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05 勝利の女神はスライムに微笑む

05 勝利の女神はスライムに微笑む


 常春の女神ママリアージュ・スプリングベル。

 彼女は人間であるが、女神に育てられたことで大いなる力を持っている。


 並の人間では、その神々しいオーラに近づくことすらできない。

 過去、ケイオス組に雇われた暴漢が彼女を襲ったことは何度もあるのだが、みな彼女の柔肌を傷付けるどころか、身体に触れることさえできなかった。


 それどころかひれ伏し己の罪を数え、その罪深さに泣き叫んでしまったという。


 人間は神に触れることはできないのだと、誰もがそう思っていた。

 今日、この瞬間までは。


 聖邪学園の入学式の会場は、しんと静まり返ったままだった。

 なぜならば鳴り渡っていたのが、にわかには信じられないものであったから。


『……あっ! ちょ、ちょっと! あなた、んっ!』


 女神の嬌声っ……!


 全校生徒の目の前、しかも壇上といういちばん目立つ場所で、胸を揉まれまくるママリアージュ。

 少年の手によって奏でられているかのようなその艶声に、その場にいる者たちは魂を抜かれたように立ち尽くしていた。


「すげー! このスライム、めちゃくちゃ柔らかいぞ! 見てみろライム! 手が埋まっちまった!」


「くそ、この俺様にも手があったらなぁ! いつか女神様に会ったらお願いしてみっか!」


 もう、会っている……!

 それどころか、とんでもない狼藉を働いているっ……!


「な……なにをしているの!? 衛兵! あ……あの最低な人を……! スライくんを取り押さえなさいっ!」


 新入生の間から起った激声に、まわりにいた者たちが頬を叩かれたかのように正気に戻る。

 学園の衛兵たちが大挙として壇上に押し寄せ、少年を乱暴に引き剥がした。


「な、なにすんだよ!?」


「なにをするだと!? スプリングベル様に狼藉を働いておいて、ただですむと思うな!」


「あっ!? その制服……ヌル組だな!? 貴様が噂の……!」


 聖邪学園の制服は、本来は2種類しかない。

 白と赤を基調とするローフル組の制服と、白と黒を基調とするケイオス組の制服である。


 特例として設立されたヌル組である制服は赤と黒。

 これは、ローフル組でもケイオス組でもない、どちらからも見放されたという意味を表している。


 そのため、制服を見ただけで着用者が何者かがひと目でわかる仕組みとなっていた。

 ヌル組の生徒は、少年ひとりであるから。


 その噂はすでに周知の事実であり、ちょっとした噂となっていたので、新入生たちはざわめいた。


「あ……あれが……! スライムに育てられた少年……!」


「間違いねぇ! 肩にスライムを乗せてやがる!」


「見るからに弱そうじゃねぇか! くそっ! なんであんなヤツが、スプリングベル様に……!」


「あのヌル野郎、退学だけじゃすまねぇぞ!」


「そうだ! 殺せっ! 殺せーっ!」


 ローフル組の新入生たちから、当然のように沸き起こる『殺せコール』。

 その声に応えるように、衛兵は少年を乱暴に引ったてていく。


「ちょ……待ちなさい! なにも、殺さなくても……!」


「そ……そうです! やめてくださいっ!」


 少年をかばう声はたったのふたつ。

 しかしその声は完全にかき消されていた。


 嗚呼(ああ)……!

 少年このまま、若い身空でこの世を去ってしまうのか……!?


 しかし彼が壇上から引きずり降ろされそうになった直前、奇跡が起った。


『んふっ……!』


 それは、鈴を転がすような声だった。


『んふふっ……! んふふふふっ!』


 そして、坂道を転がるかのように、だんだん大きくなっていく。


 誰もが「まさか……」と思いつつ、壇上の中央に視線を戻す。

 そこには、少年による女神の蹂躙以上に、信じられない光景があった。


 なんとママリアージュが口を押え、肩を振るわせて笑っていたのだ。


『んふっ! んふっ! んふふふふふふっ!』


 彼女はとうとうこらえきれない様子で、お腹まで押えて笑い出した。


『うふふふふっ! こ、こんなにおかしい事は初めてです! うふふふふふふふっ!』


 さっきまで場を支配していた『殺せコール』すっかり霧散。

 かわりに、海割りの奇跡を目の当たりにしたようなざわめきが駆け巡っていた。


「う……うそ、だろ……? スプリングベル様が、笑ってる……!」


「しかもにっこりどころか、あんなに大笑いするだなんて……!」


「勇者や王族ですら無理だったことを、やってのけるだなんて……!」


「な、なんなんだ、あのヌル野郎は……!?」


 ママリアージュはひとしきり笑ったあと、唖然とする衛兵たちに向かって言った。


『その子を離してあげてください。

 ちょっと、びっくりしましたけど……不快に思ったどころか、とっても楽しい気持ちになりました。

 むしろ、こんなに楽しかったのは生まれて初めてです』


 周囲から「えええっ!?!?」と驚愕が起る。


 ママリアージュはいつも以上の微笑みを浮かべ、少年の元へと歩いていく。

 しゃがみこんで、手を差し伸べた。


 本来ならば怖れ多くて断るのが当たり前なのだが、少年は平然とその手を取った。

 しかも助け起こされながら、耳を疑うようなことを口にする。


「なんだかよくわかんねぇけど、助かったよ。お前、名前はなんていうんだ?」


「おいおい、もうめんどくせぇからメス3でいいだろ! 3匹目に会ったメスってことで!」


 ひとりとひとプルのあまりに無礼な物言いに、「なっ!?!?」とさらなる驚愕が爆発する。

 しかしママリアージュはにっこりと微笑み返していた。


「うふふ。それでもいいけど、いちおう名前を教えておくわね。

 ママリアージュよ。あなたと同じこの学園の生徒なの、よろしくね」


「なんか覚えにくい名前だな。ママリアって呼んでいいか?」


「ええ、もちろん。もっと短くして、ママって呼んでもいいわよ」


「いや、それだと別の意味になっちまうから遠慮しとくよ。

 あ、忘れてた、俺はスライっていうんだ、こっちは相棒のライム」


「自転車のサドルが無くなったらいつでも俺様を呼びな」


「スライちゃんにライムちゃんね。ふたりがいれば、とっても楽しい学園生活なりそう。うふふふふっ!」


 入学式の式典をよそに、最強と最弱の存在は、壇上で和やかに談笑していた。


 『勝利の女神は微笑まない』……。

 このことわざが、書き換えられた歴史的な瞬間だった。


 『勝利の女神は、スライムにだけ微笑む』と……!

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