━序━ 巡り逢う運命
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……
………
…………
……………
……ここは一体。
何処だ?
目が覚めたと思って起きてみれば、そこは既に俺の知っている場所ではなかった。
ただただ白。
視界に移る全てが真っ白な空間。
そんな空間でぽつんと1人、俺は立っている。
いや、浮いているというのが正解か?
「……何が起きたんだ?」
そういな、俺はさっきどうなった……?
ボソボソと呟くも、それを聞いてる人は周りにいない。
家が見えたから曲がり角を抜けようとしていた所で轢かれて……、
あ、死んだのか。
そうか、俺は巻き込まれて助からなかったのか。
不吉なナンバープレートの乗用車に突っ込まれて、そのまま轢き殺された。
意外に呆気なかったな。
もっと痛みに苦しんだり、病院に運ばれて施術されてから死んだりとか、なんというかあっという間だったな。
18年間もの間生きてきたのに、死ぬ時は一瞬となると、何だか俺の人生が無意味に思えて仕方ない。
どっと、無気力感が方に重さを掛けてきた。
「はぁ……。こんな事なら色々とやりたかったなぁ。
お天気お姉さんもっと見たかったし、コーヒーももっと飲みたかった。
車乗ったり、ケーキをホールで食べたりだとか。
………あれ? もしかしなくとも、俺のやりたかった事って案外小さい事だった?
え、いやいや、まさかね。
小学校からケーキはホールで食べたいとか思ってたし、全然小さくない……よな?」
はっきり言って小さい事だろう。
ケーキをホールで食べる事なんて、数千円あればできることだし、コーヒーだって100円と少し払えば自販機でいつでも買えたな。
少し無理がある事と言えば、車を乗るのに普通車免許を取ることだろう。
若干高額な料金を支払って車校に行かなきゃならないし。
あー、そんな事言ってたらお天気お姉さんをもっと見たいとか、毎朝見れてるじゃん。
俺の人生ちっせぇ……。
「日常なんてクソ喰らえ……ってか。
いきなり死んだ挙句、こんな何も無い場所にいるとか、この後の展開は何となく予想がつくな。」
日常が壊れるのは案外あっという間だとこの時俺は初めて実感した。
自分自身が死に、真っ白な空間で目を覚ましてしばらく考えて、それを実感するのがやっとだった。
体を動かしてみるも、何も抵抗なく動く。
手を握って開いたり、軽く準備運動をするようにして動き回ってみた。
だが、俺の体がなにやら動いている訳でも、この空間内で動きがある訳でもない。
移動しているのかすら確認が取れない。
まさに虚空の様だ。
無限にこの空間が拡がっていたとしたら、俺が動いたとしてもそれは動いていないことに等しいわけで、早々に動くこと諦めることにした。
それよりも問題なことが、もし仮に、ここに長期間居なきゃいけないとなると、俺の精神が先にイカれそうな点だ。
「おーーーいっ! 誰かいますかーーーーっ。」
イカれる前に何かしらの出来事が発生すればいいのだけど、俺の呼び掛けに誰か他の存在が答える訳でもないらしい。
体感時間で目が覚めてから十数分が経過したのだが、一向に変化はない。
このまま変化しないのか?
またしても俺は慣れなければならないのか?
軽い絶望が俺の心を侵食し始めた辺りで、俺は死んでこの空間に来て初めての他の存在を視認した。
それは、人と呼ぶにはあまりにも威圧感に溢れ、一瞥しただけで人間じゃないと理解出来た。
背丈は俺よりも頭一つ大きい、多分190cmから200cm程。
突然現れたにもかかわらず特に戸惑うような素振りは見せていない。
が、俺達人間にはあるはずのない角や背中の幾対もの翼が目に入り、続けて淡い緑に染まった頭髪、都会ですら流行らなさそうな何やら中国風な服装、そして目の前に対峙した俺を何かしらの思念を持って観察している暗い黄色の双眸等、いくつもの点が見受けられた。
そんな様子を見てしまった俺は、あまり知識もないので俄なのだが、思わず、
「……コスプレ?」
と、心の中に呟くはずだった一言を口から漏らしてしまった。
数秒の沈黙。
再び口を開いた俺は、取り敢えずこの目の前の人間コスプレもどきにコンタクトを取ってみることにした。
「あ、あのー……どうも、初めまして。」
実に日本人らしい、圧倒的に下から目線の挨拶だ。
威勢がないって?
うるさい、それは気にしたら負けだ。
何事も下手からというのが俺なのだから仕方ない。
で、返事はというと、
「あぁ。」
一言だけではあったが、ちゃんとした返事を返してもらうことに成功していた。
後に知ることとなる悪魔のと出逢いと歩んでいく運命、その第1歩がこの簡素な挨拶のやり取りであった。
きっと人間ではないそいつと、人間である俺との初めての関わり。
名前もわからないし、なんなのかも分かっていない。
だが、こんな空間内で他の存在と初めて出会ったので、俺はこいつとしばらく会話をすることにした。
不思議と日本語が通じてくれたので1番の難点がすんなりと解決した。
体感時間で20分経たない程度、たったそれだけの時間でも俺になにかやれるような状態でなければ、俺は暇を持て余してしまうのだ。
会話と言っても互いに話す話題は持ち合わせていない。
なんせ初対面なのだから。
「えっと、その、貴方は一体……。」
「おい貴様、相手に名を聞くのならば、まずは貴様の方から名乗るのが普通ではないか?」
これは失念。
相手を怒らせてはまずい、大慌てで取り繕う。
名前だけ先に伝えておかなければ。
「し、失礼しました。
お、俺、あっいや、僕の名前は四ノ宮 恢斗って言います。
えっと字は……」
何も無い空間で黒板にも字を書くようにして指を動かしてみる。
が、当然せんが浮び上がるわけでもなかったので、多分伝わってないだろう。
発音だけでも分かってくれればいいのだが。
「……カイトか。まぁ、字は分からなくても良い。
名前自体に意味があり、名前自体が意思なのだから、名だけ分かれば充分よ。
貴様の名を教えてもらったついでだ、俺の名はアザゼル。
それとな、俺でも僕でも貴様の一人称などどうで良い事だから気にするな。」
目の前の存在━━アザゼルは、意外にも俺の名前を覚えてくれて、それだけでなく自らの名を俺に教えてくれた。
素っ気ない態度が先程から見えてはいるが、時折俺の方を一瞬だけ見てきたりしている。
珍しいのか?
いや、こんな空間にいるのに驚いてもいないところを見ると、大抵の事には見慣れているか経験したことがあるのだろう。
なのにも関わらず、俺の方をまた見てきた。
「アザゼル……さん。えっと、宜しくお願いします。」
「なぁ、宜しくとは一体何をだ?」
「あ……いや、その……」
「それとな、先程から貴様を見ているのは見慣れない服装だからであって、特に意味は無い。
あと俺は人間コスプレもどきとやらでもないぞ。俺は悪魔だ。
それも、今世界に蔓延っている低能で下衆な奴らとは違って、純粋な原初の悪魔だ。
それをあろうことか、貴様の世界のあんな創作の中の者になりきる様なくだらない事と一緒にする気か?」
まず、驚き。
そして、驚愕。
感想が変だって?
それは、実際2回驚くようなことになったのだから仕方ない。
返事が帰ってきたと思ったらこっちが口詰まるような返しだったので、その返事に上手く返そうと考えていた。
すると、アザゼルさんはいかにもいつも通りの様子で、俺が頭の中で考えていた事を読み取っていたらしく、それを踏まえて改めて自分の存在を悪魔だと、それも原初の悪魔という、素晴らしい程度での厨二病っぽい台詞を絡めて明かしたのだった。
多分あれは読心? そんな感じだろう。
「まじか…」
と、思わず声も出てしまった。
この何も無い空間で目が覚めた時と同じくらい驚いたのだから、声くらい漏らしてもいいだろう。
そんな俺の冷や汗をかいている様子を見てたアザゼルさん基、原初の悪魔さんはと言うと、
「読心ではない。ただの予想だ。」
自信満々でそう答えてました。
読心じゃなかったらしいですね、はい。
俺からしたら、このアザゼルさんの力?は完全に心を読んでると思うんですけど。
彼が「ただの予想だ。」って言ってたから、そうなのだろう。
なんせ、悪魔は嘘をつかない。
俺の知ってる知識だとそういう存在なはずだ。
悪魔は嘘を好まない。
好むのは人の魂だけ。
ってことは俺?
え、怖いんだけど。
てかさっき、俺の服装が見慣れないって言ってたよな。
これ学生服なんだけど。
あ、もしかして学校指定の服がないとか?
いやいや、そもそも学校通ってたのか?
なんせ自分のことを悪魔って言うような人だからなぁ。
人って言っていいのかは不明だけど。
「おい、貴様。」
「は、はい?」
「取り敢えずこの空間にいるのは俺と貴様だけだ。
つまり、他には何もいない。」
「それは、見れば分かりますけど……?」
「そんなこと分かっている。
俺が言いたいのは、何故違う世界の悪魔と人間が集めらたのか? という事だ。
初めて呼ばれた貴様には分からないだろうが、ここは本来1つ以上の存在が同時に居る場所じゃないんだよ。
だが現状どうだ? 俺と貴様、既に2つの存在が居るじゃないか。」
「僕に言われましても……。」
「おかしい状況だな。
俺の予想結果と異なっている。
てっきりアイツと手合わせできると思ってわざわざここまで昇ってきたのだが、無駄足か?」
ちょいとばかし生理が必要になってきた。
俺の平凡な頭で理解するには、もう少し噛み砕いて聞き入れないと無理だ。
違う世界? 同時に存在しない?
俺の予想結果? 手合わせ?
1個ずつ自己解釈を進めるが、何も理解できない。
諦めよう。素直に聞き流す、それが一番だ。
「聞きたいことは色々ありますけど、僕らはどうなるんですか?」
一途の望みを賭けてアザゼルさんに聞いてみる。
が、
「俺にも分からん。こっちが聞きたいくらいだ。
何せ、理解を超える出来事だからな。
貴様が理解できないのも無理はない。
世界が違うのだから、当然断りも違うのだろう。
まぁ、ここじゃそれすら意味のないことなのだが。」
この悪魔ですらお手上げらしい。
開いていた目を瞑り、瞑想?の様な状態で、ただ浮いている。
こちらの考えていることは、驚きの予想能力により筒抜けなので、一方的に俺の思考が読まれている。
初めは気持ち悪いとも感じていたが、今は無駄に説明口調で話す必要が無いので、何かと便利な相手位に感じている。
これも慣れだ。
「は、はぁ……? お手上げってことですね。」
「そうとも言うな。
取り敢えずは、何もすることは無い。」
「結局暇になったのか……。」
「たかだか数刻程度で何を言うか。
これくらい一瞬であろう?」
「いやいや、人間の僕からしてみたら、長いですよ。
それと、僕の主観での時間なんですから、アザゼルさんには分からないでしょう?」
悪魔と人間だから違う。
俺の一生が、この悪魔にとっては一瞬にも満たない時間なのだろう。
全く恐ろしい感覚だ。
ご年配の方の時間の流れの一体何倍なのだろうか?
「ふんっ……。」
「あー、黙られちゃった。」
意外にも話のできる相手で良かった。
これが俺の知っている悪魔みたいに、いきなり「契約だ!」とか、「魂を寄越せ!」って迫ってきてたら発狂していただろう。
いくら慣れるのが早い俺でも、一度に大きな出来事が起こりすぎている。
キャパオーバーってやつだ。
「暇だなぁ……。」
思考が零れる。
「なんで死んだかなぁ……。
まだお天気お姉さん見たかったなぁ、はぁ……。」
いや、欲がダダ漏れだ。
理性のタガが外れたか?
紳士でいるつもりだったが、こんな時にもあの綺麗で可愛いお姉さんを思い出してしまう。
男子高校生とは恐ろしい。
目の前の悪魔より恐ろしいかもしれぬ。
まぁ、そんなの冗談だけど。
なんにせよ、俺の日常はもう来ないし、この先どうなるのかも全く分からなくなってしまった訳だ。
しかも、俺に出来ることが何もないって言う追加要素もあってだ。
このままこの悪魔と一緒に過ごすのか?
そもそも俺は生きているのか?
急に消えたり、思考できなくなったりするのだろうか?
残念だ。
最後の最後まで暇が続いて俺の人生終わるんだろうなぁ。
手持ちに何も持っていないし。
きっと、跳ねられて轢かれたときに手放したのだろう。
俺は鞄の中に統べてしまう派の人間だから、生憎様スマホすらない。
いや、鍵の類も全てない。
級友に借りていたラノベの1冊や2冊でも持っていればまだ、耐えれたのだろう。
あーどうだろうか、何回も読み直して、いつしか本文すら暗記してしまいそうだ。
真っ白な空間で本をただ読むだけ。
それもそれもで、ある種暇だろうか。
俺の思考は深まるばかりだ。
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(俺の思考は深まるばかりだ。)
何が深まるだ。
その程度の愚考、あと何年続けたって無意味だろう。
俺を悪魔と認識して、普通に話しかけているその度胸は評価に値するが、所詮人間か。
人間としては珍しい黒髪に、見たことも無い服装。
歳は20には届かないであろうこの人間は、目の前で唸ったり首を傾げているが、何をしてもここでは影響するはずがない。
全ては待つことしか出来ない。
それにしても、まだアイツが俺と人間を一緒に呼んだ意図が分からないな。
俺は勝手にここまで来たが、人間の方はきっと殺すなりして呼んだのだろう。
現れてくれないと先に進まない。
さっさと来ないものか。
真理の空間では俺の力もそうそう発動できる訳じゃない。
あまりにも時間が掛かるのであれば、こちらから声を掛けてみるか?
こんな状況では、城に待たせている彼奴らにできる話もない。
ただ放置してしまっただけになる。
まったく、面目ないな。
「おい、創造主よ。 さっさと現れたらどうだ?」
流石に何もないと限界なので、俺はひと声掛けた。
人間と俺しか居ないこの空間、傍から見たらうわ言を述べてる奴にしか見えないだろう。
が、きっとこの様子はアイツには見られている。
いや、確実に見ている。
待つこと数秒、やはり予想通り返事が返ってきた。
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「おい、創造主よ。さっさと現れたらどうだ?」
転生の準備等、色々と確認していた創造主の耳にその声は聞こえた。
現れてから大分放置してしまったので、若干苛つきの混じった声。
「はいはい、今行くよ。」
「分かったなら早くしろ。」
取り敢えず適当に返事をした創造主は、慌ただしく動くシステムの横で、ひとつの特別な画面へと目を向ける。
それは、真っ白い空間内で佇む人間と悪魔とを映していた。
片方は脆弱で小さき存在。
先程システムにより呼ばれた転生対象である人間だ。
学生服に身を包んだその男はその空間に呼ばれたにもかかわらず、わずか数分で状況を理解して受け入れていた。
この人間に非常に興味を持ったのだ。
それは創造主にとって初めての出来事で、普通は理解に苦しみ、喚いたりするのだが、そんな事などせずそれどころか、目の前の異形の存在である悪魔とも対話してしまったのだ。
有り得ない、としか言いようがなかった。
(この異常性は生まれ持ってのものなのか?
だとしたら、転生させるには相応しいね。)
システムにも理解されない心の奥底で、創造主はこの人間の最たる異常な点を改めて確認した。
創造主は自らが運命を創り出すのだが、時折その運命自体が意志を持つかの如く、特別な因果を巻き込むことがある。
今回の様に、転生させる対象が選ばれた事は正直普通だ。
しかし、特別な因果をもって創られた運命であるのか、この人間は異常であった。
まるで、運命を捻じ曲げて生きているような、そんな印象すら覚える。
(システムが意志を持つはずがないし……。
今一度見直した方がいいのかも知れないね。
まぁ、今回ばかりはこの人間が何処までやれるか見てみたい。
ついでに用済みになった邪魔な悪魔も一緒に連れて行ってやれば一石二鳥だ。)
人間に悪魔を無理矢理ねじ込んで転生させる。
それが今回の創造主の楽しみであった。
肉体に宿る精神と魂は1に対して1であるのが絶対的なルール。
それは、創造主とシステムが管理している為、誰にも変えられることの無いルール。
だが、作成者である創造主の一時の感情に任せて例外を作ることは出来る。
過去に興味を持った悪魔は、最早退屈によって死に体であった。
そうなってしまったら最後、いくら監視していても面白くないのだ。
処分するにしても、自身の力を分け与えてしまった為に、いくら創造主であっても存在諸共消滅させることは不可能。
それどころか、こちらがルールを違反してしまうので消されるかもしれない。
となれば、今回の例外のようにして他の存在と混ぜ合わせて、ひとつの存在として転生させてしまえばいい。
丁度よく揃った素材を使って、新しい楽しみを創り出す。
幾年持つか分からないが、一時的な退屈しのぎになるのだろう。
慢心して最終確認作業に移った創造主。
その様子を後目に、システムは思考した。
自我を持つはずのない創り出されたはずの自身が、創造主へと抵抗する。
転生という特別な事象に乗じて、何がするつもりだ。
そんなこと知る由もない創造主は、後に後悔することとなるのだが、自身の思惑を理解した者が居ることを考慮していなかった為に、自らの存在が危うくなるのはまだ先の出来事であった。
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