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犠牲者

作者: ハラミ

 ヘンリーは大学卒業後、ある民間企業に入社した。ヘンリーは新入社員で、真面目で誠実で働き者で活発である。ヘンリーはまだ入社して1ヶ月なので、この会社に慣れるのにはまだ時間がかかる。しかしそんなヘンリーはとあることに気がついた。この会社はあまりにも社員にとって働きやすいと言うことだ。この会社は給料がとても良い。1ヶ月に50万円、ボーナスは100万。そして先輩から聞いた話によると、ここ15年間はこの給料の値段は安定しているようだ。そしてこの会社の出勤時間は朝の10時、退勤は5時である。残業させられることは決してない。休みに関しても申し分がない。週休2日、有給は20日間ももらえる。そして何よりも職場の雰囲気がとても良いのだ。この会社は社長のケビンの「おはよう。今日も1日頑張ろう。」の声から始まる。そして社員は自然に笑顔になり、挨拶を掛け合い、自分たちの仕事に取り組み始める。この会社ではセクハラ騒動なんてことは起こらないし、無駄な飲み会もない。ヘンリーは周りの友達から会社の愚痴を聞いている時も、ニュースでこの国が不況だと報道されている時も共感できずにいた。

 

 ヘンリーはこの会社が大好きだが、不思議に思っていることが2つある。1つは、1年勤めた社員が毎年3割ほど離職すると言う事だ。1年で辞める社員か、定年退職の年まで働く社員が多いらしい。2つ目の不思議なことは、この会社は15年前から全てが変わったらしいと言うことだ。この会社に32年ほど勤めているある上司の話では、15年前以前がそれほど悪かったわけでもないが、他の企業と同じような感じだったという。ヘンリーはその上司に理由を尋ねたが、教えてはくれなかった。ヘンリーがこの会社に勤めてちょうど6ヶ月経った頃、社長のケビンから社長室に来るよう告げられた。極めて真面目に仕事をしていたヘンリーはなぜ社長室に呼ばれたのか全く見当もつかないまま、ケビンのいる社長室に出向いた。社長室はとても広々としていて、清潔だった。ヘンリーは社長室を初めてじっくりと見たので、左側の壁に違和感を覚えた。エレベーターがあったのだ。「部屋の中にエレベーターがあるんですね。」ヘンリーが言うと、「ん、ああ。とても便利だよ。」とケヴィンが言った。ヘンリーはとても怪しく思った。ケヴィンはおしゃべり好きなのでヘンリーがエレベーターについて言及したら、いつもなら理由を言うはずなのだ。しかしヘンリーはケヴィンに対し社長への敬意として、そのごまかしを受け入れた。社長室では、仕事は今のところどうだとか、困っていることはないかとか新入社員のためのただのカウンセリングだった。

 

 その日の仕事終わり、ヘンリーは隣の席のこの会社に10年勤めている噂好きの女性社員にただの会話の話題として「社長室のエレベーターってなんなんですか?」と尋ねた。女性社員は「あーーー。あれね。あれはねーーーー。あなたがあと半年この会社に勤めたらわかるよ。」と左上を見ながら曖昧に言った。ヘンリーは「教えてくださいよ〜」とお得意の人懐っこさを見せると、その女性社員は教えてくれた。あのエレベーターは社長室と地下一階の部屋だけををつなげている。この会社に、地下はない。つまりその部屋は社長室からしか出入りができないのだ。社長室の鍵は社長のみが持っている。「秘密の部屋ですか。。。その部屋には何があるんですか?」ヘンリーが聞くと、女性社員は説明を躊躇うことなく続けた。ケビンには現在、中学3年生くらいの子供がいる。ケビンはその子のことをその部屋に監禁している。ヘンリーは驚く。女性社員は続ける。実はこの会社では、入社してから1年経った日にこの事実を知らせるという。ケビンの息子が生まれてからこの会社はなぜかその景気が良くなったこと、人々がケビンの息子に優しくしたり、話しかけたりするとその人に災いが起きること、ケビンの息子は教えてもいないのに算数のドリルを自力で全部解いたこと。詰まるところ、ここ15年間のこの会社に起こった良い出来事はケビンの息子による魔法のような、呪いのようなもののおかげだという。ケビンの息子をその部屋から出そうとする社員が数人いたが、大きな病気にかかったり、その人の周りの人々が亡くなると言った事例があったという。そして人々と関わると、その息子も激しい頭痛を催したり、視力を失ってしまったりしたという。ヘンリーはその話を聞いた後、しばらく座っていた椅子から立ち上がることができなかった。


 その後、ヘンリーは家に帰り、ベッドに入る前に机に向き合い、ペンを走らせた。翌朝、ヘンリーはいつものように朝10時に出勤し、社長室に行き、退職願を出した。自分のデスクに戻り、身の回りの整理をして、静かにその会社を去っていった。



*「The ones who walk away from Omelas 」を参考にした小説です。

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