表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/63

第一章8話 桜家督継承

  永生家中に衝撃が走った。


  永生の主と、奥方の訃報。

  永生家臣らは急遽、緊急評定を開いた。


「御館様を暗殺しやがった下手人は誰かわかったのか!?」

 

  垣崎景家は、皆の前であるにも関わらず、憤慨し号泣していた。


「く!  御館様、今お傍に参りますぞ!」


  垣崎景家は、腰に帯びていた短刀を抜き、腹に突き刺そうとしていた。  それを尚江実綱は、短刀を奪い取り、諌めた。


「仇を取らずに死に逃げるこそ不忠!  気をしっかり保て!」


「しかし、しかし御館様はもういないのだぞ!」


「確かに御館様はもう亡い!  だが不幸中の幸いにて、景虎様はご存命だ!  我ら永生の家臣として、景虎様を盛り立てていかんとならぬ!」


「景虎様は無事なのか!?」


「命に別状はござらぬ。  されど重傷を負われ、言を失われておられる!」


「なんだと!?」


「今、私の愚息が傍に控え、誠心誠意尽くしておる。  安心めされい!」


  宇佐見忠光は、口を開いた。


「御館様の事は無念だ。  しかし、早急に永生家の家督を景虎様に継がせなければ竹多に永生は飲み込まれてしまう。  今でこそ信濃殿が竹多の猛攻を防いでくれてはいるが、いつまで持つかもわからぬ」


  垣崎景家は、納得こそしていないが、事の早急性は理解しているため、口をつぐむ。


「一体、御館様は何をしに彼の地に?」


  椎田安種は、ぼそっとつぶやく。

  家臣らは、誰が暗殺したかより、なぜそこに御館様や永生家の一門がいたのかに興味が行った。

  実は、娘の桜姫に会いに行っていたということを知るのは、家臣の中でも知っているのは尚江実綱と宇佐見忠光の二人だけだ。

  家中の極秘なため、御館様が亡い今もその真相は闇に葬らなければならないのだ。


「……………」


  無駄な発言は、混乱を招く。  すでに、桜姫が景虎になることは決まっている事。 


 下手な詮索は避けておきたかった。


「椎田殿、起こってしまった事への追及は今この場において何の利も生みません。 今、我々がすべきことは、景虎様の即時のご当主ご即位。 これを最優先に行うべきです」


「尚江殿の申す通り……。 下手人上げは全力で軒申衆が行っておる。 下手人が確定した時点で永生は敵討ちの体制にとる。 それまでしばらくまたれい!」


 永生が重鎮、尚江実綱と、宇佐見忠光両名にそうまで言われては誰も口を開くことができなかった。

 疑心は残る。 しかし、それより優先すべきこと……。 それはわかっていた。


「現状、竹多家の動きはどうなっておる?」


「信濃家が猛攻を受けております。 我が軍としては同じ上杉憲政公を主と仰ぐ立場。 早急な援軍が必要となります」


 信濃業正……。

 関東管領である植杉家を主と仰ぐ一門で、永生とは同僚にあたる間柄。 また、竹多の猛攻をわずか少数の兵で抑え、時には破る豪の将として知れ渡っていた。

 竹多が当主、竹多春信も、信濃業正が存命中は信濃領には手を出せん、と側近にもらしたほどの将だった。

 しかし業正が急遽し、竹多の猛攻は始まった。

 業正の跡を継いだ嫡子は、徹底抗戦を行うもかなりの劣勢を強いられていた。


 ガラ!


 いきなり、評定の間の襖が開けられた。

 家臣たちは、何事かとそちらを見る。


 そこに立っていたのは尚江金次であった。


「尚江の、子せがれ?」


「景虎様のご看病しているのでは?」


 ドヨドヨとその場がざわめく。


「静粛に願います! 皆様、静粛に願います!」


 金次は一礼をし、


「永生が当主、永生景虎様、おなりでございます!」


 金次はその場で肱をついた。

 やがて、奥から、一人の人物が姿を現した。


 白い袴に、白い袈裟を着た景虎。

 顔立ちは、いつもの温和な景虎とはちがい、どこか凛とした目で家臣団を見据えていた。


「御館様は、言が不自由でございますので、私が皆様に御館様の言葉を伝えさせてもらいます……」


 景虎は、金次に何か耳打ちをする。

 金次は頷き、家臣の方を向いて言った。


「ただちに出兵準備! 永生の名に置いて、信濃に攻撃を掛ける竹多を殲滅せよ! ……以上が御館様の命令です」


「おっしゃあ! 野郎共、聞いたか! すぐに出陣の準備だ!」


 垣崎景家は、立ち上がり武者震いをする。 しかし……。


「御館様、それはまだ時期早尚ではありませぬか?」


「安種殿! 何を言っておる!」


 椎田安種は出陣を否定した。


「そもそも、敵は竹多だけではありません。 隣国の新保も今か今かと我が領土を狙って


おります。 ここは軽はずみにうごいてなりませぬぞ?」


 出陣を拒む言い訳としては上出来だった。

 隣国の新保氏は、度々永生と戦端を開いている。 それに当たっているのがこの椎田であった。

 しかし、椎田の言い分はただ出陣を面倒くさがっているだけであることは金次にはわかっている。

 なので強く押す。


「椎田殿、新保が動くという確証はおありですか?」


「確証というより、推察ですな。 新保と数々の戦を行っているこの安種、長年の勘とで


もいいましょう」


 椎田安種は不敵に笑った。

 すると、景虎は、金次に耳打ちをする。 金次はその一言一句を聞いて、何か言いたいのを抑えていると、景虎は強い目つきをした。


 (言え……、って事ですか……。 矢面に立つのは私なんですがね)


「椎田殿、御館様の決定は絶対です。 出陣準備を!」


「な!?」


 椎田安種は顔を真っ赤にしていた。

 景虎にしても、金次にしても自分より半分も生きていない若造にこう強い口調で言われたのでは、自尊心が傷つく。

 

 椎田安種は立ち上がった。


「椎田殿!」


 宇佐見忠光は、椎田安種を諫める。


「何をする気で? 貴殿がやろうとしていることは武家にあるまじき行為……。 それでもやりなさるのなら、この宇佐見忠光。 御館様にかわり、貴殿を手討ちにするぞ!」


「ぐ!」


「かしこまりました。 直ちに出陣準備に取り掛かります」


 宇佐見忠光は、ほかの重臣一同に向かって、


「出陣準備じゃあ! 永生が力、ここが見せるときですぞ、各々方!」


「応!」


 垣崎景家は、威勢よく答えた。

 さすが、永生が随一の猛将だけはある。

 戦が生きがいと豪語するだけの男。 自分の舞台の出番とばかりにいきり立っていた。


「……それと、宇佐見殿と、尚江殿、垣崎殿は残ってくだされ」


 金次がそういうと、垣崎景家はキョトンとしていた。

 この人は、桜姫の事を知らないが、景清様の信頼の厚い方だった。 垣崎殿には景虎が桜姫であることを早めに打ち明けたほうがいい。

 発覚した際、拗ねて何するかわからない。

 それが、宇佐見殿の意見だった。


「某に何か?」


「重要な話とのことです」


「某はすぐにでも戦の準備に向かいたいのですが……」


「……垣崎殿、戦の準備は終わってから。 貴殿には話しておかなければならない事がある」


 宇佐見忠光は、垣崎景家に言った。


「御意……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ