物には、炎の魔法が有効だ。
迷宮の奥深くへと進むにつれて、魔物の出現頻度は高まっていった。アイス・ゴーレムだけでなく、鋭い氷の刃を飛ばすアイス・ウルフや、全身が氷でできた巨大な鳥のようなフローズン・ワイバーンなど、様々な氷の魔物が龍馬たちの行く手を阻んだ。
龍馬は、ルミリアの的確なアドバイスを受けながら、次々と魔物を撃破していった。彼の魔法は、この過酷な環境でも、確実に進化を遂げていた。
しかし、迷宮の最深部に近づくにつれて、一つの懸念が龍馬の心をよぎった。
『マナの奔流』の異変。そして、管理者からの冷酷な警告。
この異変の裏には、一体何が隠されているのか。そして、この世界の真実とは。
その時、龍馬の心の中で、かつてないほど強い魔力の波動を感じた。それは、管理者からの通信……いや、それよりも、はるかに直接的な、精神的な接触だった。
「調律者、神城龍馬。よくぞここまで来た。しかし、お前は、我々の領域に足を踏み入れた。」
その声は、これまでのような機械的なものではなく、どこか感情が混じっているかのように聞こえた。そして、その声からは、計り知れないほどの威圧感と、冷酷なまでの傲慢さが感じられた。
『マスター、危険です! これは、管理者からの、直接の干渉です!』
ルミリアが、かつてないほど焦った声で警告した。
龍馬の視界が、一瞬にして真っ白になった。そして、彼の目の前に現れたのは、巨大な光の存在だった。それは、人型をしていながらも、その姿は明確ではなく、ただただ、圧倒的な魔力を放っている。
「これが……管理者……なのか?」
龍馬は、その圧倒的な存在感を前に、言葉を失った。
「そうだ。我々こそが、この世界の真の管理者、そして、この世界の調律を司る者。」
光の存在が、冷酷な声で告げた。そして、その次の言葉は、龍馬を絶望の淵へと突き落とすものだった。
「そして、この『マナの奔流』の変動は、我々が意図的に引き起こしている。この世界の『終焉』のためにな。」
管理者の言葉は、龍馬の脳裏に雷鳴のように響き渡った。この世界の救済者だと思っていた存在が、実は世界の破壊者だったというのか?
第十八話では、龍馬とルミリアがエルフヘイムを後にし、極寒の『氷の迷宮』へと足を踏み入れます。新たな環境での魔法の適応訓練と、氷の魔物との戦闘を通じて、龍馬の能力がさらに向上していることが描かれます。そして、物語のクライマックスに向けて、龍馬が管理者の真の姿、そしてこの世界の『マナの奔流』の異変が、管理者自身によって引き起こされているという衝撃的な真実を告げられ、絶望の淵に立たされるところで幕を閉じます。