いじめとオタクと尊厳と③
「セニア……?セニア・ノースポールだと……?」
男が高らかに名乗ったその名前に俺は困惑する。
セニア・ノースポール。この名前はもちろん知っている。
ただ、俺が知っているセニアとこの男の風格があまりにも違いすぎて……。
目の前の男から名前を明かされた俺は、まじまじとセニアと名乗る男の顔を見る。
そして、見ていく内に俺の顔色はだんだん悪くなり……。
「おっ、おっま……お前ぇぇぇぇ‼︎ なっ、何でこんなとこいるんだよ! いっ、いやそもそもその格好と喋り方! あとその態度はなんなんだ‼︎」
「拙者は元々こういう人間でござるよ。あの頃の拙者は、親や周りの目もあり嫌々作り上げた偽りの姿! 幼き頃、我が国の宝物庫から『漫画』や『アニメ』なるものを見つけ、そこからは『オタク』と言われる存在になったでござる」
……どうしよう。全く意味が分からない。それにもう一つこいつには不可解な点がある。
「だいたいなんでお前はそんな普通に溶け込んでんだよ! 組長の息子だろうが!」
そう。俺とステラと同様、こいつも特殊な立場にある男だ。それなのに何故今までなんの騒ぎにもならなかったのか。
「ナルカミ歌舞伎街は遥か遠くの島国故、情報が通りにくいのでござるよ。逆にプリム殿は拙者の父、つまり組長の名前を知ってるでござるか?」
……確かに知らないな。というか言われてみればナルカミ歌舞伎街の情報なんて耳にする事が滅多にない。
だからこそ、修学旅行で俺は見た事もない物や雰囲気に圧倒されたのだから。
俺が黙りこんでいるとセニアが再び話し出した。
「プリム殿に負けたあの日から、拙者は自分を見つめ直し、高等部からは偽りの自分を捨て、拙者の好きなように生きようと決心したでござるよ」
そう言って、セニアは俺の手を握ってきた。
「拙者、本当にプリム殿には感謝してるでござる! 負けしらずで調子に乗っていた拙者を打ち負かし、目を覚まさせて頂いた!」
目を輝かせ意気揚々と迫ってくるセニアに対し、俺は。
「そうか! それはよかった! じゃあ夢の学園生活存分に楽しめよ!」
そう言ってセニアの手を振りほどき、再び机にうつ伏せた。
冗談じゃない! これ以上厄介事に巻き込まれてたまるか!
だいたいなんでよりにもよってこの学園でのリスタートを選んだんだ!
……俺本当に呪われてるんじゃないのか。
「何を言ってるのでござるかプリム殿! 水臭いではないか! 拙者を救って頂いたにも限らずこうして同じ学園に通う事になるとは! これはもう運命でござる! 盟友同士一緒にこの学園生活を満喫しようではないか!」
バカでも分かるような拒絶の仕方をしたにも関わらず、一向にその場を離れようとしないセニア。
……駄目だ。どいつもこいつも話が通じない。
このままじゃ本当駄目だ。とりあえず先にこいつを何とかしないと。
そう考え、俺はどうにかセニアを遠ざけようと試みる。
「ざっっっけんなよてめえ‼︎ 何でお前らはいちいち俺につきまつとってくるんだ‼︎ それに何が盟友だ! そもそもあの勝負俺は勝ったと思ってねえぞ! お前手抜いただろ‼︎」
ちょっと嫌味を言うつもりが、ストレスが溜まっていたせいで一気に吐き出してしまった。
……まずい。クラスメイトの目が痛い。ただでさえステラと一緒にいるせいで悪目立ちしてるのに、更に拍車をかけてしまった。……でもまぁ、これで流石のこいつも少しはこたえただろう。
……しかし、セニアは表情が曇るどころか笑いながら。
「ハッハッハッハッ! またまたご冗談を! それに、拙者は勝手ながらプリム殿に恩義を感じているでござる。この学園生活で少しでもご恩を返していくでござるよ!」
そんな事を言ってのけた。
あぁ……駄目だ。話が通じなすぎて打開策が見つからない。
俺がどうにかこうにかと悩んでいると「それに……」とセニアが続ける。
「あの勝負、決して拙者が手を抜いた訳ではないでござる。拙者がアッサリと負けたのは……」
「プーリームーくーん‼︎ あーそびましょーー‼︎」
セニアがそう何か大事そうな事を言いきる前に、教室のドアから響いてくる声に掻き消された。
俺とセニア含め、その場にいたクラスメイト全員の視線が教室の入り口に立っている男に集まる。
そこに立っていたのはどこかで見たようなような大柄な男だった。
「やっと見つけたぜ。ちょっと面貸せや」
……なんなんだこの男は。初対面でいきなり失礼じゃないか。
しかも、ちょっと見覚えがある事からして嫌な予感しかしない。この男ともセニアの様に昔一悶着あったのだろうか。
「……人違いじゃないですか? 俺あなたの事知らないですし」
昔何かあっただろうがなんだろうがもう人違いで済ませよう。これ以上の面倒事はもう絶対受け付けない。
「てめぇ……あんだけガンつけてきて、今さらビビってんのか? ……それとも今朝俺に喧嘩売ってきた事忘れたわけじゃねえだろぉなぁぁ‼︎」
……あぁ、思い出した。門の前でカツアゲしてた奴だ。完全に忘れてた。……てか喧嘩売ってきたのはお前の方だろ。
ようやく事態の理解に追いつく。そして理解した上で。
「知らないです。人違いです」
俺は綺麗に流した。
「てめぇ……!」
怒りで頭に血がのぼったのか、男の顔が真っ赤になり体がプルプル震えてる。どうやらかなりお怒りのご様子だ。
そんなやりとりを見ていたセニアが俺に囁く。
「プリム殿、あの男は3年のオーダ・マーキーでござるよ。自分より弱いものを標的にしてお金や物を巻き上げる極悪非道の大クズでござる」
ほう。なおさらそんなクズと関わる訳にはいかないな。
「このクラスにも被害に遭った者達もいるようで……。ほら、みんな怯えてるでござるよ」
セニアがそう言い、俺が教室内を見渡すと確かにみんな怯えていた。
……ん?待てよ?
この生粋のクズと関わるなんてデメリットしかないと思っていたが、みんなの恐怖の象徴であるこの男を倒せば……!
思わぬ一発逆転の糸口を見つけた俺は、勢いよく机の上に乗り出しオーダにビシッと指を指しながら。
「その喧嘩、買ったァァァ‼︎」
そう高らかに宣言した。
ーー授業の始まりを知らせる鐘が鳴る。
そんな中、俺は教室ではなく学園の屋上にいた。
オーダに怯える生徒達の為、このドクズをとっちめてやろうと決めた俺は、オーダの指示通り何も障害物がなく戦いやすそうな屋上へとやってきた。
教室でそのままぶっ飛ばしてもよかったのだが、この状況で暴力行為をクラスメイト達に見せるのはリスキーだ。
俺の向かいで指を鳴らし、如何にも悪者といった笑い顔を見せるオーダ。
「ここまで俺をバカにしてきたんだ。怪我するだけじゃ済まねえぞ?」
俺達に向かってそう脅してきた。そう、『俺達』に向かって。
…………………。
「……で?なんでお前もここにいるんだ?」
俺は、当たり前の様に俺の隣にいるセニアに問いかける。
「フッフッフッ。愚問ですなプリム殿。我ら一連托生、プリム殿の決闘時にどうして拙者だけのうのうと授業を受けられようか!」
……俺達はいつから一連托生の仲になったんだ。
もう、何を言っても意味ないと思い、無視する。
「さぁて……」
とりあえず目の前のこのクズをチャッチャとぶっ倒すとしよう。
「いいぜ……来いよオラ」
「それじゃ遠慮なくっ!」
オーダが煽ると同時に地面を強く踏みつけオーダに向かって走り出す。
「ッ……⁉︎」
想像以上に俺の動きが速かったのか、オーダの顔から笑みが消える。
いくらこいつが救いようのねえドクズでも手加減だけはしねぇとな……。
たぶん俺が拳を振り抜けばオーダの顔面は原型を保ってはいられないだろう。運が悪ければそのままあの世行きだ。
それ程までに俺とオーダには力の差があるのだ。
そしていざオーダに向かって拳を握り、殴りかかろうとした瞬間、後ろにいるセニアが突然声を荒げて叫び出す。
「フッ……フハハハハハハハ‼︎ オーダ殿! 貴殿の前におられるその方はな、あの『英雄』と『女神』のご子息であり、喧嘩無敗の拙者を打ち負かした最強の男プリム・アスペン殿であるぞ! 貴殿が勝てる筈がなかろう‼︎」
……なんであの男は平然とあんな事を言えるのだろう。
「えっ……『英雄』と『女神』の息子だとぉ⁉︎」
セニアの言葉に激しく動揺するオーダ。
……だが、もう遅い。俺の拳はあと1秒もしない内にオーダの顔面に届く。
「クッ……クソッタレェェェェェ‼︎」
そう叫びながらがむしゃらに手を伸ばしてくるオーダ。
ーー次の瞬間、鈍い音と共に俺は地面に向かって倒れた。