姉弟と魔獣とドラゴンと③
「姉ちゃん、こいつらどうするんだよ?」
「本当なら今すぐ騎士団本部に連れて行きたいとこだが……。私達には時間がない。このままこいつらも連れて行く」
意識が朦朧とする中、誰かの話し声が聞こえる。
なんでだろう、体中がめちゃくちゃ痛い。しかも体が動かない、手足が何かで縛られてるような……。
ぼんやりとしていた意識が徐々に覚醒していく。
ぼやけていた目の前がだんだんとはっきりと見えるようになり、辺りを見渡すと俺の横でセニアが手足を縄で縛られ倒れていた。たぶん俺も今セニアと同じ状態なのだろう。
そして、そんな俺達を睨み付けながら、黄色ベースに緑のラインで施されている衣服を着た男と女が見下すように立っていた。
「ようやく目が冷めたか、この不審者共め」
そう威圧的な態度を取ってきたのは小柄な男の方だった。
褐色肌に油気のないサラサラとした髪質で、目を焼く様な真紅色の髪をしている。髪の長さはセミロングくらいで前髪を綺麗にセンターで分けている。
「お前らに幾つか聞きたい事がある。あまり時間がない為、早急に答えて貰うぞ」
同じく威嚇する様な言い方で話し掛けてきたのは男とは真逆で背が高い女の方だ。
男と同じく褐色肌に真紅の髪色。だが、その長く透き通るような髪も相まって同じ色でもより一層美しく見える。
それに何より、一番目を惹くのは胸のでかさだ。
衣服の上からでも半端ない主張をしているそのおっぱいは、小玉スイカのメディ先生と張っている。いや、下手したらメディ先生より大きいまである。
「お前達は何者だ。なぜこんな場所にいる」
そう言いながらその女は右手に持っている剣を俺の鼻先に向けてきた。
「……俺達はサングリスタ王国から武闘祭の為やってきた、ハルシャギク学園の生徒だ」
「ハルシャギク学園? ……確かに、ベルギア・アマリリス様の別荘に、サングリスタ王国から学園生徒が来ているという事は聞いているが、別荘は『第1森林』ではなかったか? お前達が本当にそのハルシャギク学園の生徒ならば、何故『第1森林』から300km近く離れているこの『第6森林』にいるのだ?」
女は俺の答えに対してそんな返しをしてきた。
……300kmだと? 猪から逃げただげでそんな……。ああ。そうか、そうだよ。俺達は魔獣から逃げている途中、不自然に崩れた足場から落ちたんだ。理屈は分からないが間違いなくフラグ魔法のせいだ。
「崖から落ちた」
魔法のせいだとかなんとか言っても理解して貰えないと思い端的に結果だけを答えると、男が訝しげな顔をして。
「どこに崖があるんだよ!」
そう言い、怒鳴り上げてきた。
こいつは何を馬鹿な事を言ってるんだと若干呆れながら縛られた体を器用に捻り、周囲を見渡す。
……あれ? あれれ?
「……なあ、一つ聞きたいんだが、俺達ってどの辺で倒れてた?」
「この場所だ。お前達を見つけ、その場で速やかに拘束したからな」
……こいつらに嘘を付くメリットなんてないよな……。じゃあなんで俺達が落ちてきた筈の崖が無いんだ。いや、崖じゃなくてもいい。どこか崩れている場所がある筈なのに、辺りは木々が生い茂っているだけだ。
……これもフラグ魔法のせいなのか?
だがこいつ達が本当の事を言ってる以上そうとしか考えられない。……以前から感じていた事なのだが、フラグ魔法の原理が全くわからない。
今回セニアが立てたフラグはおそらく《出口からは出られない》系のものだったのだろう。現に俺達は不自然に崩れた足場から落ち、こんな面倒くさい状況になっている。
だが、いくら不自然だろうが俺達の足場が崩れた事には嫌々ながらも納得はしている。俺が腑に落ちないのは結果ではなく過程の方だ。
今回の件で言えば、結果は出口前での落下だ。そして、不自然に崩れた地面っていうのが今回のフラグ魔法の過程だ。
結果の為の過程な筈なのに、今過程そのものが無かった事になっている。つまり俺達はある筈もない崖から落ち、遠く離れたこの『第6森林』にいきなり現れた事になる。
……滅茶苦茶だ。もう本当に涙が出そうなくらい厄介な奴しかいない。
こんな状況を作り上げた張本人が隣で幸せそうに寝ているのを見て、俺がなんとも言えない気持ちになっていると。
「姉ちゃん。やっぱりこいつら怪しすぎるよ! ここで始末しておいた方が絶対良いって!」
男がそんな物騒な事を言いだした。
「待て待て! 今ハルシャギク学園の生徒だと説明しただろうが! 俺達が何でこの場所にいるのかは……隣で寝てるこいつの魔法のせいだ」
「何っ⁉︎ 魔法だと⁉︎ その男、魔法を使えるのか? ……だとすると転移系の魔法か? だが、そんな希少な魔法を使える者がいるなど聞いた事がないぞ。それに、それが本当だとして、何故お前らは『第6森林』のこの場所へ転移してきたのだ」
やばい。2人共さっきよりも警戒態勢が厳しくなってきてる。
「いや、転移と言うか……。魔獣に襲われて魔法が発動したと言うか……。あー! もうめんどくせえ‼︎ おい! 起きろセニア!」
俺は体を縛られたまま、何とか頭だけを動かし、隣で寝ているセニアに頭突きを数発食らわせ、叩き起こす。
「うぅ……。痛いでござるよ、プリム殿。……これは何事でござるか?」
ようやく目を覚ましたセニアが手足を縛られ、見た事もない男女に剣を向けられている状況を見て困惑する。
「ようやく目が覚めたようだな。さあ、答えて貰うぞ。お前は魔法が使えると聞くがそれは本当か?」
「ほっ……本当でござるよ。……だから剣を向けるのをやめて欲しいのでござるが‼︎」
「貴様が嘘偽りなく私の質問に答えるなら危害は加えん。だが、少しでもおかしな態度を取ったら容赦はせんぞ」
女が剣先をセニアの顔に向けながら続ける。
「貴様、転移魔法が使えるのか? ……そんな魔法を使える者がいるなど聞いた事がないぞ」
「拙者、そんな高度な魔法は使えないでござるよ! 拙者の魔法はフラグ魔法でござる」
「フラグ魔法? 聞いた事がないな。それはどういった魔法なのだ」
「これがまた説明が難しいのでござるが……。拙者の言う言葉で拙者達が不幸になると言うか……」
「……ますます意味が分からない。使用すると不幸になる魔法などあるのか? それにそんな魔法でどうやって『第1森林』からここまで来れたのだ」
「崖から落ちたでござる」
「「だから、どこに崖があるんだよ‼︎」」
2 人から一斉に怒鳴り上げられ、萎縮するセニア。
何一つ嘘をついてない筈なのに、目の前の男女は完全にご立腹のご様子だ。
「姉ちゃん! もういいだろ⁉︎ こいつらやっぱ怪しすぎるよ!」
「そっ……そうだな。私もこいつらが言う事がほとんど理解出来なかった……。こいつらにはもう一度気を失ってもらい、更に強めに縛り上げておこう」
「おい、待て待て‼︎ この森の中、こんな状態で放置させられたらまじで死んじまうって!」
「安心しろ。私達の任務が終わればすぐお前達を拾いにくる。だが、そのまま我が王国が誇る騎士団本部に送り届けるから覚悟しておけ」
「違う! そういう問題じゃないんだよ! この森には魔獣がいるんだ! もしこんな状態であいつに見つかりでもしたら今度こそ確実に殺られる!」
300km離れた場所とは言え、魔獣に遭遇した事は事実だ。それに、俺達が落ちたはずの崖が消えたとは言え、あの魔獣がここへ来る可能性が少しでもある限り最大限の警戒はしておくべきだ。
「魔獣だと……? 魔獣が出たなどという報告は届いてないぞ。」
くそっ……! 話が噛み合わない。このままじゃほんとにマズイッ……!
「これ以上姉ちゃんを翻弄するな。訳の分からない事ばかり言いやがって……」
男はそう言い、俺達を気絶させる為ジリジリと近付いてくる。
絶体絶命のピンチの中、今までだんまりを決め込んでいたセニアが口を開いた。
「まっ、待つでござる! そっ、そこにいるプリム殿は! 『英雄』様と『女神』様のご子息であられるお方でござるよ!」
そう自分の事の様に誇るセニア。
……このバカ野郎。『七光りのバカ息子』と言う蔑称を払拭したい俺としては自らを『英雄』と『女神』の息子と名乗る事だけはずっと避けていたのに! ……いや、確かにあの魔獣がいる森に置き去りにされるよりマシだが……。
「……『英雄』様と『女神』様のご子息だと……?」
セニアが声高にそう叫ぶと同時に、女の表情が変わる。
「『英雄』様と『女神』様との間にご子息がいらっしゃるのは知っている。だが、御二方はアッシュベルト在住の筈だ。貴様は先程サングリスタ王国から来たと言っていたな? それに、『英雄』様のご子息がこんなふぬけた面をしてる訳がない。私の恩人を……剣士達の憧れの存在を侮辱するな!」
何だとこの野郎。侮辱してんのはどっちだ。
生まれて初めて顔の事でいちゃもんをつけられたせいか、俺の怒りボルテージも一気に跳ね上がった。
「誰がふぬけた面だ! もう一遍言ってみろ! 張り倒すぞこの淫乱女騎士!」
「だっ……誰が淫乱女騎士だ‼︎ 貴様、『英雄』様だけでは飽き足らず、私までも愚弄するか!」
「おちょくってんのはどっちだ! さっきから真面目に話してやってるのにネチネチと! 乳がでけえからって調子乗ってんじゃねえぞ! その淫らな体を見せ付ければ誰でも言う事聞くと思ってんのか! 自惚れんなよ!」
言い合いの中、とうとう我慢の限界が来たのか、巨乳女が物凄い剣幕で俺に向かい剣を振り上げる。
「ちょっ……姉ちゃん落ち着けって! 」
「離せトベラ! この男はここで斬り捨てる‼︎」
トベラと言われたチビ男が顔を赤くし怒りで体が震えている巨乳女を必死に止める中、セニアも隣で俺を宥める。
「流石に殺しはマズイって! それに、もう本当に時間がない! ……もうこいつらも連れて行こう! もし何かあれば囮として使えばいいし!」
……それ、間接的に殺してるじゃん。てゆうかお前もさっき始末するとか言ってたじゃん。
またもや物騒な事を言いだしたトベラが説得したおかげか、巨乳女は静かに剣を下ろす。
「……只では済ませんぞ」
「……それはこっちの台詞だ。後で泣いて謝っても許してやらねえからな」
巨乳女が俺を睨みつけながら、再度縛り上げる。
そして、再度縛り上げた俺達を、隣に置いてあった少し大きめの木製の台車に、まるでゴミを放り捨てるかの様に放り投げていく。
頭に血が上りきった俺に対し、セニアは先程のトベラが口にした囮という言葉が引っかかったのか、台車の前に立つトベラに疑問を口にする。
「これから何処に向かうのでござるか?」
セニアがそう口にすると、トベラは表情を変えず淡々と。
「ドラゴンの収集場だ」
そう答えたのだ。