地上
地面が何度も揺れるたびに、絶叫や助けを求める声が二人の耳に響いた。しかし、彼らはヴァリアントの出現を軍に報告する責任を果たすため、振り返ることはなかった。
2人がキアのいた場所にたどり着くと、そこには籠だけが置かれていた。彼らは、キアがその場から逃げたと推測した。
その後も必死に走り続けると、少しずつダイとウィルの間に距離が広がっていった。ウィルは後ろを振り返って叫んだ。
「ダイ!足を動かせ!生きたいなら」
「分かってるよ。でも……息が……体が重いんだ」
とダイが呼吸を乱しながら答える。その時にウィルは、視界の先にヴァリアントと農夫がいないことに気づく。そして、再び地面が揺れた。一瞬周りを確認しようとして首を振ると、地面が隆起し、彼らを吹き飛ばす。
周囲に砂埃が舞い、視界が悪化する。必死に周りを見ようとするが、何も見えない。
ウィルはダイの居場所を確認しようと考えるが、音を立てることが危険かもしれないという考えが頭をよぎる。彼は静かにダイの安全を祈りながら、視界が開けるのを待った。
しばらくして、視界が少しずつ晴れてくる。ウィルは、ヴァリアントが出現した場所を見ると、ダイの姿はそこにはなかった。ヴァリアントがいた場所には大きな穴だけが残っていた。焦燥感に駆られつつ周囲を見回す。自分と共に吹き飛ばされた作物が散らばり、耳を澄ましても人の声は聞こえない。
ウィルはうつぶせのまま、ダイを探すか、荷車のある道から居住区への帰り方を考える。畑に初めて来た彼にとって、かろうじて道が分かりそうなのは荷車の方向だけだった。
(ここで自分の役割を全うしないといけない)
ウィルは心を決め、ダイも同じように行動するだろうと確信し、再び畑から脱出して軍に知らせることにした。彼はゆっくりと立ち上がり、迂回しながら今朝歩いてきた道へ向かった。
道を進む中、散らばった作物の間に伸びる手を見つけた。袖の色から軍の人間ではないことを確認し、すぐに膝をついて、その手が埋まっている土を一生懸命に掘り始めた。しかし、ほんの数分掘ったところで、その手は肘から先がないことがわかった。
初めて見るグロテスクな光景に、ウィルは寒さが体を襲い、肌がザラついた。胃の奥から吐き気が湧き上がる感覚を覚えながらも、必死でそれを抑えた。その後、じわじわと孤独感が彼を襲い、目から涙が溢れた。
死の恐怖から立ち上がり、彼は慌ててその場から離れようとして走り出す。地面の揺れがますます激しくなり、彼のバランスが崩れて地面に転倒する。しかし、彼は一生懸命に這いながら距離を取ろうとし、大きな音が響く方向を見る。そこには、土煙と共にピンク色の物体が突然現れ、彼を空中に放り投げる。
その後、彼は地面に何度も叩きつけられながらも、遠くへと飛ばされていった。ウィルは意識が薄れるのを感じ、痛みや恐怖が次第に遠のいていくのを悟る。最後の力を振り絞り、立ち上がろうとするが、身体が思うように動かない。そして、彼の意識は暗闇に閉ざされていく。
気が付くと、彼は地面にうつ伏せになっていた。触れた頭に違和感を覚え、乾いた土と血で汚れた手を確認する。四肢に力が入ることを確認し、彼は地面を這いながら前進する。飛ばされた時に方向感を失った彼は、ただ離れることだけを考えていた。
ウィルは常に神経を張り詰め、畑の外側を目指して這っていく。すると、目の前に以前使われていたと思われるショベルカーがぼんやりと姿を現した。その錆び付いた鉄の表面には、長年の草木の侵食がひどく、一見すると忘れ去られた遺物のように映る。
「不思議な見た目だ。一体、何に使われていたんだろう」
ウィルは立ち上がって、ゆっくりとショベルカーへ近づいていく。その様子はまるで花に集まる蜂のようだった。手で苔や蔦を払いのけると、タイヤにあったゴムの部分がボロボロと崩れ、その下から金属の本体が覗いた。彼は少し緊張しながら足を乗せて立ち、周囲を見渡す。蔦が侵食しているため、内側に入るスペースがあることに気づく。
「中に入れるみたいだ……でもこんなに草が生えてたら中がどうなってるか分からないな」
彼が呟くと、再び地面が揺れ始める。ウィルは周囲を見渡し、避難する場所を探す。
「高いところ…避けられそうな場所…どこかにないか?」
ウィルは地下生活で旧文明の技術を何度か目にし、ショベルカーの内部で時間を過ごすことに決めた。
「どうやって中に入ればいいんだ?」
焦りながら、蔦を除去した場所を何度か叩くが、中に入る方法が分からない。彼は傷だらけのガラスを壊すことを考える。腰についているポーチから、30㎝ほどの棒を取り出し、それを握り締めてガラスに強く打ちつけた。風化しているため、ほとんどのガラスが粉々になる。揺れが激しさを増し、急いで窓から中に入った。
すると、大きな音とともにショベルカーの真下からヴァリアントが飛び出した。ショベルカーを飲み込むかのように、大きな口を開けていた。ウィルは窓から見える景色がピンク色に変わったことに恐怖しながら、とてつもない速度で上に進んでいる感覚を覚えた。風化したガラスは割れ始め、体液がショベルカーに当たると煙を出しながら気化していく。彼は周囲の変化に目を凝らしながら、自らが絶えず死の淵に迫っていくことを自覚し、死への恐怖が増すばかりであった。学校の友達や、少しの間お世話になった軍の人たちの顔を思い出しながら、数分間死の恐怖と葛藤した。
彼がうずくまっていると、突然移動している感覚が消えた。そのとき、ウィルは全てを覚悟して目を閉じた。すると、次の瞬間、彼の体に今まで感じたことのない光が当たり、大きな音とともにショベルカーに強い衝撃が加わった。ウィルは体をショベルカーに打ち付け、状況を見るために目を開けた。
ショベルカーは横倒しになっており、ガラスのない窓からは明るい光が彼を照らした。彼はすぐに手で視界を遮り、光を和らげる。光が当たった部分からは熱を感じた。
「暖かい…でもちょっと肌がズキズキする」
彼がショベルカーから外に飛び出すと、そこには地平線、青い空、そして山々が彼を出迎えた。何かが空を飛び、風が彼の足元の草をそよがせていた。彼の五感はこれまで経験したことのない情報を受け取り、新たな世界に触れていることを実感させられた。
「ここが絵本で見た世界……」
彼は地上に足を踏み入れた。