第一章61話 毘沙門天の侍 終
強烈な殺気で呪を止めた。
殺気を放っている方を見て、愕然とする。
あのシルエットは信長……。
本来の宿敵として、私の大事な人達を軒並み奪っていった奴。
銀ちゃんは達観したような顔で信長を見る。
なんてついていない……。
瑠璃ちゃんは銀ちゃんを抑える結界として機能しているし、金次さんは力の行使に力を使いすぎて、動く事もままならない。 銀ちゃんを封じようとしても、確実に妨害されるのは目に見えている。
かといってこのまま呪を信長に向けて信長を封じても銀ちゃんを助けてる手段がない。
どうする……。
「信長公を何分抑えたら、魂縛の法を行使できるか?」
「え?」
秀吉は私に改めて問う。
「何分抑えれば、魂縛の法を使うことができるか?」
「十……、いえ、七分あれば…」
呪言による魂縛の結界生成に四分。 魂縛の力を練り出すのに二分。 微調整に三分は欲しい所だけど、若干省略しても構わない工程だから一分でなんとかできると思う。
だけど七分以下は術の発動のために最低限必要な時間を満たせない。
「七分……。 きついが、七分ワシが死ななければいけるんだな?」
「え?」
秀吉はじっと信長を見る。
「信長……。 あれを封ぜるは我が悲願……。 それをする手段があるならば、ワシは全力でそれに賭ける」
秀吉の足は小刻みに震えている。 武者震いなんてものではなく、あれは明らかに信長を恐れているからこそ震えていると分かる。
秀吉は武勇を頼りに戦う武将ではない。
どちらかといえば鬼謀策謀をたよりに渡り歩いてきた将である。
自分より強大な敵には勝てる準備をし、罠などを駆使し有利な状況にならない限り動かない堅実な男が、今、勝機無き戦いに挑もうとしていた。
覚悟はあるが身体がついていかない。
まさにそんな感じだった。
私は秀吉を信じるしかない。
そうしなければ銀ちゃんを救えない……。
「さて、行くか」
秀吉は袖から金の塊を取り出す。
金の塊に秀吉は念を込めていく。
日光に反射し、ピカピカ光っていた金の塊は、より一層輝き出す。
秀吉が念を込めれば込める程、その輝きの光度は増していく。
しまいには秀吉の手にある金の塊は太陽のように眩しく直視に耐えることが難しい程輝いている。
やがて金の塊から矢状の物体が信長めがけて高速で飛んでいく。
信長はその矢状の物体を避け、秀吉を睨んでいた。
「大殿……、お覚悟を」
「猿!!」
秀吉は本来、信長の家臣。
秀吉のこの行動はただ敵対しているのでは無く、謀反。
信長の意識は完全に私ではなく、秀吉に向かっている。
秀吉は私たちの邪魔にならないためか、そこそこ足場のある舟から降りて、舟に積んでいた板を浮かばせて、その上に乗る。
絶妙なバランスで、海に沈まないよう体重移動を調節しながら金の塊から矢状の物体を次々信長に飛ばしていた。
「見とれてる場合じゃない。 早くしないと……」
私は魂縛の結界生成に意識を費やした。 結界生成まで後二分……。
長い……。
秀吉の持つ金の塊から放たれる矢状の物体は一発一発がすごい威力だけど、全然信長に致命的なダメージどころか、微少のダメージも与えられていないようだ。
あと五分も耐えてくれる保証はない。
できる限り余計な構成は避けて、必要不可欠な回路だけを生成しなくちゃ間に合わない……。
だからといって、手を抜きすぎた結界を生成しても役立たずな回路だと意味はない。
必要なのはいかにいらないものを省き必要なものを完璧に生成するか。
早く的確に……。
そして慎重に制御できる回路の組成をしなければ……。
工程は七割完了。
制御に必要な回路は私に組み替えればなんとでもなる。
予定より一分短縮できた。
次は練り出し。
慎重にやらなければ練り出す前に私の身体がキャパを超えて崩壊してしまう。
なにより制御回路の大半を略式してしまったんだから。
こればかりは略式するわけにはいかない。
慎重かつ的確に、そして無駄なく素早く。
出来る事があるのに何もしないのは後悔に繋がる、って言葉誰が言っていたんだっけ?
だから私は私が出来うる事をして銀ちゃんを救う。
救える機会を逃して生き残っても絶対後悔する。
そんなのは嫌だ。
だから私の身体が砕けようと構わない。
だけどただ砕けるだけで救えないのは本末転倒……。
銀ちゃん、絶対助けてみせるからね……。
遥は才能がある。
そして、何より強い心を持っている。
遥が神子なのは何も異世界からやってきた住人だからではない。
私やその他大勢の神子候補から神子として選ばれたのは、そういった由縁。
遥の事をよく知らない人は、異世界の住人だからこそ適格者なのだと知った風な事を言う。
それは大間違いだ。
いっしょに厳しい修行をした仲だからこそわかる。
遥は努力家なだけ。
「強いよね、遥は……」
遥はこの世界で生まれたのではない。 召喚という強制力でこの世界に連れてこられただけ。 なのに彼女はこの世界を救うための努力を数多の神子候補より多くした。
彼女が何を思い、努力したのかは、私如きでは計り知れない。
ただ知っている事は彼女は神子になれるだけの努力をして神子になったということ。
そう、私は遥を尊敬している。
その彼女が救いたいと願った男、保科銀太。
わかった。
私は彼を救うのに私ができる力を持って力になる。
私の役割は結界。
銀太の行動を術の行使まで抑えつける。
私に今できることはそれだけ。
だからそれに力を尽くす。
後悔なんかしたくないから……。
「ぐは!?」
秀吉が信長の攻撃をモロにに食らう。
ダメ、これ以上は……。
「逃げて!」
私は秀吉に向かってそう言ったけれど、秀吉はこちらを見てニコリと笑った。
「ありがたい申し出だが、断る。 せっかくの見せ場ゆえ、そうそうに退場するのは無念なのでな」
秀吉は既に小さくなった金の塊に再度念を送る。
それを好機とみなした信長は秀吉に向かって突っ込んできた。
突っ込んでくる信長を睨みつけ、秀吉は金の塊を投げつける。
金の塊は信長の体に当たると同時に爆発した。
「……………………」
爆発による噴煙がもうもうとしている。
秀吉は噴煙の先をじっと睨んでいた。
「……………!」
噴煙から突如出て来た信長の腕が秀吉の胴体を貫いた。
「……………」
秀吉は自分の胴体を貫く腕をじっと見つめ、吐血し、そのまま動かなくなってしまった……。
「と、殿……」
瑠璃ちゃんが涙を流す。
秀吉はそのまま海に投げ捨てられた。
そして結界となっている瑠璃ちゃんに向かって信長が突っ込んでくる。
私は術を解き、瑠璃ちゃんを助けようとした時、瑠璃ちゃんがそれに気付いて大きな声で言った。
「駄目!?」
「で、でも!」
「殿の頑張り、無駄にする気?」
「…………」
瑠璃は結界を解かず、信長の真正面に向いてニヤリと笑った。
「楽な仕事ね、ただ立ってるだけで英雄になれるんだから」
それが瑠璃ちゃんの最後の言葉だった。
「…………瑠璃、ちゃん」
瑠璃ちゃんの胸から信長の手がはえている。
見たくない光景が眼前に広がる。
また一人、友達が殺された。
「魂縛の術………」
かけがえのないものを失って出来た力。 やってやる。
私は銀ちゃんと信長を交互に見る。
瑠璃ちゃんの結界の束縛から解放されたにも関わらず銀ちゃんはぴくりとも動かなかった。
だけど信長は最後に残った私めがけて飛んでくる。
術は最後の言を発するだけで発動できる。
だけどこの照射角度だと、信長か銀ちゃんのどちらかしか術の範囲内にいない。
丁度いい場所は信長が私の位置すぐそばまで着たタイミング……。
そのタイミングがまもなくだ。
「え?」
信長が予測していたスピードより若干早い。
やばい。
本気でやばい。
間に合わない………。
瞬間、私の目の前に銀ちゃんがいた。
「やる気か、信長……。 いや、β336」
銀ちゃんは低くドスの利いた声で言った。
「汝はそれ程、我が肉体の主君が恐ろしいか?」
信長を挑発するように問う銀ちゃんであって銀ちゃんでない人。
信長は銀ちゃんに目標を変え、銀ちゃんの胸を貫こうと腕を振り上げる。
信長の腕は銀ちゃんの胸に貫くことなくそのまま粉砕され消滅した。
「力を失い、自我を忘れたか? 我が力は貴様と同一であることを……」
信長は右腕を失いつつも、邪悪な笑みで銀ちゃんを見る。
「β336よ、汝は暴れすぎた。 我と共に滅そうぞ」
今、銀ちゃんはなんて言った?
我と、共に?
「我の役目は現界にて暴れる貴様と共に滅びる事。 それは上位によって決められた宿命なること。 我はそれを果たすために現界した」
それって……。
「上位のものに睨まれれば貴様がいくら足掻いても叶わぬ事は承知しておろう。 上位のものが決断を下せば全ては滅ぶ。 我らは所詮連中の駒ゆえな」
「それが汝の結論か?」
信長は銀ちゃんに向かって睨みつけて言った。
「我が先刻暴れたのも上位の者のシナリオゆえ。 β336よ、我も汝も共に奴らの手のひらで踊らされているだけなのだ」
「………それでも我は…」
信長は私の方を向いた。
「やり遂げるべき事がある以上、まだ退場するわけにはいかぬ」
突如猛進してくる信長。
私は慌ててしまい、最後の言を唱えてしまった。
「発」
信長は魂縛の術にはまり、苦しみ出す。 私の意識はそこで途切れた。
私は基本的に会話文で進めていく書き方を主流にしていましたが、今話は地文で話を進めなきゃいけなかったためかなりキツかったです。
さて、第一章も残すとこラストのシークエンスのみ。長かった……。
てか、そもそも完結できるとは思いもしなかったです。
これもこんな駄文を読んでくれる読者様が居るからこそですね。
本当にありがとうございます。後少しで第一章終了します。
それまでお付き合い下さいませ