第一章第53話 不知火城の戦い終
金次は神妙な顔つきをして桜の前にやってきた。
「血相かえてどうしたの?」
「姫、銀太が越州を脱出する好機を作ってくれました。 今すぐ西国……、いえ倭から離れる絶好の好機です。 遥姫共々倭からの脱出を進言致します」
「何言っているの?」
「それが銀太の最後の策です」
「だから何言ってるの?」
「姫、銀太たちの苦労をどうか無駄にしないで頂きたい。 銀太が不知火城で羽柴軍団を打ち破り、魔王全軍が不知火城を囲んでいます。 つまり、脱出する好機は今しかないのです」
「つまり、上杉を捨てろ、って事?」
「御意」
「金次、あなたね……」
桜が睨みつけようとした矢先、金次は土下座をした。
「どうかお願いします! どうか私の進言をお受け入れ下さいませ!」
「金次、あなた……」
「もう、倭は駄目なんです。 倭国には魔王を破る策は後一つしかないんです。 しかしそれは使うわけにはいかない。 なら、大陸の英知に頼るしか道は残されていないんです!」
「……私が大陸に渡り、魔王を打ち破る術を探せ、ということ?」
「……御意」
「残された家臣たちはどうなるの?」
「…………」
「銀太殿ら、不知火城で頑張ってくれている者たちはどうなるの!? 答えなさい、尚江金次!!」
「全てはこの刻の為、銀太が作ってくれた時はこの刻の為なんです!」
「………………」
「姫、ご決断を!!」
「………………………あ」
「あ?」
桜がそう呟く。
桜の視線の先には遥がいた。
「は、遥。 今の話、聞いて……?」
遥はただ無言で立ち尽くしていた。
そして、ポツリと呟いた。
「金次さん、今の話、本当?」
金次は焦った。
遥に聞かれないよう、わざわざ時間を朝方早くに登城したというのに……。
「…………御意」
下手な嘘はこの場合最悪な結果になる。
金次は観念して、返答した。
「は、遥。 銀太殿なら大丈夫だよ。 いつもの奇策で戦終わらせて帰ってくるよ」
遥は転移の術を唱えようとする。
「駄目!」
桜は遥の転移の術を妨害するように、遥に気を当てた。
「や……」
遥はペタンと尻餅をつく。
そして桜をきっと睨みつけ、
「桜ちゃん、なんで邪魔するの?」
目に涙を浮かべそう言った。
「遥、あなた今、神子の奥義使う気だったでしょ? それだけは絶対させないよ」
「邪魔しないでよ! 私は銀ちゃんを助けるんだ! 桜ちゃん、お願い、行かせて!」
「銀太を救う方法ならあります! だから落ち着いてください!」
金次の一喝で桜と遥は金次の方を見る。
遥は金次に駆けより、口火を開くように聞き返す。
「どんな方法? どんな方法!?」
遥の意識が金次に完全にそれたタイミングで桜は遥に気を当てる。
「!?」
遥は薄れゆく意識の中で桜を見やる。
「さ……桜ちゃ……、なんで?」
パタリとその場で遥が倒れ込んだ。
桜はその場に座り込み、
「ごめん、遥……。 ごめん遥……」
そういいながら泣き崩れた。
「姫……。 もう一度言います。 倭国から遥姫と共に脱出を……」
「……金次は、どうするの?」
「………私、ですか。 私は残ります。 私は上杉筆頭家老です。 姫が無事倭国を脱出するまで魔王軍を引きつける役をやりますよ」
「………駄目」
「駄目と言われましてもね。 銀太置いて私だけ生き残るとか、名門上杉の名に泥を塗るようなもんです。 だから私はこのまま戦います」
「絶対駄目! 主命です!」
「その主命、断らせて頂きます」
金次はいつものごとく、飄々と答えた。
「金次……、あなたは絶対駄目です!」
「平行線ですな。 姫は絶対に折れそうにないですか。 どうしましょうかね。 姫、なんで私だけは絶対駄目なんですか?」
「そ、それは……」
桜は俯く。
そして真っ赤になった顔を上げ、大きな声で怒鳴るように言った。
「あんたの事、慕っているからよ!」
「……………………はい?」
冷静沈着な金次がキョトンとして、そして慌て出す。
「ちょ、姫!? 今、なんて言いました!?」
桜の顔はこれでもかと言わんばかりに真っ赤になっていた。
「だから…………死んで……欲しく……ない」
「…………………………」
金次の頭は真っ白になる。
金次にとって桜は、主君とはいえ、わがままな妹という認識で今までいた。
金次は桜が赤子の頃から今まで見てきたのだ。
仮にも主君とはいえ、目の離せないかわいい妹。
そんな関係のつもりだった。
主従。
そして、金次にとって何を差し置いても守らなければならない主君。
そんな存在から慕っていると言われたら混乱する。
「ひ、姫……」
絞り出すように声を出す金次。
落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け………。
私の目の前にいるのは、誰だ?
あの、傍若無人な桜姫?
その桜姫が、か弱く、握ったらぽっきりと折れそうな、不安の塊で私を見つめていた。
「大変、恐縮でございます、姫。 姫の気持ちはわかりましたが、私は上杉家臣。 主君を差し置いて私は生き残るわけには」
「「いかないのです」」
金次の声に桜の声が重なる。
「金次ならそういうと思った。 だから、金次、遥をお願いね」
「おっしゃる意味が……」
金次がそういいかけると、金次の意識が朦朧とする。
「こ、これは……」
「私も神子候補だった。 だから遥の代わりに私が行く」
「姫……、だ、駄目です! 姫!」
朦朧とする意識をなんとか正気に戻そうと、舌を噛み、意識を保とうとする金次。
「大好きだよ、金次。 だから生きてね?」
金次の唇に温かいものが触れる。
それを最後に金次の意識は途切れた。
その頃、不知火城では。
「…………………壮観だなあ」
銀太は魔王軍全軍が不知火城を囲んでいるのを見て、つい口走った。
「保科殿! 如何にしますか?」
隣で吉江氏が問いかける。
「如何にするもくそも、目的は全て達した。 魔王軍全軍がここに着たんだ。 これで後はできるだけ時間を稼ぎ、謙信公とお嬢が越州を脱出するまで時間を稼ぐだけさ」
「まさか保科殿、最初からそのつもりで?」
「ああ、この魔王軍を打ち破る方法、あるか?」
「…………」
吉江氏は不知火城を囲む魔王軍全軍を見る。
とてもではないが、その魔王軍の圧巻ぶりに言葉をなくしていた。
「銀太殿」
銀太は聞こえてはいけない声が背後からしたため、肩をビクッと震わせた。
そして、後ろを向くと、桜が立っている。
「な、な、な、な、な?」
「け、謙信公!?」
「なんであんたがここに!? あんた、大将だろ!?」
桜はニコリと笑う。
「私の親友、遥を頼みますよ?」
「はい?」
「魔王がここにいるのは好都合ですね」
「はい?」
桜は転移の術を使い、銀太の前から消えた。
「…………えっと…………。 ………………!? って、まさか!?」
銀太は思い出した。
桜も遥と同様に神子の修行をしていた事を。
その瞬間、先見の目が勝手に発動し、最悪なビジョンが映し出された。
それと同時に、魔王がいる魔王軍本陣から白い閃光が走る。
神子の奥義が発動していた。
ーーーー父上、母上、虎千代……。
ーーーー今、逝きます。
銀太は床を思いっきり殴る。
先見の目で、桜の最後の言葉が視えたのだった。
そしてその結末さえも。
「吉江殿、春日山に撤退します」
「な、何がどうなって!?」
「ここを守る意味が、ほとんどなくなりました……。 なんとしてでもお嬢だけは止めないと……」
銀太は未だ真っ白な光柱をたてている魔王軍本陣を見やる。
やるせない想いで銀太はその光柱を見つめていた。
「あれは、神子の奥義か?」
秀吉は自軍本陣から立つ光柱を見て呟いた。
「神子の奥義でも、駄目なのか……」