断罪イベントなんかしたくない!
……大体さ。
そこから始まる物語多すぎだっつーの。
「ローラ・ゴルドシュミット嬢。君との婚約を今この場で破棄とする!」
ビシッと指突きつけて、美少女との絶縁を宣言する。何様だよ。
(あ~~、唇噛みしめて目の縁に涙ためているし)
黄金の髪と、どこまでも深く濃い青の瞳。陶器のような頬に彫りの深い顔立ちで、現実の存在というより天使画の天使みたいに可憐すぎる美少女。
かわいそうだよ。どう見ても。
そんな彼女を見捨てた男の傍らには「そのまま断罪、やっちゃってくださいよ!!」って鼻息荒くした正ヒロインがいるんだよね。
そう思って、さっきから左腕を掴んでいる馴れ馴れしいひとを見下ろしてみる。
茶色髪に水色の瞳で、どう見ても「素朴平民感」を前面に押し出してきている美少女。そう、もちろん可愛い。ただしローラさんのような神々しさではない。
俺は素早く二人を見比べてみる。
(……どう見てもローラさんの方が好みだ)
見た目で選んで申し訳ないが付き合うならというかもしお付き合いして頂けるならあっちだ。
ちなみに、この平民感出してきている相手の名前はキャサリン。目がらんらんと輝いていて、断罪を今か今かと待ちわびている顔をしている。絶対性格悪いでしょ。
それに比べてローラさんなんか言い返すこともできずに涙堪えているよ。
無理。
「ごめんなさい。今のはストーリーの都合上口から勝手に出た固定セリフ。婚約破棄なんかしたくない。というかもうローラさん可愛すぎて目が潰れそう。婚約ってあれですよね。最終的に結婚するんですよね。は~~~~マジか~~~~美少女とイチャイチャ………したい。けど畏れ多いなぁ」
ぐいっと腕をひかれた。
キャサリンが目に怒りを迸らせて頬をぴくぴくしつつ、にこっと微笑んでいた。
「あの~~~~? 殿下~~~~? 何言ってるんですか? ローラ様はこのわたしをいじめにいじめまくった性格極悪のアルティメットいじめっ子ですけど!?」
そう言うキャサリンこそ「いやいや裏で糸引きまくりの真の悪役でしょ?」って言いたくなるくらい「二面性のザ・表です!!」って顔しているんだけど。
(あれ? これはこれで可愛いな。絶対絶対性格悪いのに。ところでなに? 「殿下」ってことはもしかして俺イケメン権力者なの?)
そうだな。ここは本来、キャサリンに対してローラ嬢がしていた数々の嫌がらせ・いじめ行為が明らかになり、婚約者である王子が気づいて「おのれローラ許すまじ! 私はキャサリンの味方だよ! あんなアバズレは破滅させてあげるからね!」ってヨシヨシする場面なわけだよな。
マジかよ。どうせ「親同士が決めた婚約者だから自分はあんな奴好きじゃないし」とかいう理屈なんだろうけど、断罪の手始めが「権力者の俺様がお前のこと嫌ってるんだからな!!」ってみんなの前で言うことなのか?
王子、カッコ悪すぎじゃね?
そんなカッコ悪い男でいいの? キャサリンほんとにそれでいいの? たぶんこの「殿下」ハニトラなんかに軽く引っかかる中身のない男だよ? たぶん引っかかったんだよね? だけど君ほんとに引っかけたかったの?
「キャサリンもさ、なんらかの理由でローラさんを破滅させたいんだろうけど、落ち着いて考えてみて。俺を落としてなんか楽しい? 俺だよ?」
「ええと、殿下?」
「ローラさんを破滅させてもキャサリンは幸せにならない。俺をゲットしてもキャサリンは幸せにならない。せっかく美少女なんだから、そういうつまんないことに血道あげてないでマシなことしよう? スローライフ、農地改革とか。聖女として目覚めるとか」
一瞬、言葉に詰まるキャサリン。
だけどどう考えても「権力たてに女の人に怒鳴り散らすだけの男」と結婚しても幸せになれないよ?
狙うならもうちょっと見どころある男にすればいいのに。
――えーと、殿下は何を言ってるのかしら?
目に溜めた涙がいつの間にか乾いてしまったローラさんが何か言いたげにこちらを見ている。
可愛い。本当に可愛い。思わず小さく手を振ってしまった。気分は「俺だ! 結婚してくれ!!」だよ。
またキャサリンにくいっと袖をひかれた。あざといけど可愛いなそれ。
「私ローラ様にいじめられていたんですけど……。いまその動かぬ証拠を並べて、こう、殿下が……俺に任せろ! 懲らしめてやる!! って……。懲らしめないんですか?」
わかるわかる。
つい一瞬前までの「殿下」は本気でそう思っていたんだろうな。
でもほら、俺いま我に返った殿下だから。流れ想像ついちゃってるんだよ。
いじめられていたっていうのは大体捏造。悪役に仕立てられている側が真ヒロイン。それを見抜けずに調子に乗って婚約破棄したり断罪イベント敢行した男は「婚約などお前の一存で破棄できるわけがないのに、女に騙されおって。お前こそ追放だ!」って王様が出てきてまさかの大・逆転・劇で地位も権力も失うんだよな。
そして「中身のないアホ。あんな男と結婚しないで良かった♥」って扱いになるんだ。知っている。
中身のないアホは! そうして美少女と結婚する権利を失い! 正ヒロイン風の悪役に踊らされて破滅させられるのだ!
踊りたくない!!
しかも欲張りません!!
どっちも美少女だけど心は決まってます!!
「ローラさん!! 俺と結婚してください!!」
キャサリンを振り払って、OKなら握手してくださいみたいに手を突き出す。古いかなこれ。
「……婚約破棄は?」
ローラさんにはきょとんとされてしまった。そうだよね~~たぶん今そこに向けて盛り上げていたんだろうね。こう、場の空気とか。婚約破棄待ったなしに。
「したくないでしゅ」
かんだ。
「したくないです!! たぶん今までの俺はちょっとキャサリンにぐらついていたんだと思うけど、今後そういうことないんで!! ローラさんに一途一直線なので!! まずは結婚を前提にお付き合いからお願いします!!」
ぼさ~っとしていたローラさんだったが、(あっ、何か言わないと。私のターンだ)と気付いたみたいで「はい」と言った。言ってしまった。
「よっしゃあーーーーーーーーー!! これで自分の破滅回避・美少女と結婚確約!! あとはキャサリン」
突然水を向けられたキャサリンに、おかしなものを見る目で見られた。
ははーん。このひとやっぱり俺のこと全然好きじゃないわ。「使えねぇ」みたいな蔑む目。
良かった。お互いに良かった。ちなみにそういう虫けらみたいに見られるのも嫌いじゃないけどな。
「どこかで良い人見つけて幸せになってね。正ヒロイン力使えばなんとかなるし、たぶん俺以外にも攻略対象キャラ何人かいるはずだから大丈夫大丈夫。なんだったら相談にものるし」
「断罪……」
「そもそも断罪して何か楽しい? 無関係に暮らす方がよくない? 世間の悪役令嬢はわりと『追放されたけど願ったり叶ったりです』みたいに新天地で無関係に楽しく暮らしたりしてるよ?」
「悪役令嬢あっち……」
ものすごく何か言われているけど、俺、我に返って天使に惚れ直した男だからそういうのは。
「ローラさんが悪役令嬢だったら正ヒロインはざまあされて負けるよ!? 今のままならどっちかっていうとドアマットヒロイン路線でいけるから!! ほら!! 誰も破滅しない未来へ向かって歩き出そう!!」
たぶん俺ローラさんの中に転生なり転移なりで入る人格でこれはたぶん何かの手違いなんだろうけど(男だから男の中に詰め込めみたいな)。
断罪イベントなんかしたくなかったからこれはこれでいいよね!