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ヴァリアント

 黒い服をまとった男たちが、汗を拭きながら農作業を行っている中、13歳の男の子たちが荷車から離れた大木に寄りかかって休憩していた。彼らは全員が黒い服を身に着け、左胸には赤い紋章が刺繍されていた。


 そのうちの一人、黒髪の少年であるダイは、頭を静かに上下させながら、眠りに落ちないように必死で意識を保とうとしていた。時折、彼は頭を前に垂れたままでなく、無意識に頭を上げる仕草を繰り返す。そのたびに、首が少しだけ反り返り、眠りから覚めていることをアピールしているようだった。実際、彼の目は8割閉じていた。もう一人の茶髪の少年のウィルはそんなダイに視線を向け、小声で話しかけた。


「ダイ、さすがに眠るのは失礼だよ。将来の上司になるかもしれない人たちが働いているんだから」

 

 しかし、ウィルはダイから反応が無かったので、彼の体を揺する。


「……うん?もしかして寝てた?」

 

 ダイは周囲を見回し、自分が寝ていたのかハッキリしていなかった。


「そうだよ。そんな眠いなら体を動かそう。連帯責任になるのはごめんだ」

「すまん。すまん」


 ダイは申し訳なさそうに謝るとウィルが彼に言う。


「僕たちも手伝って仕事を早く終わらせて、長く昼休憩をもらおう」

「それはいいね」



 2人は荷車の近くに立ち、同じ服を着た人々の様子を眺めていた。すると、短髪でひげを生やした男が籠を持ってやって来た。

 

「2人とも、休憩していて構わないと言ったはずだがどうしたんだ?」


 と、厳格な表情を浮かべたリファス伍長が不思議そうに声をかける。伍長は筋骨隆々の体つきであり、本能的に2人はひるんでしまった。そして、声をかけられた2人は姿勢を正して進言する。


「あの、リファス伍長。休憩をいただきありがとうございます。ですが、僕たちも積み込み作業を手伝うほうが早く終わるので安全だと思いまして」

「2人とも、いい心掛けだ。今日が初めての研修だから休憩でいいと思ったが。ウィル……君の言うことも一理あるな」

 

 リファスは、少しの間腕を組んで考えた後に言った。


「2人がそう言ってくれるなら、手伝ってもらおう。大きいサイズは厳しいだろうから、小さいものを優先して荷車の近くまで運んでおいてくれ。積み込みは慣れている私たち大人がやるべきだろう」

「分かりました」

 

 2人は一礼して荷車の近くを離れ、畑へと向かう階段を上っていった。



 畑では10人の農業従事者が作物を収穫し、籠に詰める作業に没頭している。その間、兵士たちは籠を運ぶ役目と農家たちを守る役割を果たしていた。


「なあ、ウィル。俺たちが運べそうな籠ってどの人が使ってるかわかる?」

 

 ウィルは少し難しい顔をした。


 (効率を考慮して畑が配置されているなら、奥側に小さな籠を使う作物を植えるはず)


「そんなにはっきりとはわからないけど、農家の誰かに聞けばわかるさ」

「そうか。じゃあ、その場所まで案内を頼む」


 ダイはそう言った後、口を閉じて静かに身を固める。ウィルは目を閉じて、耳を澄ませる。風に揺れる葉のざわめきが彼の耳に届く。そして、はさみの音や人の足音から方向を推測した。ウィルは聞いた音を頼りに歩き出し、ダイもそれに続く。

 

 2人が歩いているとダイが興味津々に尋ねた。


「そういえば、ウィルはどうして軍に志願したんだ?」

「この地下都市から地上に出て、ヴァリアントの起源を調べたいんだ」

 

 ダイは、驚きの表情を浮かべながら足を止めて言った。


「本当に?そんなことを言ってる人を初めて見たかも」

 

 ウィルも足を止めて話し始める。


「その反応には慣れてるよ。だから、理由としては、軍の中で地上へつながる道を守る任務を担当する部隊に所属したいんだ」

「でも……怖くないのか?地上はヴァリアントが至る所を徘徊しているって話じゃないか?」


 ウィルは少し表情を引き締める。


「怖いよ。旧文明は今よりもずっと技術を持っていたのに、この地下都市に逃げざるを得なかったんだ。……おっと前から人が来たみたいだ」

 

 大きな籠を持ちながら歩いている人にウィルが声をかけると少しよろけながら質問に答える。


「突然話しかけられてびっくりしたよ。この先にもう一人いるはずだよ」

「ありがとう」


 2人は男性の邪魔にならないようにその狭い道の端に体を寄せ、通り過ぎるのを見送った。その後、ダイが少し冗談っぽく言う。


「ウィル、俺たちは一応軍の所属として来たんだから、あの口調は良くなかったんじゃないか?」


 ウィルは少しだけ冷や汗をかく。


「そうかもしれない……伍長は言葉遣いに厳しいと言ってた気がする」


 ダイはウィルの顔を見て笑顔を浮かべ、おちょくるように言った。


「配属は上司の評価が重要なんだぜ~」




 しばらく歩いていると、比較的若い男性が作物の収穫を行っていた。彼の頭上には茶色く変わった形の麦わら帽子がかぶっていた。


「ウィル、あの人帽子被ってるぜ。それに茶色くて、変な形だ」とダイがウィルに耳打ちする。


 ウィルは興味深そうに青年の帽子を見つめ、ささやく。


「本当だ。あんな帽子初めて見た」


 二人はその珍しい帽子を見つめながら、青年に声をかける。


「すいませーん!」

「ここにある籠を持っていてくれー!」

「分かりましたー!」


 それを聞いて、ダンはウィルに訊く。


「なあ、どっちが持っていく?」

「それじゃあ……先にダンが頼むよ」

「おっけー」


 その後、2人は青年のもとに辿り着く。


「先ほどの顔合わせでは自己紹介ができなかったので……私はウィル。それとこちらがダイです。軍の見習いをしてます。よろしくお願いします」


 2人は敬礼を行い、青年は微笑みながら彼らを見つめた。


「よろしく軍の見習いさん達。僕はキアだよ。ご丁寧にありがとう」


 そして、ダイは作物が十分に入った籠を拾い上げて質問する。


「ところで、その帽子は何なんですか?」


 青年は帽子を取り、興味深そうに説明を始める。


「そうか。帽子は一般的じゃないもんね。これは、人類が地上で暮らしてた頃に畑で使われていたんだ。太陽の光から守るためにね。つばが360度にあるだろ?」

「……でも、それならここでかぶる必要ないんじゃないですか?」

「そうだね。まあ、これに関して言えば習慣だよ。昔から被っていてね」

「そうなんですね……」


 ウィルが興味深そうに応える。一方で、ダイはあまり納得していない顔をして、来た道を引き返していく。ウィルは次の籠をして感じた。


(しばらく時間がかかりそうだな)




 その後、ウィルは畑の中を歩き回っていた。新鮮な空気を吸い込みながら、初めて訪れた畑の景色を楽しんだ。彼は時間の流れに身を委ね、居住区では味わえない非日常を感じていた。しばらくして、キアが大きな声で言った。


「ウィル君、籠に詰め終わったから持って行ってくれ」


 ウィルは急いで彼のところに向かった。キアは黙々と作物を収穫していて、もう1つの籠も準備されていた。


(急いで荷車に持っていこう)


 そっと満杯の籠を手に取り、荷車へ向かう道を歩き始めたのだった。


 


 彼が足元に注意しながら歩いていると、突然地面が激しく揺れた。身体を支えようとするが、その試みもむなしく、ふらついて作物を踏みつぶしてしまう。


(地震か?)


 ウィルの心臓は恐怖によって激しく鼓動し、彼の胸が高鳴った。足取りは不安定で、彼の歩みはいつ もよりも早く、そして不規則だった。彼は周囲の様子を見回し、一刻も早く安全な場所に避難したいという欲求が彼を駆り立てていた。


 暫らくして、また地面が揺れると同時に大声が響く。


 「うわあああっ!」

  

 荷車の方向からは混乱した叫び声が響き、何か恐ろしい出来事が起きていることを予感させる。恐る恐る視線を向けると巨大な土煙と共に何か巨大なものが地面から体を出していた。大きなミミズのような生物の口からは人の手が見える。


 ウィルはその光景に恐怖を感じた。手から籠が滑り落ち、一瞬思考が停止する。そのとき、ダイが息を切らしながら駆け寄ってくる。


「ウィル、逃げろ!早く!リファス伍長や……何人かが……喰われた。軍に伝えてくれって言われたんだ」

 

 ダイの言葉が途切れ途切れで息は荒く、表情は絶望に満ちていた。彼の後ろにはさらに数人の農夫がこちらに走っている。ウィルは全身の震えを感じながら、呆然とその生物を見つめた。彼の思考が再び動く。


(あれがヴァリアント。人類を地下に追いやった化け物)


 一方でダイは焦燥していた。立ち止まっているウィルの元まで来ると、肩をく何度か強く叩きながら言った。


「おい!おい!早く離れるぞ。……とにかくここから離れるんだ」

 

 ウィルはその言葉を聞いて振り返りながらつぶやく。


「……そうだな」

 

 そして2人は荷車とは反対の方向へと走り出した。


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