門出と王女と告白と①
ピンク色の花びらが舞うこの季節。
大きな門の前に立った俺は、 新たな門出に緊張しつつも、それ以上に、これから送る学園生活への期待に胸をはずませ、高鳴る鼓動を隠しきれずにいた。
「ふぅ……よし!」
俺の名前はプリム・アスペン。
今日からこのハルシャギク学園に入学する新入生だ。
多くの学生が行き交う中、舞い落ちる花びらを見て呟く。
「そういえばこのピンクの花、小さい頃母さんに見せてもらった事があるな。……確か、『サクラ』だったかな」
花びらを手に取り、昔の記憶を懐かしむ。自分ではそう感じてはいないが、心の中では親と離れた寂しさみたいなのがあるのだろうか。
ーーそう、俺はこの学園に通うために引っ越して来て、今日から寮生活だ。
何故故郷を離れ、わざわざ遠い地で寮生活を送る事になったのか。それは非常に単純で簡単な話だ。
ーー普通の学園生活を送ってみたいーー。
俺の両親は普通とは程遠い人達だ。
魔族の群れから国を救い、『英雄』と呼ばれた父。
その戦いで多くの人達の傷を癒し、『女神』と謳われた母。
そんな2人の間に生まれた子供に、周りの人達はさぞかし期待したのだろう。剣の才能を持ち、強力な魔法を扱え、秀才で人徳のある子供だと。
ー答えはNoだ。ー
生憎俺は生まれつき不器用で剣の才能もないし、魔法も使えない。
不器用故の弊害で、勉強すればするほど訳が分からなくなり、小中共にドベ付近をウロチョロし、中等部に上がるタイミングで盛大にグレて喧嘩漬けの毎日だった俺が人徳者な筈もない。
ただ俺はその事について不運だとか理不尽だとかそんな風に思った事は一度もなかった。
ただ一つ、両親共に極度の親バカという事を除けば。
欲しい物があればすぐ手に入り、メイドさん達は何でも言う事を聞いてくれるし、家にいて不便な事など何一つなかった。
そんな親バカ2人に盛大に甘やかされ、物心ついた頃にはそんな生活が普通だと思っていた。
異変に気付いたのは初等部1年の入学式の日。
両親と共に学校へ向かう為、豪華に装飾された小部屋を引く馬車に揺られながら学校へ向かう途中、ふと窓から顔を除くと、自分と同じ制服を着たたくさんの子供達が歩いて登校していた。
俺はその光景を見てなんで馬車を使わないんだろう、楽チンなのにと思ったのが最初の疑問。
それからも異変は続く。
みんなの弁当がやけに小っちゃいし質素だし、今度みんなでプールに遊びに行こうとか、家族と温泉街に旅行に行くとか、全部家で出来る事なのに……。
そう言った事が続き、ようやく気付く。
あ、僕が普通じゃないんだ……。
プリム・アスペン、齢8歳の出来事だった。
最初は不便だなと憐れんだ。
みんなが欲しい物は大体持ってるし望めば手に入る。
みんながやりたい事は家で全て実現可能だ。
しかし、いつしか俺は、みんなで輪を作り、遊びに行き、欲しい物を共有する姿を見て、羨ましいと思い始めた。
何を隠そう、俺はそうやってみんなを見下してる内に友達が1人も出来なかったのだ。
そして極め付けは中等部に進学して間もない頃の出来事。
中等部からは歩いて登校する事に決めていた俺は、学校が終わると自分の足で帰路についていた。
当時俺が住んでいたのは、この世界で5つある王国の1つアッシュベルト王国。その中でも最も栄えているエンペラー通りを通っている途中、周りからブツブツと声が聞こえる。
「見て、英雄様と女神様のご子息よ」
「初めてお目にかかるわ!」
「やっぱりあのお二方のご子息だけあってとても綺麗な顔立ちをされてるわ!」
「きっと剣術も魔法もお二方譲りの凄い才能を持ってるに違いないわ!」
「……いえ、そうでもないらしいわよ」
「そうでもないって?」
「私が聞いた話だと剣術も魔法も扱えないそうよ」
「私の息子が小学校が同じだったんだけど、勉学の方もクラスで最下位を争っていたそうよ」
「しかも友人の方も1人もいないそうな……」
「えぇ……そんな事……」
そんな会話を交えながら、見てはいけないものを見るような目で、俺を蔑む奥様方。
何で嫌な会話だけこんな鮮明に聞こえるんだ。
気を抜くと号泣してしまいそうなので、さっさとこの地獄から抜け出そうと、早歩きになって通りを駆け抜ける。
「あっ……ぶ」
通りを駆け抜ける中、曲がり角で小さな男の子にぶつかりそうになってしまった。
人を見ないようにと下を向きながら早歩きしていた為、目の前の男の子に気付かなかった。ギリギリ止まれたもの、完全に俺の不注意だ。
「ごめんね! 大丈夫? どこか怪我してない?」
俺がその子に怪我の有無を問いかけると、男の子は俺の顔を見てハッとし、純粋無垢な顔で言い放った。
「あ! 親の七光りのお兄ちゃん!!」
ーーそこから俺は盛大にグレ始める。プリム・アスペン齢13歳の出来事だ。
そこからの俺の生活は、もう毎日喧嘩三昧だった。
小さい頃から習い事としてアッシュベルト式体術を習っていた俺からすれば、周りのチンピラなんて何の脅威でもなく、気がつけば『喧嘩無敗』の異名までつくほどの不良へと成り下がる。
当然の如く、俺の評判はすこぶる下がった。
そりゃそうだ、望んでやっていた訳ではないが親の脛を齧り続け、人々を守る為の技で喧嘩をし、親の顔に泥を塗る。
気が付けば俺の呼び名は『七光りのバカ息子』で定着していた。
そして俺は決意する。
故郷を離れ独り立ちし、俺の事を誰も知らない地で夢の学園生活を送ろう。
そこにはたくさんの友達もいて、何でも言いあえる親友もいて、愛する彼女なんかもいたりする。
そんな普通な生活を過ごそうとーー。