門出と王女と告白と②
「あ……やべ、そろそろ時間だ」
少し思い出に浸りすぎてしまった。
さっきまでたくさんの生徒がこの門の前を行き交っていたのに、気付けばもう誰もいない事に気付く。
普通の学園生活を送りたい俺からすれば、入学初日から遅刻なんて笑えない。
少し焦った俺は自分の教室へ急ごうと走り出す。
「くそっ、早めに教室に着いて、クラスのみんなとコミュニケーションをとる予定だったのに!」
俺がそうぼやきながら走りだしたと同時に、後ろから走ってきたであろう女の子と隣り合わせになり目が合った。
自分と同じ白の制服を着た少女。もちろん女性用で、男子はズボンも白だが、女子はグレーのスカートだ。髪は黒髪で少しカールがかかったボブ。胸は……お世辞にも大きいとは言えないが、瞳の色は紫色でかわいい系か綺麗系かで言えば断然かわいい系の女の子だ。
「あのっ……」
とにかく、これはチャンスだ。スタートダッシュが遅れてしまった分、少しでも多くの人とコミュニケーションをとっておきたい。
この子が先輩なら、今後の学園生活において先輩と知り合いという大きなアドバンテージが取れる。俺と同じ新入生ならば、これを機に仲良くなれば、たとえクラスが違えど同年代の友達を得られるし、そこから派生し、知り合いが増えるかもしれない。
ーーしかし、そんな理想はすぐさま潰えた。
俺が話掛けた瞬間、少女は後ろ姿のまま、俺の前で立ち止まり、左の足を軸に回転し右の足で、それはそれは美しい軌跡を描きながら、俺の土手っ腹に回し蹴りを入れた。
「ぶっっっっっ……‼︎」
声にならない痛みに体を埋める。
体は鍛えている方だと思うのだが、このキレ、速度、そして威力。この女、普通じゃない。
地面へ蹲り、強烈な痛みに襲われる中、視界がだんだんと暗くなっていく。
何故蹴りを入れられたのか、しかもなんでこの女はこんなに誇らしげに俺を見下ろしているのか、訳が分からないまま、意識が遠のく。
意識が朦朧とする中、少女が俺の方に近付き、何か言っている事に気づく。
出会い頭に受けたこの理不尽な暴力の理由を知りたい。そんな思いで全神経を聴力に捧げる。
「ふう……危なかったわ、これが誘拐犯って奴ね。今すぐにでも警視団に引き渡した方がいいんだろうけど……。そんな事してたら遅刻しちゃうわ! ……まぁ、あんな綺麗な蹴りが入ったんだし入学式が終わった後でもまだ起きられないでしょ。 ……にしても我ながら今の蹴りにはびっくりしたわ。なんか軌跡みたいなのが一瞬見えたし……。きせき……き……き…く……キセキック! いいわね! 今からこの技はキセキックと名付けましょう! ……でも変ね、なんでこの人この学園の制服を着てるんだろ……。それに……」
そんな事を1人でブツブツ言い、瀕死の俺を見下ろしていた。
……この女と関わるのはやめよう。そう決心したと同時に、目の前が真っ暗になった。
ーー目を開けるとそこは真っ白な天井だった。
「ここは……」
「あら、目が覚めたのね」
突如聞こえた妖艶な声で、意識が完全に覚醒する。
「あの……」
体を起こすとそこには白衣を着た女性がいた。
そして部屋も薬品などがたくさん置かれており、ベッドも何個か設置されてある。
自分の両隣にもベッドがあり、そこで初めて自分がベッドに寝ていた事を自覚する。
「初日から大変だったわね」
その女性が笑いながら話し掛けてきた。
声だけでもエロスを感じたが、見た目はもっとエロスを感じる。
黒髪ロングのその女性は、目は少しつり上がっていて遠目から見ても化粧をしている事がわかるほど肌が白く、真っ赤な口紅が印象的だ。
しかし、なんといってもやはり一番は胸だ。
正直小玉スイカがでも入ってるんじゃないかと思ったがあれは胸だ。しかもミニスカに黒タイツ……。
「あ、ごめんね。自己紹介がまだだったわね。私はメディ・イーシャ。ハルシャギク学園の保健医よ」
保健医で美形で巨乳でミニスカタイツだと?
どうしよう、ドスケベだ。嫌いじゃない。
「……ねぇ、大丈夫?私の声聞こえてる?」
おっと、俺とした事が。ついついドスケベボディに見惚れていた。
「あっ、大丈夫です! えっと……それで……初日から大変と言うのは……?」
「ん? あー、覚えてないの? あなた、門の前で倒れてたのよ。それを見つけた他の先生がここへ運んできたの」
ん? ……門の前? ……倒れてた?
「……あーーーーっっっ‼︎」
思い出した。全て思い出した。
俺はあの黒髪ボブに腹蹴りをかまされたんだ。それで気を失って……。
「あれ?」
そこで俺は体の異変に気付く。 蹴られただけとは言え、気を失う程の衝撃を受けたのだ。普通なら、痣の1つでも出来てる筈なのだが……。
慌てて服を捲り上げ蹴られた部分を確認すると……。
「……え?」
そこにはかすり傷一つ付いてない体があった。
その異様な肉体とは別に俺にはもっと理解が出来ない事があった。
痛みが全くないのだ。
なんなら気絶する前より体の調子がすこぶる良い。
「あの、俺怪我してたと思うんですけど……」
戸惑いながらメディ先生に問いかける。
「治したわよ?」
「そうですか! 治して……はい?」
当然の様に答えるメディ先生だが、言っている意味が全くわからない。
「えっ、俺がここへ来てどれくらい経ちました?」
「んー、1時間くらいかしら?」
どうしよう、ますます意味がわからない。
かすり傷でもそんな早くは完治しないぞ。
「いや、俺の記憶だと結構な怪我だったと思うんですが……」
「ええ。あなたのお腹に誰かに蹴られた足跡がくっきり残ってたわ。あと、少し骨にヒビも入ってたし」
「いや、じゃあ治るわけないじゃないですか!」
「むっ、失礼ね。私は保健医よ!」
いや、いくら保健医でも無理があるだろ。
「じゃあどーやって治したんですか⁉︎」
俺がそう問いただすと、メディ先生は少し驚いた顔をして。
「あら、魔法を使って治したに決まってるじゃない」
俺の質問に当たり前の様な顔で答えた。