02 美少女たちのスライム
02 美少女たちのスライム
刹那のイリュージョンに、少年を囲む者たちは唖然となっている。
剣士少女はもとより、助けられた魔法使いの少女自身もキョトンとしていた。
「大丈夫か?」
少年から声をかけられ、魔法使いの少女はポッと頬を赤らめる。
野盗たちはざわめいていた。
「な、なんだ、今の……? 魔法で女を引き寄せたのか……?」
「いや、魔法なわけがねぇ! 詠唱がまったく無かった!」
「ムガーッ!? モガーッ!?」
スライムに貼り付かれていた野盗がとうとう限界を迎え、もがきながらバタンと倒れてしまった。
ハッとなる者たちの間に、再び張りつめたものが走る。
その緊張真っ先に打ち破っていたのは、剣士少女であった。
彼女は少年が足元に落としていた棒きれを拾いあげると、素早い剣撃で周囲の野盗たちを打ち据える。
「うがっ!?」「ぎゃっ!?」「ぐわっ!?」「あぎゃっ!?」
ほんの数秒で野盗たちは全滅。
一斉にその場にブッ倒れ、白目を剥いて気絶してしまった。
戦いが終わっても剣士少女は気を抜かない。
棒きれを剣に見立て、残心の構えを取る。
その横顔は凜としており、ひと目で高貴な生まれだとわかるほどに品があった。
しかしその目は鋭く、青い瞳は刃に埋め込まれた宝石のように、危険なほどに美しい。
風になびくポニーテールすらも、黄金の御旗のように荘厳としている。
それは剣聖。まさに皇女の風格であった。
この絶対的美少女には、男なら誰もが言葉を失い、ひれ伏してしまうであろう。
だが……それに当てはまらない唯一の少年が、ここにいた。
「おおーっ!? すげぇなぁ!」
少年から送られた賞賛は最大限で、憧れの人を目の前にしたかのようだった。
剣士少女は「それほどでもないわ」と満更でもない様子で振り返る。
そして、我が目を疑う。
少年は最初から、剣士少女には目もくれていなかった。
それどころか、彼女の友人である魔法使いの少女を抱いたまま、なんと胸を揉みしだいていたのだ。
「人間のメスは胸のところにスライムを入れてるって、マジだったんだな! しかも結構でけーぞ!」
「なっ、俺様の言うことに間違いはねぇだろ!?」
少年と、いつの間にか少年の肩に戻っていたスライムは大盛り上がり。
「あっ……そ、その……や、やめ……あっあっあっ」
魔法使いの少女は顔を真っ赤にして弱々しく抵抗していたが、ほとんどされるがままになっている。
助けられたのか襲われているのかよくわからない目に遭っていたのは、銀髪のセミロングにおっとりとした顔立ちのメガネ少女だった。
タレ目でいかにも物静かで大人しい印象だったが、制服に包まれた胸は大人しくない。
少年の手によっていいようにこねくり回され、ブレザーどころかブラウスからもはみ出しそうだった。
剣士少女は呆気に取られていたが、やがて大慌てで止めにはいる。
「ちょ……なにやってるのっ!? やめなさいっ! そんなことしていいと思ってるの!?」
「なんだよ、触るくらいいいじゃねぇか」
肩のスライムも「そうだそうだ!」と賛同する。
少年もスライムもまったく悪びれる様子がなかったので、剣士少女は目を剥いた。
「はあっ!? さ……最低っ! よくないに決まってるでしょ!? だいたい、あなたたち……!」
剣士少女は問いただそうとしたが、スライムが遮った。
「待てやコラぁ! 助けてもらったくせに、礼のひとつもねぇのかよ!?
俺様たちがいなかったら、今頃はオメーらはドナドナだっただろうが! おおーんっ!?」
「くっ……!」と拳を握りしめる剣士少女。
「まさか、最弱のスライムに助けられるだなんて……! 最低だわ……!」
しかし魔法使いの少女のほうは居住まいを正し、「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げていた。
しぶしぶ、剣士少女も後に続く。
「……助けてくれてありがとう。でも勘違いしないでよね。
あなたたちがいなくたって、わたしひとりでなんとかなってたわ」
ふてくされたような態度だったが、少年は気にしていない。
「そうなのか? まあ俺が好きでやったことだからな。
人間のメスは助けてやらなきゃダメだって、オフクロに言われてるからさ」
「そうそう、人間のメスってゴミクソみてぇに弱いからな」
「スライムに言われたくないわよ! っていうかさっきから口悪いわね!? なんなのよあなたたち!?」
剣士少女は肩をいからせたが、またしてもスライムに遮られてしまった。
「待てやコラぁ! 名前を尋ねるときは自分が名乗るのが礼儀ってもんだろうが! おおーん!?」
「くっ……!」と奥歯を噛みしめる剣士少女。
「まさか最弱のスライムに礼儀作法を説かれるだなんて……! 最っ低……!」
しかし魔法使いの少女のほうは、もうぺこりと頭を下げていた。
「すみません、申し遅れました、ピュリア・ホーリーウィズダムといいます。
こちらにいるのがキルシュさん。キルシュ・シャインブレイドさんです」
キルシュとピュリア。
『剣聖皇女』そして『智聖賢者』の二つ名を持つ少女たち。
本来なら名前を聞いただけで、普通の人間なら五体を投げ出してひれふすのだが……。
少年とスライムは、特になんとも思っていない様子で挨拶を返していた。
「俺はスライだ。スライムの里から来た」
「俺様はライムだ。特技はモノマネと、メスのハートをチョコレートのように溶かすこと。
やれやれ、ここにいる人ガールたちのハートも、もうメロメロのようだ。
おっと、俺様のことはレッド・ドラゴン、それかゲロ以下野郎とでも呼んでくれ」
スライムの里から来たという少年と、「誰がゲロ以下や!」とひとりツッコミをするスライム。
何もかもが常識はずれなコンビに、剣士少女は眉をひそめた。
「あなたはもしかして、スライムに育てられたっていう、あの……?」
「おっ、そうだ、よく知ってるな」
「やれやれ、俺様の名はまだ人間の里に残ってるのか。どうやら、生ける伝説になっちまったようだな」
「噂は聞いてるわ。『聖邪学園』に、スライムに育てられた新入生が入るって」
「ピュリアたちも新入生で、これから入学式に行くところだったんですよ」
キルシュとピュリアは同じ制服姿で、白と赤を基調としたブレザーに赤いリボンをしている。
「へぇ、ってことは同級生ってやつになるんだな。んじゃ、ちゃんと挨拶しとかないとな」
スライムのライムが「しょーがねーなー」と先んじて、ピュリアの肩にピョンと飛び乗った。
ピュリアは最初はびっくりしていたが、「うふふ、かわいい」とすぐに顔をほころばせる。
スライはキルシュに向かって手を伸ばしていた。
キルシュは握手を求めているのだろうと思い、その手を握り返そうとしたのだが……。
スライの手は、キルシュの胸をむんずと掴んでいた。
「おおっ、お前も良さげなスライムを持ってんじゃねぇか!」
キルシュはとっさに手を払いのけようとしたが、胸に電流を流されたようにビクリとなる。
それは甘美な痺れとなって脊椎を駆け抜け、背筋がビクビクとのけぞってしまった。
「えっ……!? ちょ……!? あんっ……!? ち……力が……!? んっ……!?」
しばしの間、波の音と風の音、そして少女の甘やかな声だけが、その場に流れる。
スライはキルシュの胸をさんざん弄んだあと、屈託のない笑顔を見せた。
「うん、見た目のとおりいいスライムだ! 大きさはピュリアほどじゃねぇけど、形がおわんみたいでいいな!」
キルシュは野盗と戦っても息一つ乱さなかったのに、今や肩ではぁはぁと息をしている。
玉の汗が浮かぶ額には髪が貼り付き、頬は紅潮しきっていた。
瞳はすっかりトロンとなり、目尻は下がりきっていたが、解放されて少しずつ元の角度に戻っていく。
彼女が正気を取り戻した瞬間、絹を裂くような悲鳴と、スパーンと頬を打つような乾いた音が響き渡っていた。