いじめとオタクと尊厳と②
――時は中等部2年の修学旅行まで遡る。
当時俺達の学校は『ナルカミ歌舞伎街』への修学旅行が決まっていた。
ナルカミ歌舞伎は、他の4つの国とは違い小さい島国だ。このナルカミ歌舞伎街には独特な文化や物珍しい物などが多く存在し、修学旅行という行事に一番適した旅行先なのだ。母が見せてくれた『サクラ』もこの国の物らしい。
まあ、なんにせよ俺達は中等部2年の2月に、ナルカミ歌舞伎街へと向かったのだーー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
船に乗り、海を渡る事約半日。長い航海の末、無事ナルカミ歌舞伎街へとたどり着いた俺達は、まず荷物を預けるため宿泊所へと向かった。
移動時間が半日と長すぎる為、到着した時にはもう陽は落ちていた。
今日は荷物を預けた後、宿の食堂で食事を済ませそのまま就寝、本格的に行動するのは明日からになる。
「……うわぁ……」
宿へ向かう途中、俺はこの国の雰囲気にのまれていた。無数の照明に照らされ煌びやかに輝くナルカミ歌舞伎街の中央通り、通所『羅生門』。まるでお祭り騒ぎの様な騒がしさに、自然と胸が高鳴る。
明日からの自由行動に期待で胸を膨らませながら、修学旅行初日は幕を閉じた。
――翌朝。
朝食を済ませた俺達は班ごとに分かれる。
仲良い者同士一緒になり、今日の予定など楽しそうに話している中、俺は早々と宿を出る。中学に入ってから喧嘩しかしてこなかった俺に一緒に周る友達など当然居る筈も無く、修学旅行とて安定のボッチ参戦だ。
「……とりあえず適当に周るか……」
特に予定もない俺は、昨日心騒いだ『羅生門』へ向かい、歩き出した――。
数十分後、無事『羅生門』へたどり着いた。昨日の夜のようなドンチャン騒ぎはないが、それでも人の多さで賑わっている。
「なんだ、あの服。『ユカタ』? ぬっ、布一枚で着るのか⁉︎ 『うどん』、『らあめん』……美味そう……」
見た事もない衣服や食べ物に目を取られキョロキョロしながら歩いていると、前から歩いてくる人物と肩が当たってしまった。
「あっ、ごめん」
そう言いながら振り向くと、上から下まで真っ黒な服を着た6、7人ぐらいの男達が、俺の事を睨んでいた。
「ごめん? ……ごめんなさいだろ?」
肩がぶつかったであろう男が睨みながら俺にそう言ってきた。
「……あ?」
中等部に進学してからというもの、年中喧嘩に明け暮れていた俺は、次第に気性の方も荒くなっていた。
こんな高圧的な態度を取られて、黙っていられる筈もなく……。
「ぶっ飛ばすぞてめえ」
いつも通りに喧嘩を売ってしまっていた――。
「ほう……面白えじゃねえか」
俺と肩がぶつかったであろう男がそう言いなが俺の前に立つ。
身長は俺と同じくらいの高さで髪色は黒く、長い髪をオールバックにしている。後ろにいる連中と同じような黒服を着ているが、何故だかこの男だけ丈がやたらと短い。
「……俺はこう見えて優しくてな。今なら土下座して精一杯謝罪したら許してやるよ」
男はそんな事を俺に言ってきた。……正直『ドゲザ』がなんなのか知らない。知らないが、きっとこの上なく屈辱的な事なのだろう。
俺とその男がお互い睨み合う状況下、後ろにいた仲間の1人が怒鳴り声を上げる。
「てめぇコラ! さっきから舐めた態度ばかりとりやがって! わきまえろよコラ! この方を誰だと思ってんだ!」
……いや、知らねえよ。
「この方は極中最強の番長でもあり、この国の組長のご子息、セニア・ノースポールさんだぞ!」
後ろの男がさも自分の事のように偉そうにそう叫んだ。
ナルカミ歌舞伎街。この国では国王の事を組長と呼ぶらしい。
つまり、俺の目の前にいるこの男は、俺らの国の言い方をすると王子様なのだ。
「へー……」
そんな紹介を聞き、俺の顔に自然と笑みが浮かぶ。後ろの連中は俺がもっと驚くと思っていたのか、俺が笑うのを見て逆にちょっと驚いている。
この時の俺は喧嘩に飢えていた。何の才能のない俺でも人に勝てる事が嬉しかったのだ。
そこからは優越感に浸りたいが為に喧嘩に明け暮れた。小さい頃から体術を習っていたおかげか、俺は今まで喧嘩で負る事がなかった。
ずっと勝ち続けている内に、勝った後の優越感もだんだんと薄れて行き、気が付けば強い奴と戦いたいという欲求の方が強くなっていた。
そんな俺が『最強』と言う言葉を聞いて反応しない訳がない。
「なんだ、来ないのか? 組長の息子さん。……まさかびびってる?」
俺がセニアを軽くおちょくると、後ろの連中が罵声を飛ばしてくる。
だが、そんな罵声が俺の耳に入るより前に。
「ほう。やるじゃねえか」
セニアの拳が俺の頬をかすめていた。
――ギリギリだった。後ほんの少し反応が遅れていたら今の一撃で終わっていた。
……ただ今の一撃で理解した。こいつは今まで戦ったどの相手よりも遥かに強い。舐めてかかったらこっちがやられる。
セニアを強敵と認め、俺も反撃に打って出る。
セニアが動き出す前に、一瞬でセニアの懐に入り込みセニアの土手っ腹に掌底を叩き込んだ。
「ぐっ……ってえなあ!」
掌底をモロに受けた筈のセニアが自慢の右ストレートで反撃に打って出る。
――そこからはもう、純粋な喧嘩だった。
小技などそんなものは一切使わず、ただお互いがお互いを殴り続ける。両者一歩も引かず殴り合う中で俺は思った。
痛ぇ、苦しい、辛ぇ、泣きてぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ……楽しい‼︎
こんな痛みも苦しみも今まで味わえなかったものだ。体はこんなにボロボロなのに、心は妙に心地いい。
―もっと続けよう―
セニアも同じ事を感じたのだろうか、体はボロボロなのに顔には笑みが溢れていた。
――その後も殴り合いは続く。
しかし、俺達の体力も無尽蔵ではない。次第に俺達の動きも鈍くなり、荒ぶる喧嘩の中、一瞬。ほんの一瞬だけお互いに隙が生じた。
一歩も引かず殴り合う中、始めて出来た一瞬の隙。
その一瞬で、セニアが吠えた。
「ハッ……テメェ……! 俺は『喧嘩無敗」の最強の男だぞ! 金も地位も名誉も! 全てが揃っている俺がァ! お前みたいなシャバ増に負ける訳ねぇだろォガァァァァ‼︎」
そう声を上げたセニアは再び俺に殴りかかってくる。
……面白ぇ!
殴りかかってくるセニアに、俺も拳に力を入れ殴りかかった――!
一生続くかに思えた戦いも終わりを迎えた。
……結果から言うと俺はセニアに勝った。今は倒れたセニアに、後ろにいた連中がその身を案じ、こぞって駆けつけている所だ。俺はそんな光景を一瞬でも気を抜くと倒れてしまいそうな体で見下ろす。
――俺は本当に勝ったのか?
勝ったはずなのにその勝利に違和感しか感じない。
立っている俺と倒れているセニア。この状況を見れば、まあ勝ったのだろう。ただ……腑に落ちない、釈然としない、納得が出来ない。
あんなに熾烈を極めた戦いが、セニアが啖呵を切った後アッサリと終わりを告げた。まるでそれまでの戦いが嘘だったかのように。
釈然としないまま立ち尽くす俺に、黒服の男達が声を荒げる。
「おっ、覚えてろよぉ‼︎」
そんな情け無い台詞を吐きながら、男達はセニアを抱え走り去って行った。
「……こんなんじゃ勝ったとは言えねぇよ……」
遠ざかるセニア達を見てボソッと呟く。
「セニア……セニア・ノースポール……か」
――これが俺とセニアが初めて会った日の出来事だ。