03 奇跡を呼ぶスライム
03 奇跡を呼ぶスライム
いきなりの事に、目が点になるピュリア。その肩でぷるぷるしていたライムも、目をゴマ粒のようにしている。
「いってーな、なにすんだよ」
腫れ上がった頬を押えるスライ。
キルシュは後ずさりながら、ワナワナと震えていた。
「さ……最低っ! い、一度ならず二度までも、胸を触るだなんて……!
いちおうは助けてもらったから、一度目は許してあげたけど……!
ゆ……許せないっ!」
キルシュは反射的に腰に手を当て、抜刀しようとしていた。
しかしいつもあるはずの柄の感触がない。
視線を落としてようやく思いだし、サッと青ざめる。
先ほどまでの怒りすらも忘れ、血相を変えて崖のほうに向かって走りだしていた。
そして欄干を乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出し、崖下を見回す。
しかしあるのは断崖と、荒れ狂う海ばかりであった。
「もう、最低っ……! あの剣がないと、わたしは……!」
その隣からスライがひょっこりと覗き込む。
「どうしたんだ? なんか探し物か?」
しかしキルシュは「うるさいわね! 最低のあなたにもう用はないわ! どこへでも行きなさい!」とにべもない。
「ご……ごめんなさい、キルシュさん! ピュリアのせいで……!」
背後から聞こえてきたピュリアの泣きそうな声に、キルシュはキッと振り返る。
「ピュリア! 情けない声を出すんじゃないの! それでもあなたは智聖賢者なの!?
だいいち、あなたは野盗たちの素性を暴く立場でしょうが!
それなのに、ホイホイついてくだなんて……!」
キルシュに詰め寄られ、とうとう泣き出してしまうピュリア。
見かねたスライが割って入る。
「おいおい、そうカリカリすんなって。なにがあったのか話してみろよ」
キルシュは気丈な瞳をスライに向ける。
その瞳は、わずかに潤んでいた。
「野盗に脅されて、父さんの形見の剣を海に投げ込んじゃったのよ!
あの剣がないと、わたしは聖邪学園に入れない!」
キルシュはいてもたってもいられない様子で、再び欄干へと走っていく。
思いつめた表情で上着を脱ぎ、リボンをしゅるりと外した。
ブラウスのボタンに手をかけようとしたその時……。
こんな話し声が、背後からした。
「剣って、もしかしてさっき拾ったコレのことか?」
「待つことを知れ! そんなだからお前はいつまで経っても少年ボーイなんだよ!
このまま黙って見てれば、ポロリしかない水泳大会が拝めるかもしれねぇんだぞ!
出すのはそのあとでも……!」
キルシュが振り向くと、そこにはひそひそ話の真っ最中のスライとライムが。
スライは腰に提げたポーチから剣を取り出そうとしていて、それをライムが必死になって止めていた。
その見覚えのある柄に、キルシュは絶叫する。
「えっ……ええええええーーーーーーーーっ!?!?」
キルシュは口から飛び出した心臓を追いかけるような勢いで、ひとりとひとプルに詰め寄る。
「そ、それは、わたしの剣っ!? たしかに、海に投げ捨てたハズなのに……!? いったいどうして!?」
「いや、この道を歩いてたら、お前たちと野盗がいるのを見つけて、なにしてるのかなと思って近寄ろうとしたんだよ。
そしたらキルシュがいきなり剣を投げてたから、いらないのかと思ってもらっておいたんだよ」
スライの説明は、ただ捨てられたものを拾っただけのようだった。
「そ……そんなわけないでしょ!? 剣は海に向かって投げたのよ!?
崖下に飛び降りでもしないかぎり、拾えるはずがないわ!
それに、投げ捨てられたときは、あなたたちは相当離れた所にいたはずだから……!」
まくしたてる途中、キルシュはあることに気付く。
「スライ……! あなたは魔法使いだったのね!?
引き寄せの魔法を使ったんだわ! それを使ってピュリアも助けたんでしょう!?」
「いや、俺は魔法は使えないよ」
「ああ、コイツにできるのは空気を読めないことくらいだぞ」
「できるのかできないのかどっちなんだよ」
スライはライムと軽口をたたき合いながら、柄だけを覗かせていた剣を腰のポーチから取りだす。
ポーチの大きさよりも明らかに剣のほうが長いのに、剣は中にすっぽりとおさまっていて、するすると出てくる。
これにはキルシュもピュリアもビックリ。
第2のイリュージョンを見せられたかのように目を丸くしていた。
「そ……そのポーチ、どうなってるの……?」
「これか? これはオフクロが作ってくれたんだ。スライムの吸収する力が込められてて、中身がいくらでも入るんだよ」
「そ、そう……」
キルシュは取り出された剣を、キツネにつままれた様子で受け取っていた。
スライはポーチの口を閉じながら言う。
「さーて、それじゃ、俺たちはそろそろ行くよ」
キルシュは「えっ」と虚を突かれたような声をあげる。
「えっ、って、お前がどこへでも行けって言ったじゃねぇか。
それに入学式の前に、学校とかいろいろ見ておこうかと思ってな。
んじゃ、またな!」
キルシュとピュリアを前にした男は、誰もが彼女たちにつきまとい、媚びを売ろうとする。
しかしスライはまったくそういうところが無かったので、キルシュもピュリアも拍子抜けしてしまう。
ピュリアはむしろ、スライとライムといっしょに学園に行きたいと思っていた。
異性にそんな感情を抱くのは初めてだと、ほのかな胸の高鳴りすらも感じている。
未練もなさそうに背中を向けるスライを、「待って!」と呼び止めるキルシュ。
しかし呼び止めておきながら、言いにくそうにもじもじしていた。
「なんだよ?」
「あ……あの……スライくん……。
その……剣、ありがと……。
それと……さっきはぶったりして、ごめんなさい……」
「ああ、気にすんな。さっきは俺が悪かったんだ」
田舎から来た少年は、初対面の女性の胸を揉みしだくことがどれだけ失礼なのか、ようやくわかってくれたようだ。
キルシュはホッとしかけたが、
「形がおわんみたいなんて言ったら、中のスライムも傷付くよな。
お前は中のスライムのかわりに、俺に怒ってくれたんだろ?」
「は……はぁぁっ!?」
予想外の解釈に、キルシュはアゴが外れそうになっていた。
「人間はスライムをいじめるっていうけど、お前みたいないいヤツもいるんだな。
学校で会っても仲良くしてくれよ。じゃあな!」
爽やかな笑顔で走り去っていくスライ。
その肩の上で振り返り、「さては恋してるな!?」と弾むライム。
ピュリアは微笑みながら見送っていたが、キルシュは子供のように叫び返していた。
「さ……最低! 最低最低最低っ! さいってぇ~~~っ!
だ、誰が恋なんか! 誰があなたみたいな人と仲良くなんかするもんですかっ!
い……いぃぃぃぃぃぃ~~~~~だっ!!」