07 剣聖皇女VS邪剣使い
07 剣聖皇女VS邪剣使い
怒り肩のキルシュと、心配そうに寄り添うピュリア。
対象的に森から去っていくふたりの少女を、スライはやれやれと見送っていた。
「まったく……どうすんだよライム。お前のせいで決闘することになっちまったじゃねーか」
スライの肩で跳ねていたライムは、急ききって言う。
「おい、なにバカみたいな顔で突っ立ってんだよ! 早く決闘場に行くぞ!」
「えっ? 決闘は明日の午後だろ? そんなに慌てなくても……」
「バカ! そんなだからオメーは甘くて苦いママレード・ボーイなんだよ!」
「なんだそりゃ」
「ったく、剣豪ムサシの兵法を知らねぇのかよ!
ムサシはライバルであるコジローとの決闘のときに、真っ先に決闘場に行ったんだ! 徹夜組の勢いでな!」
「早く行ってなんになるんだよ?」
「待ち合わせ場所に早く着くと、それだけ待ち時間も長くなるだろ!?
たとえば1時間前に着いたら、相手がちょうどに来たとしても、1時間も待たされたことになるだろうが!
そのイライラが、戦いにおいて計り知れねぇパワーになるんだよ!」
「なるほど、完全に逆ギレだけど、その気持ちはなんとなくわかる」
「そうだ! 時間キッカリに来たコジローに、ムサシは言ったんだ、『死ね!』と!」
「相当な怒りのパワーだったんだろうな。完全にムサシの作戦勝ちだな」
「これでわかっただろうが! おら、さっさと決闘場に行くぞ!」
ライムから間違いだらけの作戦を吹き込まれたスライは、夜の森を出て校舎へと向かう。
聖邪学園の校舎は城を模したようになっていて、現在優勢の組の旗が掲げられるようになっている。
現状は五分五分なので、赤と黒、ふたつの旗が均等に翻っていた。
スライは閉鎖されている校門を乗り越え、オリエンテーションのときに案内された決闘場へと向かう。
決闘場は校舎に囲まれた中庭にあり、普段は開放されていて、自由に出入りできる。
大勢での決闘も想定しているのかかなり広く、木や草がぽつぽつとあって隠れたりする場所にも事欠かない。
外周の壁に埋め込まれている輝石が光を放っているおかげで、決闘場は夜でも明るかった。
スライは下見もかねてフィールドを歩きまわってみたのだが、ふと片隅に小屋を見つける。
物置かなと思って中を覗いてみると、そこは薄暗い明かりの灯った、血なまぐさい雰囲気の部屋だった。
壁にはハリツケ台や拷問器具のようなものがあり、床には血の跡みたいなのがこびりついている。
普通の人間なら震えあがるところだが、少年は顔を明るくしていた。
「おっ、ベッドまであるじゃねぇか。ちょうどいい、決闘まで、ここで寝てよっと」
さっそくベッドに横になるスライ。
それは木の枝よりもずっと寝心地がよくて、あっという間に眠りに落ちてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『さあっ! 新学期の初日から、まさか決闘が行なわれるとは!
しかも「剣聖皇女キルシュ」様と「邪剣使いのジャド」という、実力者どうしの戦いだぁーーーーっ!!』
「なんだよ、うるせぇなぁ……」
わんわんと共鳴するアナウンスに、スライは叩き起こされた。
『勝者の気持ちひとつではありますが、負けたほうは「敗者の小屋」に投げ込まれてしまいます!
その中では、敗者は勝者に何をされても文句は言えないのです!
そう、二度とこの学園にいられなくなるようなことでも……!』
スライはベッドからゆるゆると起きあがると、小屋の扉に向かう。
外に出ようと思ったのが、その前にちょっとだけ開いて外の様子を伺ってみる。
すると決闘場の真ん中では、キルシュが男子生徒と睨み合いの真っ最中。
男子生徒はガリガリに頬がこけ、全身は骸骨のようにやせ細っている。
ケイオス組の制服を着ている、というよりも制服に着られているようだった。
髪の毛も、高校生とは思えないほどにスッカスカ。
立っているのもやっとの様子で、歪な剣を杖がわりにしていた。
『キルシュ様とジャド、両者とも名だたる剣の使い手です!
「シャインブレイド」と「ストームブリンガー」、これはまさに正と邪の対決!
いったい、勝つのはどちらなのかぁーーーーっ!?!?』
「1対1の戦いなら、キルシュのほうがずっと有利だろ」
覗きながらそんな感想をつぶやくスライ。
「でもキルシュは俺と決闘するはずじゃなかったのか? なんであんな弱そうなのと……?」
すると、アナウンスが教えてくれた。
『今日の決闘は、本来はキルシュ様と、ヌル組のスライがやる予定でした!
でもスライは最弱だけあって逃げ出してしまったようなので、ジャドが飛び入りを果たしたというわけです!
決闘は、時間内にフィールド入りしないと負けになりますからね!』
「あ、しまった。俺、寝過ごしちまったのか……!」
なんだかますます出て行きにくくなってしまったので、スライはとりあえず決闘が終わるまで待つことに決めた。
睨み合ったキルシュとジャドが、「決闘!」と叫ぶ。
これは、決闘をすることに対しての最終承認であり、開始の合図でもあった。
宣言と同時に、周囲にあった木や岩が変形し、そこからケイオス組の男子生徒たちが現れる。
『おおおーーーーーっとぉ!? まさかの伏兵が参戦!
どうやらジャドの手下のようです! その数、9人!
いっきに10倍もの戦力差がついてしまったぞぉーーーーーっ!?』
取り囲まれたキルシュは、「1対1だって言ったじゃない!?」と抗議する。
ジャドはヒヒヒと笑った。
「決闘は、決闘開始の宣言がなされたときにフィールドにいた全員に、参加の権利が与えられるんじゃけん!
開始前にちゃんと確かめなかった、おんしが悪いんじゃけんのぉ!」
「くっ……! 最低の卑怯者ね……!」
そして始まる1対10の戦い。
キルシュは剣聖皇女と呼ばれるだけあって、剣さばきは超一流だった。
流麗なる剣をひと振りするたびに桜華のようなオーラ舞い散る。
彼女が本気になれば瞬殺だったのだが、彼女は峰打ちで骨を砕いていた。
キルシュよりもずっと大柄な男子生徒がひとり、またひとりと沈んでいく。
しかしジャドは手下を犠牲にするような戦い方で死角から斬り掛り、キルシュに着実にダメージを与えていった。
9人の手下を片付けた頃には、キルシュは傷だらけでフラフラ。
かたやジャドのほうはイキイキしている。
相手の力を吸い取り、己のものにする……それが『ストームブリンガー』の恐るべき力であった。
ジャドの身体は枯れた植物のようだったが、キルシュを斬りつけるたびに生き血を吸い取り、それを水として浴びたかのように精気を取り戻していく。
いまや、杖がわりにしていた剣はたくましい二の腕で握りしめられ、震えていた両足はがっしりと大地を踏みしめている。
「ヒヒヒヒ……! 美少女の精気は格別じゃけん!
ワシはおんしをひと目見たときから、ずーっと抉ってやりたいと思ってたんじゃけん!」
「さ、最低の変態っ……!」と、震えながらも構えをとるキルシュ。
しかしジャドは一瞬にして背後に回り込み、キルシュの細い首筋に邪剣をあてがっていた。
「はっ……速いっ……!?」
「ワシは赤ん坊の頃にこの『ストームブリンガー』を拾ったんじゃけん!
血を吸えば吸うほどワシに力を与えてくれるこの邪剣に、ワシは育てられたじゃけん!
この、血を吸ったこの邪剣を手にしている限り、ワシは無敵となるんじゃけん!」
邪剣に育てられた少年……。
その噂は、キルシュもよく知っていた。
キルシュは戦いの最中、なんとかしてジャドの手から邪剣を手離させようとしていたのだが、できなかったのだ。
「ワシから邪剣を奪おうとしたヤツは、それこそごまんとおったわ!
だが、ワシと邪剣は親子よりも強い絆で結ばれておるんじゃけん!」
ジャドは長い舌を垂らしながら、キルシュの耳元で囁きかける。
「死にたくないじゃけん? なら、大人しく敗者の小屋に入るんじゃけん!
破瓜の血をこのワシに捧げたら、命だけは助けてやってもいいんじゃけん……?」
するとキルシュの脚がガタガタと震えだし、手にしていたシャインブレイドも落としてしまう。
しかし彼女は気丈に振る舞った。
「こ……殺しなさい……! 生きて恥をさらすくらいなら、死を選びます……!」
「ヒヒヒヒ! そう言われてあっさり殺すヤツが、どこの世界におるんじゃけん!
戦いに敗れた姫は、陵辱のかぎりを尽されると決まっておるんじゃけん!
殺すにしてもそのあとじゃけん! さぁ、きりきり歩け!」
「や……やめて……!」
キルシュは抵抗しようとしたが、首筋に当てられた邪剣のせいで力が入らない。
ジャドに押されるようにして、無理やり敗者の小屋のほうへと歩かされる。
『おおーっとぉ!? キルシュ様が敗者の小屋に向かって歩き出したぞぉ!?
これは、勝負あったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
もはやキルシュの瞳からは光が消え失せている。
ジャドはその光すらも奪ったかのように、落ち窪んだ瞳をギラギラと輝かせていた。
対象的なふたりの目であったが、どちらもこのあと、信じられないものを目にすることになる。
小屋の扉からひょっこりと飛びだしてきた、少年の顔を……!
「おっと、ここは俺が使用中でね。悪いが、よそをあたってくれるか?」
「すっ……すらぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
決闘場を壁のように囲む校舎、その窓から覗いていたたくさんの生徒たちが、一斉に絶叫した。