━序━ 退屈の終わり
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俺は退屈だ。
退屈なんて物じゃない、最早生きる事が苦痛でしかない。
原初の存在としてこの世に産まれてからかれこれ6714年過ぎた。
最果ての城にて旧世代の悪神として君臨し続けている。
初めの1000年は生きるの必死だったから、退屈なんて1度も感じたことは無かった。
続く2000年目までで大切な誰かを作る必要が無いことに気づいた。
そして、3000年目に差し掛かる頃には周りとの差に愕然として、自らがどれ程の高みへと登りつめてしまったのかを、嫌ってほど実感した。
4000年目を過ぎてからは、俺の感じる事など退屈以外心から無くなっていた。
他の原初の存在は既に消滅したものも現れ、俺自身消えようとした事もあったが、如何せん消えることが出来なかった。
それもその筈、俺はアイツに生かされているからだ。
この世界における俺達のような原初の存在を創り出した張本人。
神ですら次元が違う圧倒的な存在。
全てを創り出してはただ傍観するだけの、当事者には絶対にならないアイツによって。
(暇だ、とにかく暇。
前回の退屈凌ぎから200年は軽く経っている。
また大喧嘩しに行くのも考えないとなぁ、そうでもしないと生きてる実感も湧かなくなってきた所だ。)
旧世代と新世代とを隔てる事件━━約3480年前のあの大戦━━を生き延びた数少ない俺は、暇潰しの材料として永遠に監視されることになってしまった訳だ。
この世界の魔素を構築している筈の四大元素の一つである風を司る悪魔のこの俺が、あろう事か他の低俗な魔物や天使と同様にして対象にされている。
それを意識するだけでどれだけ憤りを感じるだろう。
なりたくてここまで強くなったわけじゃないし、他の旧世代の存在とは違って強くなる事や、いつまでも生き延びる事に固執しているのでは無い。
それどころか一時期は無理矢理この身体ごと存在を消滅させようとしていた位だ。
が、この身体は消すことが許されていない。
アイツが不死身で悠久朽ちることなく、変わることも無いので、俺も同じ様にして不滅な存在となってしまった。
俺が犯した最大の過ちであろう。
人間だった頃、アイツの甘い誘惑に勝てていれば、こんなに生きることは無かった。
人間として生きていたあの頃に戻りたい、今の俺はそんなまやかしに希望を抱きたい。
魔物に対抗するのがやっとな、魔族や魔人となんて到底競えない弱者。
天使や神には畏怖して崇め奉るのみ。
辛うじて、精霊などに選ばれた英雄や勇者等という存在も中には現れるが、ここまで力のついてしまった俺からしてみれば、人間が剣を持ち、その身を鎧に包んで戦いに来ようと、世界の理を理解して、魔素を操って魔法を使えるようになろうとも、はっきり言って無駄だ。
俺はきっと、この先も永遠にこの思考することでしか時間を経過させることは出来ないのであろう。
悠久の時を生きたが故に、俺は元より持っていた能力に加えて、この智恵も授かってしまった。
何でも知るということは、退屈を加速させてしまうものだ。
現状の全てを理解して、知り得ているということは、そこから起こるであろう先の事象を完璧に、少しのズレもなく予想出来てしまうのだ。
つまり、ある種の未来予知やそれに付随する力に近い。
その力で先を予想してみよう。
前回予想した時は、丁度人間の大きな帝国が建国した後すぐの、人間領域で大きな戦争が起きた時だっただろうか。
あれから124年が経過した今、予想は変わっているのか?
否、変わってなどいない筈だ。
それすら知ってしまっているのだから。
俺が退屈でいる未来が予想できると、俺はそう思っていた。
(また何千年と思考し続ける未来か……。)
だが、退屈によって精神をそろそろ保てなくなっていた俺に、そのチャンスが巡ってくる事となった。
6000年以上も待ち焦がれていた、今喉から手が出るほど欲していた、退屈から抜け出すチャンスなのだ。
(これを逃したら次は何年後になるか分かったもんじゃない……。
この機会は絶対に逃せねぇ。)
全てを知り得る筈の俺ですら理解出来ない現象。
それは数少ない旧世代の存在の中で共通の認識である、アイツが絡んできた時だけなのだ。
丁度いい出来事が起きたと、そう予想するのが妥当だ。
つまり、アイツの元へと行くしかない。
そう、この世界を創り出した創造主の元へと。
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数刻たった城内、俺の鎮座する前には数少ない下僕たちが集まっていた。
と言うのも、俺が呼び戻したのだ。
人間の領域に居たものから、魔族の住むこの大陸、精霊界に出掛けていた者まで全て、この城へと再び集めた。
それは何故か?
理由は至極簡単。
「それじゃあ俺、創造主の所に殴り込みに行ってくるわ。
だからさ、ここの管理と他の旧世代のやつの監視を任せるから、よろしく頼むな。」
退屈を終わりにする為に、約2000年ぶりに創造主の所へと足を運ぶ為だ。
集まった下僕に対して、創造主の元へと行く。
そう告げた訳なのだが、如何せん理解でた者が少ない。
せいぜい理解出来たのが序列の1位から4位までの、俺と同じ旧世代の存在だけであった。
こいつらは他の下僕とは別格。
何もかも完璧にこなす、俺が直々に仲間にした奴らだから当然だ。
まぁ、そんな優秀な下僕に俺がした事は、丸投げだ。
どこの誰から見ても、これは部下に全てを任せる酷い上の有様だろう。
それでいい、なんせ俺はこいつらの王なのだから。
しかし、丸投げされた方も方で、
「はっ、畏まりました。」
と、あっさりと受けてくれたのだから問題である。
ざわついた下僕の中、1位が代表して答えてたのだが、5位以下は点で理解出来ていない様子。
これは一々説明するのも面倒だ。
さっさと行ってこよう。
俺は内心楽しみなのだ。
産まれてから6714年目にして、他の旧世代の奴らと同じようにして、何かに固執できそうなのだから。
そんな俺の様子を察したのか、1位が続ける。
「我々は貴方様がされたい事を自由にされているだけでも十分幸せです。
ですので、どうか存分にお楽しみください。
何せ、これほどの時間待たれたのですから。」
そうか、そこまでバレていたのか。
流石は1位。
これは帰ってきたら沢山話しをしてやりたいな。
どうなるか分からない未来を楽しみに感じたのはいつぶりだろう。
心が高鳴って仕方ない。
その刹那、心の中だけで抑えていたつもりだったのだが、俺が無意識のうちに自身の力を解放しているのか、大広間の中を凄まじい強風が吹き荒れてしまった。
「ぐっ?!」
俺が再び落ち着いた頃には、下僕は皆顔を苦痛に歪めていた。
これは申し訳ない。
すぐさま全員を回復させる。
「すまないな。
俺とした事が、ここまで興奮してしまった、許せ。」
主である俺から謝罪され、動揺を隠せていない下僕達。
そんな彼らに思うことは多々ある。
ここに大切な下僕がいる理由は様々だ。
単なる興味から連れてきた者。
喧嘩を売られたので叩きのめして従えた者。
俺の噂を聞いて仕えてきた者。
退屈しのぎで造り出した者。
その他も複数の形で下僕となった者がいる。
まぁ、そんな下僕たちの元を離れて、俺は楽しみに行こうとしてるのだから、何やら寂しいものだ。
日々退屈していただけではなく、幾分かの楽しみがあったことをここに訂正せねばならなかった。
「では、我々はいつまでも貴方様をお待ちしております。」
「お前たちが待ってくれている事に感謝しよう。
少しばかりの主の外出を許してくれ。
帰ってきた時には、思う存分俺の話を語らせてくれな?」
そんなやり取りを数回して、いよいよ出発の時。
この日、最果ての城から俺は数千年ぶりに旅立つ事となる。
「では、行ってくる。」
とだけ残し、俺は城をあとにした。
この何人たりとも近づけぬ険しい山脈の頂きから、俺は真っ直ぐに上へ上へと登っていく。
そう、創造主の元へと。
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今旅立った主を見て、序列1位の存在は思う。
(貴方様が退屈から抜け出し、再び笑って頂けたらなと、勝手にではありますが願っております。)
次第に姿が小さくなり、やがて視界に捉えることも、その存在を感知することも出来なくなってしまった。
行ってしまったのだ。
他の下僕がそれを見届けて城の中へと戻る中、彼はまだ上を眺めている。
かつて自分と同じ故郷より旅立った主を想って。
「行ってらっしゃいませ、アザゼル様」
そんな彼も、と挨拶を告げて城へと消えていった。
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アザゼル……今作のもう1人の主人公。悪魔。最強。
創造主によって人間と一緒に転生させられる。