第一章第54話 毘沙門天の侍1
真っ白な閃光が春日山からも臨む事ができた。
その閃光を見て、金次は腰が砕けるように座り込む。
「は……ははははは」
力無く笑う。
人はどうしようもない後悔をしたら、どんな風にしていいのか分からない時、笑うしかないというが………。
まさに金次はそんな胸中だった。
「はははははは……はははははははははは………」
これが夢ならさめてほしい。
桜の今までの色んな顔が金次の胸中に浮かんでは消え、浮かんでは消え……。
「金次!」
「金次……」
「あんたは……」
笑っている顔。
怒った顔。
拗ねている顔。
真っ赤になっている顔。
まるで走馬灯のように浮かんでは消え、浮かんでは消え……。
「うわああああああああああああああああああ!!!!」
金次は吠えた。
目から大粒の涙を流しながら……。
桜にもらった外套を握りしめていた。
一方銀太は、春日山に撤退しようとするものの、厚すぎる魔王軍の方位の前に、撤退できずにいた。
主要な保科隊はほとんどが不知火城の戦いで散り、いつもの大胆な作戦を遂行できる兵がいない。
いても、無駄にその命を散らすだけとなるだろうが……。
その為、未だに不知火城から出るにでれなかった。
「くそ!」
結論からいうと桜の神子の奥義では魔王信長は封じられなかった。
考えるまいとして考えなかったが、もし遥が神子の奥義を発動した時というビジョンを、桜が神子の奥義を発動したことで見えてしまった。
「絶対、駄目だ……」
なんとか不知火城を脱出したいが、この囲みを破る術はない。
時間がたつにつれ、銀太の中に焦りの感情が沸き立つ。
「保科殿、魔王軍の攻撃が再開され、大手門が陥落しました。 現在、三の丸を死守していますが、三の丸も長く持ちません!」
不知火城は立地、構造、設備どれをとっても守城として機能はしているが、残念な事にこれだけの大軍を迎え撃つだけの造りにはなっていない。
なにより、上杉の党首が先ほど散った。
頭が崩れれば、この下も崩壊する。
吉江氏ら城兵は何が起きてしまったか気付いていない。
だから最低限の士気は保たれてはいる。
しかし……。
この不知火城が落城するのも時間の問題だった。
「三の丸陥落! 三の丸陥落!」
圧倒的な圧力の前になすすべもない。
生きて帰ると遥と約束をしたが、それも果たせそうになかった。
「お嬢……、すまん」
銀太はポツリと呟いた。
「吉江殿、こうなれば派手に散ってみせましょうや。 上杉は強兵であると、魔王軍の連中の夢に出てくるほどまでに戦い抜きましょう」
「………………うむ、そうしよう。 二の丸放棄! 全軍本丸に集合だ!」
本願寺の坊主にこの世界に喚ばれて、現代に生きていた俺にとって、色んな事が起きた。
あのちっちゃかったお嬢が、大きくなっていた事。
あの時7歳だったから今の肉体年齢は17か。
17になるくせに、7歳の時となんも変わらない。
図体だけは17でも心は7歳のままでとまってやがる。
しかし、副社長……、お嬢のお袋さんみたく美人になったものだ。
10年……か。
10年の歳月、お嬢はこの異郷の地でどれだけ寂しかっただろう。
知らない異郷の地。
大人でも心寂しいものなのに、そんな素振りを全く見せない所とか、社長……、お嬢の親父さんそっくりだ。
辛いときも決して人には弱いところを見せないとことかそっくりだ。
俺にとってはかわいい姪っ子って感じ。
社員の中で一番懐かれていたからかな。
兄貴の娘って感じ……。
いつかお嬢が男を家に連れてきたら、社長と一緒に
「遥はやらんぞ!」
って言っておきながら、結婚披露宴でスピーチとかしたりな。
とか、漠然と将来を考えていたけど、
「私、あの時と気持ち変わってないんだよ」
「私、銀ちゃんのお嫁さんになる」
もし、無事に生きて帰れたら真剣に考えるのもありか。
「保科殿、準備整いましたぞ!」
「え?」
吉江氏の声に我に返る。
軽く現実逃避していた……。
現実はこの絶望的な状況。
敵に囲まれ、退路すらないこの状況下、不転位の覚悟で討って出ることを決意したのは他でもない自分だった。
しっかりしろ、保科銀太。
仮とはいえ、一軍の将だぞ。
「…………生を諦めるか、宿主」
「………え?」
どこかから声が聞こえた。
どす黒く、野太い声。
記憶に無いがどこかで聞いたことがある声だった。
「ならば、汝に身体は不要。 陰の我が陽の汝に成り代わり、陽になろう」
「!!」
身体が熱い。
とても立っては居られない。
銀太は屈み、強烈な吐き気を催す。
意識がまただんだんと薄れていく。
銀太はなんとなく理解する。
保科銀太として、これが最後の意識であることを………。
また、場所は戻って春日山。
桜に気絶させられていた遥が飛び起きる。
「…………………………なにこれ?」
ザラザラとした不快感が遥を襲う。
その直後………。
ドカーーーーーーーーーーーーン!
強烈な爆音と共に、激しい揺れが春日山を襲う。
春日山城の屋根が崩れ落ち、その破片が遥に降りかかる。
遥は転位の術で、その場を離れる。
「大丈夫ですか、遥姫!」
金次が遥が寝ていた部屋に駆け込んでくる。
「う、うん。 私は大丈夫……。 それより、桜ちゃんは?」
「………………」
金次は黙り込む。
「……………まさか。 まさかだよね?」
金次は何も言わない。
いや、言えないのだ。
認めたくない。
姫がもう帰ってこないなんて……。
「…………嘘」
また、一人……。
遥の大事な人が遥を守るため、遥の元を去っていった。
「……あれ?」
遥が先ほどより感じていた違和感。
その違和感の正体に気付いた。
「ご家老! 南の空が!」
侍従が、金次に報告する。
「南?」
金次は南の空が見える場所に移動する。
「…………………………なんだ、あれ」
巨大な球体の形をした炎と煙の塊が、南の空を覆っていた。
春日山城の南にあるのは不知火城。
「銀……太まで………」
金次は愕然とした。
しかし遥は首を振って言った。
「あれは銀ちゃんの中にずっといた、銀ちゃんじゃない邪の者の仕業……」
「どういう意味……ですか?」
「銀ちゃんの中にずっと潜んでいた魔王と同質の何か……」
「魔王と同質!?」
「手抜川でその存在に気付いていたけど、普段は紛れもなく銀ちゃんだった……。 まさかこんな事になるなんて……」