第一章第56話 毘沙門天の侍3
「……………………」
多恵はここまで聞いて、聞くんじゃなかったと軽く後悔した。
金套の主君、桜が死に、そして銀蝶の主君、遥も恐らくこの流れ上、死ぬんだろうな、と勝手ながら推察してしまった。
「そろそろ宿でもとりませんか?」
多恵は話を断ち切るように告げる。
金套は銀蝶をチラリと見て同意するように頷いた。
「そうですね、朝から歩きっぱなしですからね」
「私、宿をとってきます」
「宜しくお願いします」
聞いていられなかった。
どんな顔をしていいか、全くわからないから。
「党首、宿の準備はできています」
若い新白衆の忍びが声をかけてきた。
「ご苦労様。 提督の大事なお客さんだから粗相のないようにね」
「心得ています」
忍びは一礼し、いずこかに姿を消した。
「宿、取れましたよ」
多恵は二人に声をかけた。
「すみません、あとついでにお願いがあるのですが」
「はい?」
「銀蝶と私、部屋わけてもらえません?」
「? いいですけど……」
「流石に銀蝶に殺されたくないんで、すみません、助かります」
「はあ……」
殺されたくない?
よくわからないけど、別の部屋がいいならそうすればいいか。
経費は全て提督持ちだし。
多恵は宿に案内する。
どこにでもありそうな平凡な宿屋だった。
この宿は一見平凡だが、宿屋の中庭が日本庭園になっていて倭国出身の者には人気がある。
料理も倭国料理が出るため、多恵は気に入っていた。
「いらっしゃーい」
宿屋の主人が声をかけてきた。
「予約していたものです」
「はいはい、お伺いしておりますよ。 それとお客さんもお待ちです」
「客?」
「お待ちしておりました、多恵殿」
「リファイル副提督!?」
リーズの片腕、リファイルが宿屋に備え付けられている椅子に座り、緑茶をすすりながら待っていた。
「どうしてここに?」
「提督は王都を離れられませんので私が代理で来ました。 お二方に言付けの手紙も預かっています」
リファイルは銀蝶と金套に手紙を渡した。
銀蝶はその手紙を目を通し、リファイルに向かって言った。
「この情報、間違いないんだろうな?」
「取引で嘘をつくほどもうろくはしていませんよって」
「わかった。 取引成立だ」
銀蝶はリファイルと握手する。
「さて、皆さんお疲れでしょう。 今宵はゆっくりお休み下さい」
一向はそれぞれの部屋に行った。
そして、深夜……。
多恵は中庭に気配を感じ、ゆっくりと身を起こす。
殺気まがいのものは感じられないが、こんな夜更けに中庭で誰が何をしているのか、気になる。
そっと床を抜け出し、中庭に向かう。
中庭には、金套ともう一人が話していた。
「…………」
「………………」
声は小さく、聞き取りにくい。
金套と、もう一人の声は若い女性の声。
多恵は気配を消し、その二人の会話に注聴する。
「………くら……」
「…………はい」
「誰ですか?」
「え?」
金套の隣にいた女性が多恵のいる位置を向いて言った。
金套は刀を抜く。
多恵は姿を現した。
「なんだ、多恵さんか」
金套は刀を鞘にしまう。
「知り合いですか?」
女性は金套に問いかける。
「先ほど話した多恵さんです」
「ああ、あなたが……」
女性は多恵に近づき、ぺこりと挨拶をした。
「銀ちゃんがお世話になりました」
「?」
「私は山県遥です」
「はい?」
遥を名乗った女性はにこりと微笑んだ。
「ど、どういうこと?」
「説明するのは難しいんですが、簡単にいうと私と銀ちゃんは銀蝶なのです」
「え?」
「金次さん、多恵さんは私たちの事、全く知らないのかな」
「ええ、まだそこまで話していないもので」
「そうですか。 そしたら意味がわからないですよね」
「でしょうね」
「え、と?」
「倭の最終章、私から話しましょう……」