第十一話:エルフとの出会いと枯死病の真実
シャドウ・スライムを退けた龍馬とルミリアは、枯れかけた木々の間をさらに進んだ。ルミリアが魔力の過剰行使で機能不全を起こしたことに、龍馬は胸を痛めていた。彼女は今、静かに龍馬の傍らを歩いているが、その歩みがわずかに重いように見える。
「ルミリア、本当に大丈夫か? 無理はしなくていいんだぞ。」
龍馬が心配そうに尋ねると、ルミリアはゆっくりと首を横に振った。
「はい、マスター。私のシステムは既に安定化しています。ただ、この不純な魔力の濃度が高い場所では、感情情報のインストールに影響が出やすいようです。これは、予測されていた変化の範囲内です。」
彼女の声はいつも通り淡々としているが、龍馬には、彼女が無理をしているように感じられた。自分の身を守ってくれた彼女を、これ以上危険な目に遭わせたくない。
「よし、無理はするな。もし辛くなったら、すぐに部屋に戻ろう。」
龍馬はルミリアにそう言い聞かせ、周囲を警戒しながら前進した。不純な魔力の濃度は高まる一方で、森の生命力はさらに失われていく。まるで、この森全体が、ゆっくりと死に向かっているかのようだった。
その時、龍馬の耳に、微かな物音が届いた。枝を踏みしめる音、そして、すすり泣くような声。
「ルミリア、何かいるぞ!」
龍馬は咄嗟に身構え、手のひらに魔力を集中させた。不純な魔力に引き寄せられた新たな魔物だろうか?
しかし、現れたのは、魔物ではなかった。
木陰から現れたのは、透き通るような白い肌と、長く尖った耳を持つ、美しい女性だった。彼女は、森の精霊のような優雅な雰囲気を持っていたが、その顔は深い悲しみに彩られていた。
「エルフ……なのか?」
龍馬は、古文書で読んだ知識を思い出した。この国の住人、エルフだ。
女性のエルフは、枯れかけた大木に寄り添い、その幹を優しく撫でていた。彼女の瞳からは、大粒の涙が流れ落ち、幹に吸い込まれていく。その様子は、まるで、死にゆく家族を看取るかのようだった。
龍馬は、彼女の悲しみに、ルミリアが昨日見せた「悲しみ」の感情が重なった。
「マスター、このエルフは、この大木と精神的な繋がりを持っています。彼女にとって、この木は、自身の生命の一部のような存在です。枯死病の進行は、彼女自身の命を蝕んでいるのと同じ状態です。」
ルミリアが、淡々としかし、どこか悲しげな声で説明した。
龍馬は、そっとエルフに近づいた。彼女は、龍馬たちの存在に気づくと、ハッと顔を上げ、警戒するような眼差しを向けた。
「誰だ……貴様たちは……この聖なる森で、何をしている?」
エルフの声は、悲しみと、かすかな怒りに満ちていた。その声には、透き通った鈴のような響きがあったが、今は苦しみに歪んでいる。
「私たちは、あなたたちを助けに来た者だ。俺は神城龍馬、こっちはルミリア。あなたたちの森が病気になっていることを知り、助けられないかとやってきたんだ。」
龍馬は、警戒心を解くように、ゆっくりと手を上げて見せた。
エルフは、龍馬の言葉に、わずかに警戒を緩めた。
「助ける、だと……? この枯死病は、我らが先祖代々伝わる聖樹医術をもってしても、治せぬ不治の病……。貴様ら、何者だ?」
「俺は、調律者だ。この世界の魔力バランスを正常に戻す力を持っている。この枯死病は、不純な魔力によって引き起こされている。俺の力で、それを浄化できるかもしれない。」
龍馬は、正直に自分の使命と力を伝えた。エルフは、龍馬の言葉に、驚きと疑いの入り混じった表情を浮かべた。
「調律者……まさか……伝説の……」
エルフは、龍馬の持つ力を信じられないという様子で、枯れかけた大木に目を向けた。
「ならば、試してみろ。この木は、もはや余命いくばくもない。もし、貴様の言葉が真実ならば、この森の希望となるだろう。私の名はフィリア。聖樹医術師の一人だ。」
フィリアは、そう言って、龍馬に枯れた木への治療を促した。その眼差しには、かすかな期待と、しかしそれ以上の絶望が入り混じっている。
龍馬は、フィリアの言葉に頷き、再び枯れかけた大木に右手をかざした。先ほどは、不純な魔力の抵抗が強く、思うように浄化できなかった。だが、今、フィリアの悲しみに触れ、ルミリアの感情の変化を目の当たりにしたことで、龍馬の心には、これまで以上の強い決意が宿っていた。
「頼むぞ、俺の『調律の魔法』……!」
龍馬は、体内の魔力を限界まで集中させた。青い光が、今度は手からだけでなく、全身から溢れ出し、大木全体を包み込んだ。不純な魔力の黒いモヤが、激しく抵抗するように噴き出す。しかし、龍馬は諦めない。彼の脳裏には、悲しむフィリアの顔と、自分を守ろうとしてくれたルミリアの姿が浮かんでいた。
「治す……! 必ず、この木を、この森を、救ってみせる!」
龍馬が強く念じると、その青い光が、黒いモヤを押し返すように、大木の内部へと浸透していく。ギィィィ……! と、軋むような音が響き渡り、黒いモヤが、まるで悲鳴を上げるかのように消滅していく。
そして、信じられない光景が目の前に広がった。
枯れ果てていた大木の幹に、微かな緑色の光が宿り始めたのだ。ひび割れた樹皮から、わずかに新しい芽が顔を出し、枯れていた枝に、小さな葉が芽吹き始めた。
「これは……!?」
フィリアは、その光景に目を奪われた。その表情には、驚きと、かすかな希望の光が宿っていた。
「すごい……! マスター、枯死病の進行が止まりました! そして、生命力が回復しています!」
ルミリアの声にも、かすかな興奮が混じっていた。
龍馬は、全身の魔力を使い果たし、膝から崩れ落ちた。だが、その顔には、達成感と、確かな喜びが満ち溢れていた。
「やった……本当に、治せたのか……」
フィリアは、信じられないというように、龍馬の手から放たれる青い光と、回復していく大木を交互に見つめた。そして、ゆっくりと龍馬に近づくと、その手に触れた。
「貴様は……本当に、伝説の調律者なのか……。この枯死病を癒すことができる、唯一の存在……」
フィリアの瞳から、再び涙が溢れ出した。しかし、それは悲しみの涙ではなく、希望に満ちた涙だった。
「ありがとう……神城龍馬……。この森と、我らがエルフの希望よ……」
フィリアは、龍馬の手を握りしめ、深々と頭を下げた。その姿は、高潔なエルフとは思えないほど、憔悴しきっていた。
その時、ルミリアが、龍馬の隣にそっと立つ。彼女の顔には、微かに、しかし確かな「安堵」と「喜び」の表情が浮かんでいた。フィリアの悲しみが癒され、木が回復したことで、彼女自身も喜びを感じているのだ。
「ルミリア……」
龍馬は、彼女の隣にいることに、何よりも大きな安堵を覚えた。彼女がそばにいてくれるからこそ、自分はここまで来られたのだ。
枯死病の真の原因は、森の深部から湧き出る不純な魔力だった。そして、それを浄化する『調律の魔法』は、龍馬にしか扱えない、まさに世界の命運を左右する力だった。
エルフヘイムの危機は、まだ去ったわけではない。森全体を浄化するには、さらに多くの時間と労力が必要になるだろう。だが、希望の光は、確かに見えた。
龍馬とルミリアの、エルフヘイムでの本格的な戦いが、今、始まった。
第十一話では、龍馬とルミリアがエルフヘイムのエルフ、フィリアと出会い、枯死病の悲劇的な状況を目の当たりにします。そして、龍馬が自身の「調律の魔法」で枯れかけた木を一時的に回復させ、その効果を証明しました。ルミリアも、フィリアの悲しみに共感し、龍馬の成功に喜びを感じるなど、感情の成長がさらに描かれています。これにより、エルフたちとの協力関係が始まり、物語がさらに深みを増していきます。