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08 スライムVS邪剣使い

08 スライムVS邪剣使い


 沸騰するようにわき立つ観客をよそに、スライは小屋から出る。

 その肩には、トレードマークのような顔をしたスライムが。


「そこにメスだけだったら、同室させてやってもいいぜぇ。

 だが後ろにいるゲス野郎、テメーはダメだ。ハゲが伝染(うつ)るからな」


 スライムの軽口に、吹き出す観客。

 ジャドは「なっ!?」と目を剥いた。


「これはハゲじゃなくて、一時的なもんじゃけん! この女の破瓜(はか)の血をすすったら、すぐにフサフサに……!」


 スライは肩をすくめる。


「おいおい、他人の血を育毛剤がわりにするんじゃねぇよ。まったく、正真正銘のゲス野郎だな」


「ならスライ! まずはおんしの血を吸わせてもらおうじゃけん!」


「や……やめて!」と叫ぶキルシュを、ジャドは脇に蹴り飛ばす。


「お前は後でタップリかわいがってやるから、そこでスライが切り刻まれるところを眺めてるんじゃけん!」


 キルシュはスライに向かって泣きすがる。


「に……逃げて、スライくん! 決闘場から出れば負けになけるけど、それ以上の攻撃はルール違反になるわ! わたしがなんとか、足止めを……!」


「そんな面倒なことより、もっと簡単な方法がある。俺がコイツをブチのめせばいい」


 するとジャドが弾けるように笑う。


「ヒヒヒヒヒ! おい聞いたか、みんな! 最弱のスライム野郎が、この『邪剣使いのジャド』様に挑むんじゃと!」


 周囲の観客たちも、賛同するように嘲笑する。

 その中で笑っていないのは、片手で数えられるほどしかいなかった。


 校舎のいちばん上の階から、祈るような視線を向けるママリアージュ。

 そしていちばん下の階にいる、祈りを捧げるピュリア、たったのふたり。


 キルシュは半泣きでスライを止めようとする。


「お願いだから逃げて、スライくん! ジャドくんは、血を吸ったストームブリンガーを持っている限り最強なのよ!?」


「そうか、じゃああのグニャグニャの剣を手から離してやれば、ヤツは一気に弱っちくなるってことだな」


 観客たちの笑い声はさらにボリュームアップ。

 校舎の窓から見下ろす者たちの中には、腹を抱えている者までいた。


 キルシュは焦れたように叫ぶ。


「そ、それこそ無茶よ! わたしも何度も『武装解除(ディスアーム)』の剣技をやったのよ!?

 でも、ぜんぜん通用しなくて……!

 剣聖のわたしでも無理なことなのに、スライくんにできるわけがないわ!」


「そうかな? 俺はそうは思わねぇけど」


「ど……どうして!? スライくんは、最弱のスライムに育てられたんでしょう!?

 それなのに、怖くないの!? どうしてそんなに余裕でいられるの!?

 このままだと、殺されちゃうかもしれないのよ!?」


「なんで怖くないかって? 簡単なことさ、コイツがスライム以下だからだよ」


 『スライム以下』という単語を耳にした途端、ジャドの歪んだ笑みが消し飛ぶ。


「キシャァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

 このワシが、最弱のスライムより弱いじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!?」


 スライは「ああ、そうさ」と前屈みになって、足元にあった石を拾いあげた。

 ふたつの石を片手で交互にトスしながら続ける。


「お前を倒すのに、剣なんかいらねぇ。

 石2個と、俺の相棒……それだけありゃ、じゅうぶんだぜ」


 それは、あり得ない宣言だった。

 伝説の邪剣『ストームブリンガー』に、石とスライムだけで立ち向かおうというのだ。


 爆笑する観客たちからヤジが飛んでくる。


「おいおい、あのスライム野郎、とうとう頭がおかしくなっちまった!」


「邪剣にどうやって石とスライムで戦うってんだ!」


「原始人だってもっとまともな戦い方をするだろうぜ!」


「アイツ、死んだな! せっかく昨日は運良く助かったってのに、バカなヤツだぜ!」


「おい、ジャド! スライムなんてさっさと片付けようぜ! 俺たちゃキルシュが泣き叫ぶ様を見たいんだ!」


「よぉし、おしゃべりは終わりじゃ! このワシを本気で怒らせたことを後悔するんじゃけん!」


 観客のリクエストに応えるかのように、ジャドはストームブリンガー構えなおす。

 スライはそれに対し、マウンド上のピッチャーのように応じた。


 トスしていた石のひとつを高く投げあげると、手に残していた石を振りかぶる。


 その投球モーションは独特だった。

 右手を左肩の上まで引いて、手を振り払うようにして投げ放つ。


 投石はジャドの顔面を襲ったが、あっさり弾き返されてしまった。


「ヒヒヒヒヒヒ! なんじゃその攻撃は! 口ほどにもないじゃけん!」


 ジャドは高笑いとともに、大上段に振りかぶった。


「さぁっ、みっちり死ねぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「や……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 交錯するふたつの絶叫。

 陽光滑る邪剣は、死神の鎌のように禍々しく煌めいていた。


 その命を刈り取る太刀は、離れた場所にいながらして、少年を真っ二つにするだけの威力がある。

 振り下ろされれば最後、どこにも逃げ場はなかった。


 振り下ろされれば……!


 しかしその瞬間が、来ることはなかった。


 親子の絆とまで言われていた邪剣は、振り下ろされる直前にジャドの手からスッポ抜ける。

 カランカランと音をたてて地面を転がり、少年の足元まで滑っていった。


 邪剣を手離してしまったことで、ジャドはいっきに痩せ細り、骨と皮だけになる。

 落ち窪んだ目玉をギョロリとさせ、なにが起ったのか理解できていない様子だった。


「な……なんで……ワシの邪剣が……? いままでなにをされても、なにがあっても手離すことなどなかったのに……」


「手を見てみな」


 そう言われて、ジャドはワナワナと視線を落とし、じっと手を見る。

 そこには、目玉が飛び出してしまいそうなものがあった。


 なんと、びちゃびちゃになったスライム……!


 そう、スライは石を投げるときに、いっしょに肩にいたライムも投げつけていたのだ。

 石を顔面に投げつけることでジャドの注意をそらし、そのスキにライムはジャドの手に命中。


 ライムは油のようにヌルヌルと柄に入り込み、滑りをよくしていたのだ……!


「なっ……なななっ……!? なななっ!?」


 顔をあげたジャドは、亡者のように茫然自失となっていた。

 彼だけではない、キルシュも、ピュリアも、ママリアージュも……。


 いや、この結果のわかりきった戦いを眺めていた者たちすべてが、忘我の極地にいる。

 それはさながら、入学式の奇跡の再来であった。


 奇跡はそう簡単には起らないから、奇跡という……。

 そう……! これはただの、必然っ……!


 スライは足元の邪剣を踏みにじりながら、かつての持ち主に向かって親指をクンと下げた。


「これでわかったか? んじゃ、寝てな」


 同時に、空から降ってきた石がジャドの脳天に命中。

 ジャドは目を回しながらブッ倒れてしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] スライムって、有用性あるよな・・・。 というか、邪剣を手放しただけで、痩せ細るってなんだよ・・・。 武装解除が効かなきゃ、油塗れにして手放せればいい。 卑怯なんて言わせねぇよ?あんたら…
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