地上の民
何かしらの食べ物を手に入れるために、森の中を歩いていると都合よく赤い木のみを見つけた。比較的低い位置にあるそれを手に入れるために、ガラスを割ったときに使った30cm程度の棒を手に持つ。そして、ボタンを押すと音を立てながらその棒が1m程に伸び、そこの先端から刃が飛び出し鎌になる。
ウィルは赤い木の実がついている枝に対して鎌を振るう。木の実は彼の元へと落下していくと同時に足元から音がする。危険信号が脳から発信される。。その後、地面からたくさんの小さな木の根がその場所に集まっていく。
(獲物を殺して、それを栄養に変えているんだ。危うく死にかけた……)
ウィルは空腹であるか脱水であるか、はっきりとはわからなかったが、少しずつ顔色が悪くなり、息も荒くなっていた。日も傾き始めており、状況は最悪と言っても過言ではなかった。彼は休めそうな場所を探すことを優先し始める。
(昔読んだ絵本では木に穴が開いていて、雨宿りする物語があったはずだ)
大きそうな木を探しながら、ずんずん森の奥へと進んでいく。何かしらの鳴き声がよく聞こえるようになり、捕食されるかもしれないという恐怖が彼の足をせかしていた。お腹は鳴り、のどが渇いていた。その時、微かに水の流れる音が彼の耳に届いた。ウィルは一目散に走り出す。
距離はわからなかったが方角はしっかり認識できていた。数分走ってから川に到着して水を飲み始める。それが彼にとって数時間ぶりの水分だった。水を飲み終えると空腹が少し収まったので、疲労からウィルは川のそばで居眠りを始めてしまう。
それを狙っていた一匹のウサギが現れる。大きさは一般的なものだが、足の筋肉が大きく発達していて、頭には日本の角がついている。ウサギ型のヴァリアントは助走をつけ、ウィルに突進を行う。
そこに一人のフードを被った人間が現れる。その手には、何かの大きな角を削って作ったと思われる剣が握られていた。突進を行ったヴァリアントの真横に移動して、力任せにその剣を振るう。すると、ウサギの頭と首が離れ離れになる。
「どうしてこんなところに人が寝ているんだ……? 見たことのない服、それに肌が赤くなっている……」
フードを被った男がウィルを観察していると、後ろからやってきた大きな籠を持ったもう一人が声をかける。
「置いて行かないでよ、マルセナ。もう夜なんだよ。この籠の中身を持って帰れなかったら、今日一日が無駄になるんだよ」
「静かにしろ。それよりこいつを見ろ」
マルセナはウィルを見るように促した。
「なんでこんなとこで寝てるの!?変な服を着てるし、かなり若そうね」
「それもそうだが、こいつは肌が日焼けで赤くなってるんだ。普通じゃないぞ。あまり太陽にあたったことがないのかもしれない」
「言われてみれば、不自然ね」
「とりあえず、少し離れてろ。話を聞いてみる」
マルセナは籠を持った人間が少し距離を確認してから、その後剣を手に持ちつついた。ウィルはモゾモゾと動き出し、寝ぼけながらマルセナを見る。目をこすりながら、目の前の武器を構えた人物に驚き、恐怖と同時に人を見つけた安堵感が込み上げてきた。マルセナはウィルに話しかける。
「お前、どこから来た?」
「地下です」
「地下?……地下都市か?」
「そうです。初めて地上に出て、それで道に迷って……」
マルセナはウィルの言葉に困惑していた。
「お前の言ったことが本当だとして……どうやった? 地下の人間が外に出てくるなんて、俺は信じられない」
その声はわずかながら怒りに震えていた。
「ヴァリアントです。旧文明の乗り物に乗ったところを食べられたと思ったら、地上で吐き捨てられたんです」
「……」
マルセナは沈黙していた。その間、遠くで見ていた籠を持つ女性が近づいてきた。
「何かが来ます。気を付けて」
ウィルは鎌を展開して、音の方へ視線を送る。それに興味を示しながら、マルセナは言う。
「大丈夫だ。そいつは私の仲間だ」
「マルセナ、その子を街まで連れて行かない?それから話を聞こうよ」
「とりあえず、付いてこい人間の子ども」
ウィル以外の二人が会話に意識を向けたその時、暗闇の中からかなりの速度で木の根が伸びてくる。
ウィルは鎌を使って木の根を刻むものの、後ろから更に木の根が伸びてくる。三人は木の根から逃げるために走り出した。
「もー最悪。ゆっくりできないじゃんか〜」
「文句を言うな。さっさと帰るぞ」
彼は無言のまま、二人の後ろをついていった。女性は時々後ろを振り返りながら、ウィルが付いてきているかを確認していた。
そして、森を抜けたところでマルセナが止まり、後ろの二人もそれに習った。ウィルは膝をつき、疲れた体を休めた。
(腹減った)
「森を抜けたから、この辺で今日は休もう。ヴァル、籠を降ろしていいぞ」
「おっけー。ご飯だけ簡単に作るね」
マルセナはウィルに訊く。
「おまえ、食べるだろ?」
「是非。今日は長い間何も食べてなくて……」
その後、ご飯を食べ終えたウィルは、疲労から寝落ちしてしまう。二人は、ウィルが眠りにつくその姿を見て、なんとも言えない気持ちになったのだった。