第一章第59話 毘沙門天の侍5
「……もうひとつの術ってひょっとして縛魂の法ですか?」
多恵はひとつだけ思い当たった術の名前を挙げた。
それに驚いた顔をする遥。
「そうです。 縛魂の法です。 多恵さんは縛魂の法を知っているのですか?」
縛魂の法。
読んで字の如く魂を縛る究極の禁呪法。
東洋魔術の最高位と言われている魔法のひとつで、対単戦で最も威力が高いといわれている魔法だったりする。
どんな術かというと術者がその体を生贄にして相手の魂を押しつぶすという業。
ヴィンセント帝国の東洋魔術研究室が注目しており、対戦争用兵器として研究をしている魔法だったりする。
新白衆はヴィンセント帝国とウェンデスが軍事同盟を結んだ後も、リーズの指示でヴィンセント帝国の動向を探っていて知った事実だった。
東洋魔術の評価は基本的に大陸魔術の下に見られ価値だが、禁呪ランクの魔法は東洋魔術の方が圧倒的に多い。
基本的に一子相伝を主体とする東洋魔術は行使出来るものが少ないため、解明が難しい。
しかし、縛魂の法に関して元々の派生はヴィンセント帝国の魔法。
それが倭に流れ、倭で独自の技法をもって昇華された魔法。
そのために研究は容易だった。
「はい、ある程度なら」
「これは驚きました。 私たちの目的が叶うかもしれませんね」
遥はにこやかに微笑む。
「目的とは?」
「私と銀ちゃんが会うことです」
「……会う?」
「はい」
会う。
それは縛魂の法の解呪を差しているのだろう。
確かに、今の銀太と遥はお互い生きていても決して会うことが叶わない。
片方があるとき、片方がないからだ。
それは二人の関係を加味しても苦しい状況だ。
だけど、こううまくはいかないだろう……。
「え?」
私は事実を話した。
「………まあ、方法があるだけでも良しとしましょう」
「そうですね」
「………前向きですね」
解呪の方法。
それはヴィンセント帝国東洋魔術研究室と対を成すヴィンセント古代魔術研究室の協力を得ること。
しかし、ヴィンセント帝国古代魔術研究所はヴィンセント帝国の中でも異端な存在なのだ。
国立機関にも関わらず、皇帝の権限が及ばない。
もっと簡単に言えば、帝国が出資しているだけの機関であって、実権を握っているのは協会である。
ちなみに協会とウェンデスの関係は前章で述べたが、ウェンデス国王フメレオンの親殺しの関係上、劣悪極まりない。
そんなウェンデスが協力を打診したところで協力を得ることはまず不可能なのである。
「そんな簡単に事がなるとは思っていませんでしたよ。 しかしある意味じゃ私の目的もその古代魔法研究室で果たせるかも知れないという情報を得ただけでも前進ですしね」
金套は笑いながら言った。
「私は、毘沙門天を守護する侍です。 毘沙門天を再び光臨させるまで止まる訳にはいかないのですよ」
「毘沙門天の……、侍」
毘沙門天は上杉謙信が崇めた戦神。 上杉謙信に毘沙門天が宿っていたと一説にある。
そして尚江金次は、その毘沙門天の化身を支えた侍。
彼が言うからこそ、その重みがあるのか……。
「縛魂の法……、使ったんですね」
「はい……。 倭国を暴れまわっている銀ちゃんに縛魂の法を行使しました。 でも、肝心な所で妨害が入りました………」
「縛魂の法?」
「はい。 銀ちゃんの中の危険な存在を封じるにはこの手があります」
「縛魂の法って、文献によると確か……」
「はい、行使すると私の魂は輪廻から外れ消滅しちゃいます。 でも、あんな銀ちゃんを方っては置けません」
「確かに銀太の体の中に二つの魂……、即ち保科銀太と、あの邪悪な魂が二つ入っているのならば危険な魂を摘出すれば銀太は助かる目算になりますね……。 だけど私は反対です。 銀太は確かに助かるでしょう。 しかし銀太はあなたを犠牲にする事を最も嫌っている。 それをあなたは何度も何度も見てきているじゃないですか」
「たぶんすべてが終わったら、銀ちゃん私に対して怒るだろうね」
「怒るなんてもんじゃないです。 いえ、銀太の事です。 確実に自責に駆られ、下手したら自害してしまいかねない。 あなたが助けた命は、下手したら自らの手で散らしてしまう可能性だってあるんですよ」
「それは、金次さんが止めてくれるよね?」
「…………私が止める? はい、止めますよ」
「良かった」
「いえ、止めるのは銀太をじゃない。 あなたをだ!!」
「……本当に金次さんって銀ちゃんそっくりだね……」
「銀太、そっくりですか。 そうですね。 銀太も私も共通の悩みがありました。 大事な人は絶対にやってほしくないことを平気な顔をしてやってしまうということ……。 銀太も私も苦労ばかりさせられているという事を気付いて欲しいですね」
金次は笑いながら、遠くを見つめて呟いた。
「あなたがそんな人だからこそ、伊達の若当主や、武多の王はあなたを死なせたくなかったんでしょうね。 彼らの気持ちがよくわかります」
「金次さん?」
「絶対にダメです。 そんなことさせ……」
金次は上空を見上げ、言いかけていた言葉を止めた。
金次の目線、即ち上空には、魔王と化した銀太が浮いていたのだった。
「く……」
いつの間にかいた銀太に息を呑む。
確かに一見するといつもの銀太だ。
しかし銀太の瞳に宿る感情は、果てしなく冷たい。
悪魔の瞳といえばいいのか。
「………………」
銀太であって銀太でない存在。
金次はそれを認識し、恐怖で足が竦んだ。
だが、竦んでいられない。
何よりも早く行動しなければならないのだ。
そうしなけれは目の前にいる鉄砲のような娘は飛び出してしまう。
すまん、銀太。 お前との約束と命、約束を優先させてもらうぞ……。
「解析開始……」
銀太は閻魔丸の力で先見の能力を会得したように、金次も閻魔丸で能力を得ていた。
銀太には閻魔丸を自ら服用する程下策に陥っていないと言ったことがあるが、それは全くもっての偽り。 騙すならまずは味方から。
そして何より金次の能力は銀太の先見の能力なんかとは異なり、汎用性のある能力でもなければ、撫子や正宗のように攻撃に優れる能力ではない。
「膨大な魔力検知。 だが魔力の覚醒には至っていない。 そして魔力の源は、心臓部に埋め込められている核か……」
解析完了。
心臓を貫けば、銀太はあの化け物と共に死ぬ。
後はあの体を貫くだけの高出力がいる。
あれを貫くに足る力があるかどうか試さないとわからないが、やるしかない。
「…………全てを貫く槍…」
金次の脳裏に茶色の異国の甲冑を身に付けた老剣士の映像が映し出される。
金次の右手には巨大な槍が現れ、金次はその槍をしっかりと掴んだ。
あそこに確実に行くには空を飛ぶ必要がある。
ならばこれか……。
金次の脳裏に伊達正宗の映像が浮かぶ。
すぐさま金次らの乗っている舟の周りに竜が舟を自らの胴体で囲むように蜷局を巻いて召還された。
「な、なんだ、お前の力は?」
秀吉は次々と力を行使する金次に向かって驚愕の眼差しを向けた。
金次の能力は端から見ると、複数の力を行使しているように見える。
しかし、それは的確ではない。
金次の能力は模倣の力。
金次が見てきた能力を複製し、自分の力として使う事ができる。
しかし、所詮模倣。 オリジナルの質の半分程度しかその力を発する事ができない。
この場にいる正宗の竜だって、オリジナルとは異なり、竜として戦う事ができず、ただ飛ぶだけで喚んでいる。
右手にある心を穿つ槍も、本家は確実に心臓を貫く業だ。
この模倣槍は劣化版で、心臓を狙いはするが、投擲では避けられたらそれで終わりという代物。
「遥姫、羽柴筑前守、福島殿。 私が時間を稼ぎますのでお早い退去を」
金次は竜の背中に乗り移る。
「ここから先は毘沙門天の侍としての責務。 毘沙門天が魔王を倒すと決めた以上、毘沙門天に仕えるものとして毘沙門天散りし今、毘沙門天の果たせなかった事を成し遂げる」
自分で言っておきながら滑稽な事を言っているのはわかっている。
自分で言ってて吹き出しそうだ。
「覚悟しろ、銀太……」
新年あけましておめでとうございます。まさか第一章でいうはめになるとは思いもしなかったこの更新の遅さ……。
今年初の投稿が見事元旦なのは狙ったわけではなく、やっときりのいいとこまでいったのがたまたま元旦夜だったという……。
今年も提督立志伝を宜しくお願いします。