約束と覚醒の武闘祭⑧
もう試合も佳境なのだろうか、熱の入った人々の声がここにまで響き渡る。
「プリムの奴、上手くやってんのかなあ」
そんな大歓声を聞きながら、倒れた人の山に座り、今まさにその歓声の中で奮闘しているであろう友の事を考える。
「いつまでそんなとこで踏ん反り返ってんだ」
そんな俺の態度が気に入らないのか、ズオウが俺に向け威圧する。
「一気に数が減って焦る気持ちは分かるが、そう急かすなよ」
「見栄張んなよ。ボチボチ限界が近いんだろ?」
ズオウの発言で俺はその場から立ち上がり、再びズオウ達と向き合う。
軽口を叩いてはいるが、ズオウの指摘は的を得ている。
何せ、かれこれ20人近くは倒したと思うのだが、向こうの数が一向に減る気配がない。
一人一人の戦力は大した事ないが、あまりにも数が多すぎる。
このまま行けば、まず間違いなく俺は負けるだろう。
そんな事ズオウは分かりきっているのだろう、抵抗など無意味だと言わんばかりの表情で俺を見つめ。
「……もう諦めろよ。あんたの強さは知ってるが、この数相手に勝てる程の器じゃねえよ」
「ハッ……あいつが頑張ってるってのに、俺だけ折れる訳ねはいかねえなぁ……」
「ッ……!またあの野郎のっ……!」
俺の発言にズオウが激しい剣幕を見せる。
標的に対し、異常な程の殺気を放つその様は、まるでタナスウッドで遭遇したあの猪、いや、魔獣の様だ。
憎悪に満ちた鋭い目つきで俺を睨み、今にも俺を噛み殺しに掛かってきそうな勢いで牽制する。
だが、ズオウはその殺気を抑え、俺に対し、一つの勝負を提示してきた。
「セニア・ノースポール、俺とタイマンを張れ」
「……は? タイマンだと? ……お前、何考えてんだ?お前が俺に勝てる訳ねえだろうが」
圧倒的有利状況からの1対1のタイマン勝負。
ズオウの意図が読めない発言に、俺が否定的な態度を取ると、ズオウは仲間達を下がらせ前に出る。
「俺が負けたら大人しくここを引いてやるよ。そして今後一切あいつらにちょっかい出さねえ事を誓ってやる。……どうだ? ここまで言われて受けねえなんてねえよな? それともただ単に俺に負けるのが怖いのか?」
そんなズオウの挑発に、俺も前へ出て応戦の意思を見せる。
「上等だ。吐いた唾飲むんじゃねえぞ」
何の意図があるかは知らないが、喧嘩を売られた以上、買わない訳にはいかない。
お互いの意思が固まったと同時、俺はズオウに向かい走り、容赦なくズオウの顔面目掛け、重い一撃を放り込んだ。
「ぐっ……!」
後ずさるズオウに追い打ちをかけ、蹴りを入れる。
手加減など一切抜きの本気の攻戦に、ズオウは仲間達の方へ突っ込む様に吹き飛んだ。
いくら俺が疲労しているとはいえ、ズオウとの戦力差が縮まる程ではない。
俺との力の差は、ずっと側にいたズオウ自身が1番分かっている筈だ。
では何故、わざわざ勝ち目のないタイマン勝負を持ち掛けたのか。
答えの見つからないズオウの言動を思索する中、蹴り飛ばされたズオウが仲間達に支えられ、立ち上がる。
「なんっ……で……」
支えてくれる仲間の手をはねのけ、フラフラの状態で再び俺に向かってくるが、目の焦点が合っていないし、吐血も酷い。
そんな状態でも拳を振るうズオウだが、喧嘩を買った以上手加減はしない。
向けられた拳を躱し、もう一発入れればそれで……。
「何であんたがそこまでするんだ‼︎」
「……!」
そんな怒声と共に放たれたズオウの拳は、的確に俺の顔面を打ち抜いた。
ふらつく体でスピードなど皆無、隙だらけでいくらでも反撃出来そうな大振りの一撃。……だが避ける事ができなかった。
拳を避ける際にに見えたズオウの表情が、今まで見た事のない悲しみの顔に暮れていたから。
そんなズオウの表情に俺が困惑する中、ズオウは再び拳を振るう。
「いつからてめえはそんな風になっちまったんだ! 昔はこんな事する奴じゃなかったろうが‼︎」
怒声と共に次々とズオウの拳が飛んでくるが、俺は避ける事を辞め、その拳を全て受けきる。
避けようと思えば避けれる程の攻撃、隙だらけでいつでも反撃ができる。
だが、ズオウの表情がそれをさしてくれない。
避けては駄目だと、受けなければならないと、俺の体が訴えかける。
「そんなにあいつらとつるむのが楽しいか⁉︎ そんなにあいつらが大事か⁉︎ そんなにあいつらを守りたいか⁉︎ ……そんなに俺達といるのが嫌だったのか‼︎‼︎」
悲痛の叫びで訴えかけるズオウの拳は益々重くなっていき、その拳を受ける度、胸が張り裂けそうな痛みに襲われる。
「そんなに俺達といるのが苦痛だったのか! そんなに俺達が邪魔だったのか!」
「ベリア……」
「何で俺達を捨てた‼︎‼︎」
瞬間、ズオウから放たれた渾身の一撃で、俺の体は宙を舞い地面へと叩きつけられた。
俺を討ち取る絶好の好機、だがズオウは、倒れた俺に追い打ちをかける事なく、その場に立ち俺を見下ろす。
散々殴られた筈なのに、体の傷はたいした事はない。ズオウの攻撃はどれも致命打にはならなかった。
じゃあ何でこんなに苦しいんだ。
襲い来る罪悪感に支配され、胸が疼く。体はこんなに平気なのに、心は痛くて痛くてたまらない。
ーー重い。
ズオウの言葉で、拳で、思いで。自分がどれ程無責任な行為をしたか思い知った。
ちゃんといるべき自分の場所があって、大切な仲間達もいた。それを放棄して自分の欲の為、他人を傷つけ貶めた。
それを無自覚でやってのけたのだから、本当にどうしようもない。
何が俺を倒して行けだ。何が掟を忘れただ。
こいつを、こいつらをこんなにしたのは俺じゃないか。
胸の痛みを必死に堪え、立ち上がる。
苦しかろうが、辛かろうが、いつまでもこんな所で倒れている場合じゃない。
俺にはまだ、やらなきゃいけない事が残っている。
「どうした? 他に言いてえ事はねえのか?」
「ッ……!」
立ち上がったものの、応戦の意思を見せない俺の姿を見ると、ズオウは拳を下ろし、真っ直ぐ俺の目を見ながら問いかける。
「……何で国を出たんだ」
拳を握り、声を震わせながら、自分達を捨てた張本人に真実を求める。
「お前らの上に相応しくないと感じたからだ。今までずっと隠していたが、俺はオタクだ。喧嘩なんて本当はやりたくなかったし、『漫画』や『アニメ』が大好きな、ただのパンピーだ。俺達が散々罵ってきた卑下する存在だ」
「なめんじゃねえぞ!」
がそう打ち明けると、ズオウが声を荒げ一喝する。
「そんなっ……そんな事で俺らが幻滅するとでも思ってたのか⁉︎」
そんな情け無い俺の本性を、全て理解した上で擁護してくれるズオウだが、俺にはもう一つこいつらに隠している事がある。
「それだけじゃねんだ……。お前らには言ってなかったが、俺は魔法を授ってる。だがその魔法は、俺だけじゃなく、俺の周りまで影響を及ぼすはた迷惑な力で……」
「……知ってるよ」
遮ったズオウの一言で、俺は唖然とする。
……知っていた? そんな事がある筈がない。俺は誰にも自分の魔法の事を話していない。知人や友人に部下達、もちろん親にさえもだ。
唯一知っている奴がいるとすれば……。
「あの日。あんたが『英雄』と『女神』の息子に負けた時、いくら馬鹿な俺らでも異変に気付いたさ。それで俺達はトリシャさんに聞きに行ったんだ。……『フラグ魔法』だったか? 物事がマイナスにしか進まない力なんだろ?」
「……そうか、トリシャの奴が……。でも、だったら何で……」
「だからなんだ! 確かにあんたのその強さに憧れていたのは事実だ! でも、そこじゃねんだよ。俺達はあんたの人柄に惚れたんだ! 俺達みたいなろくでもない連中を拾ってくれて、育ててくれて、みんな恩を感じてんだよ! そんな魔法ぐらいで誰も迷惑だなんて思わねえよ‼︎‼︎」
そんな言い訳がましい俺の言い分に、ズオウは怒り、叫んだ。
そして、そんなズオウの姿を見て自己嫌悪に陥る。
ーー愚かだ。俺は今の今まで、部下達にこんなに慕われているなんて事を知らなかった。
部下を持ち、偉そうに上で踏ん反り返っていただけで、全て知った気でいたんだ。
周りの事など何も見えちゃいないくせに。
「……覚えてるか? 俺が他校の連中にボコされていた時、手を差し伸べてくれた事を。生きる意味さえ見つからなかった惨めな俺に、あんたは居場所を、仲間を与えてくれた」
ああ、覚えてるさ。誰も通らない暗い路地裏で1人、ボロボロで倒れていたお前を見つけて、声を掛けたんだ。
生きる意味も、希望も、意思も失くしたよう目をしていたお前を放っておけなくて。
「何で俺達に一言相談してくれなかったんだ! そんなに俺らは頼りないか⁉︎」
違う。お前らが憧れた喧嘩無敗の最強の男。そんな俺が、実は偽りの姿だと知ったらお前らを幻滅させてしまうと思ったからで……。
「何で何も言わずどっか行っちまうんだ‼︎ あんたが一言声掛けてくれれば俺はどこでも……!」
思いの丈を打ち明けていくズオウだったが、やがて言葉に詰まり涙を流す。
……何をやってんだ俺は。自分の都合のいいように物事を勝手に進めたばかりじゃ飽き足らず、終いには見苦しい言い訳ばかり。
幻滅? 違う。俺はただ怖かっただけだ、本当の事を言えばお前らが俺の元から離れて行ってしまう様な気がしてーー。
ああ、そうだよ。こいつらに言わなければいけない事は最初から決まっていたじゃないか。
「悪かった」
今も尚涙を流し、ズオウに向け、俺は頭を下げ謝罪する。
「許してくれなんて言わない。殴って済む問題じゃない事も分かってる。ただ、お前らをここまで追い込んだのは俺の責任だ。あいつらは関係ない」
謝罪を続けながら、徐々に膝を落とし、姿勢を下げていく。
そしてーー。
「あいつらの世界を壊さないでくれ」
そう告げるのと同時、俺はズオウに平伏し、地に頭をつけた。
土下座。ナルカミ歌舞伎街に伝わる最敬礼だ。
本来であれば、位の高い者へ対して行う礼式の1つだが、この行為には謝罪の意を表明するという意味合いも込められている。
通常、王族が平民へ頭を下げる事などあり得ない。
だが、今の俺にはこんな事しか出来やしないのだ。
「頼む……」
俺は行うべき順序を間違えた。
自分が起こした過ちに気付かず、よくもまあのうのうと生きていられたもんだ。取るべきケジメもつけず、1番の利己的主義者は俺だったって訳だ。
最初からこうするべきだったのだ、悪いのは全て俺なのだからーー。
「……やめてくださいよ。俺達の頭がそう軽々と頭下げないでください」
しばらくして落ち着きを取り戻した様子のズオウの言葉で頭を上げる。
そこには、先程までの怒りに満ちたズオウの表情は消え、昔の、俺の側にずっと付いてきてくれていたあの頃のズオウの姿があった。
だが、その穏やかな表情とは裏腹に、俺を見つめるその瞳は、あまりにも儚げな輝きをしていて。
「セニアさん、今幸せですか?」
言いたい事はまだある筈なのに、そんな事今は聞きたくない筈なのに。自分の思いを押し殺し、憂わしげな表情で、ズオウが俺に問う。
「……ああ。俺は今幸せだ」
俺は今の学園生活が、プリム達と過ごす時間が楽しくて楽しくて仕方がない。
全てを投げ捨てた身分で言えた立場じゃないのかもしれない。
だが、これが正真正銘、嘘偽りのない俺の気持ちだ。
俺がズオウの問いに答えると、ズオウは薄っすら微笑み背を向けた。
「お前ら行くぞ」
ズオウの号令で、仲間達が次々と立ち上がっていく。
そんな元部下達の姿を見て、初めて気付く。
ズオウを含めたその場にいる全員が、武器の類を手にしていない事に。
最初から武闘祭を壊す気はなかったのだ。
おそらく観客席で暴れていたのも俺を誘導する為の罠で、こいつらの狙いは最初から俺だったのだ。
……いや、こいつらが武闘祭を壊すか壊さないかは、俺次第だったのかもしれないな。
「たまには顔だしてくださいよ。でないと、トリシャさんがまた暴走しますよ?」
「それは勘弁して欲しいんだが……。いや……そうだな。必ず時間作って帰るよ」
帰り際、少しだけ談笑すると、ズオウは仲間達を引き連れ引き上げて行く。
……本当、俺なんかには勿体無いくらいの出来過ぎた部下達を持ってしまった。
「ベリア、みんな……ありがとう」
「……それは、こっちの台詞ですよ」
そんな彼らを引き留め、礼を言うと、ズオウは聞こえない様な声で何かを呟き、そして通路の奥、闇の中へと姿を消して行ったーー。
長い間、置き去りにされて行った者達に深く根付いたわだかまり。そして今、過去の過ちと向き合い、和解を果たし、B通路防衛戦は幕を閉じたーー。