04 女神に育てられた少女のスライム
04 女神に育てられた少女のスライム
それから数時間後、スライは聖邪学園に続く大通りを疾走していた。
「やっ……やべえっ! ちこくだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
「珍しいからっていろいろ見てんじゃねぇよ、カッペ野郎!」
「ライム、はしゃいでたのはお前のほうだろ! おかげで入学式がもう始まっちまってるよ!」
スライはライムと言い争いをしながら、学園の正門前にある受付に滑り込んでいた。
学園の正門ふたつに分かれていて、それぞれが赤と黒に塗られている。
受付にいた者たちはスライを見るなり、珍獣を見たかのように笑った。
「お前、もしかしてスライムに育てられたっていうスライかよ!」
「マジで来たのかよ! 来ねえと思ってたのに!」
「見るからにザコっぽい顔してんなぁ!」
「おい見ろよ、スライムなんか肩に乗せてるぜ!」
「ぎゃははははは! コイツもやっぱりスライムみたいなザコなんだよ!」
スライはここに来る途中、街の人たちからも奇異の目で見られた。
しかしここまで露骨にバカにしてくるのは初めてだった。
スライムはやはりいじめられている存在なのだと、スライは改めて噛みしめる。
受付をすませて正門に向かおうとすると、受付から呼び止められた。
「おい、スライム野郎! お前はそっちじゃねぇよ!」
「門をよく見てみろよ! 赤いほうの門は『ローフル組』で、黒いのほうの門は『ケイオス組』って書いてあるだろうが!」
「この聖邪学園はその名のとおり、聖のローフル組と、邪のケイオス組に分かれてるんだ!
お前は、そのどっちからも要らないって言われたんだよ! そんなヤツは初めてだぜ!」
「だからわざわざお前のために、どっちでもねぇ『ヌル組』ってのができたんだよ!」
スライは振り返りながら尋ねる。
「じゃあ俺は、どっから中入ればいいんだよ?」
「そんなの知るかよ! 自分で考えろ!」
「裏門だったら組分けの制限がないから、裏門だったら入れるんじゃねぇか!?」
「そんな!? ただでさえ遅刻してるってのに、これから裏に回れってのかよ!?」
「俺たちはまだ親切なほうだぜぇ! 学園に入ったらお前は、完全なのけ者なんだからな!」
「人間からも魔物からも見放されてるスライム野郎に、居場所はねえってこった!」
「悪いことは言わねぇから、そのまま帰んな! ぎゃははははは!」
スライは嘲笑を浴びながら、踵を返す。
門塀に沿うようにして走り、裏口を目指した。
「ったく……! 入口からこんな扱いなのかよ……!
だけどここで逃げたりしたら、里のみんなに会わせる顔がねぇ……!
くそっ……! 俺はやるぞ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
入学式の行なわれている校庭では、魔法によって拡声された、清音が声が響き渡っていた。
『みなさんはじめまして、ローフル組の在校生代表の、ママリアージュ・スプリングベルです』
壇上には、純白のキトンをまとい、背中から翼を生やした少女が、全校生徒に向かって挨拶をしていた。
その少女は後光がさすほどに神々しく、清らかで、美しかった。
そしてなによりも目を引いたのは、豊穣を表すかのようなその胸。
彼女は手をお腹のあたりで組んでいたのだが、二の腕に押された胸ははちきれんばかりにはみ出していた。
『この学園は、女神と邪神の争いで、戦争が起らないようにするために作られたものです。
聖と邪の生徒が競いあい、より良い成績を残したほうが、この世界を統べることになります。
勉強やスポーツだけでなく、時には決闘をすることもあるかもしれません。
でもおたがい切磋琢磨しながら、仲良くがんばりましょうね』
その声は福音のようで、穏やかな微笑みは春の訪れのようにあたたかい。
眼下の新入生たちは、誰もが日差しをあびているかのようにホンワカとなっていた。
「う……美しい……! さすがは女神に育てられたといわれる少女、スプリングベル様……!」
「それに『常春の女神』と呼ばれるだけはある……! 微笑みだけで、我らの心までもをあたたかくしてくれるだなんて……!」
「な、なんと素晴らしいのだろう……! あのお方がいれば、ケイオス組なんて怖くないぞ……!」
赤と白の制服に身を包むローフル組は、みなすっかりママリアージュに心酔していた。
かたや黒と白の制服のケイオス組は、面白くなさそうに舌打ちをする。
「なにが女神だ! いつも微笑んでるのがムカつくぜ! メチャクチャかわいいからって調子に乗りやがって!」
「あの微笑みが、ニッコリ微笑んだらヤバいらしいぞ!
その微笑みを向けられた者は、女神に見染められたことになるらしい!」
「マジかよ!? あのスプリングベルはいつも微笑んでるけど、にっこりしたことなんか一度も見たことねぇよ!
国王や勇者の前でだって、ニッコリしねぇらしいじゃねぇか!」
「それじゃ、誰の前でもニッコリすることはねぇってことか!
ケイオス組の代表のネヴァーウインター様と同じみてぇだな!」
「そうそう! 俺たちの女神もぜったいに笑わねぇって評判だよな!
女神に育てられると悟りが開かれるから、心の底から笑うことがないらしい!」
新入生たちは、ママリアージュの噂で持ちきりになっていた。
女神に育てられた少女というのは、この世界では国王以上の尊敬を持って扱われる。
それは世界最強の証でもあり、なにもかもが思うがまま。
幼くしてすべてを手に入れてしまったがために、心の底から笑うことはないという。
自戒をこめて『勝利の女神は微笑まない』などということわざが、この世界にはあるほどだった。
笑わない勝利の女神、ママリアージュが挨拶をしていた壇上に、ひとりの少年が勢いよく駆け上がってくる。
「や……やっと着いたぁぁぁぁーーーーっ! ここが、入学式の会場かぁぁぁーーーーっ!」
「ギリギリ、ツーストライクってとこだな!」
最弱の象徴であるスライムを肩に乗せたその少年は、壇上をずざざっと滑り込んで止まる。
しかし勢いは殺しきれず、真ん中にいたママリアージュにぶつかってしまった。
女神にぶつかるなどとは、ギリギリどころか完全にワンアウト。
退学どころか、処刑されても文句は言えない行為である。
『きゃ!?』
「あっ、悪い! っていうかお前、すっげースライムだな! こんなでけースライム、里にもなかなかいねーぞ!」
なんと、最弱の少年……!
謝罪と同時に、最強の少女の豊乳を、ガッとわし掴みに……!
ワンアウトを通り越し、完全なるスリーアウト……!