第一章第49話 不知火城の戦い3
小梅の持ってきた情報は捨て置けない情報だった。
尚江金次が起死回生必勝の策を巡らしているという情報。
詳細な内容は上杉軍内に敷かれた箝口令の為不明。
「春日山の動きは?」
「あまり変化はないです」
「保科銀太のように内々に動いている部隊とかは?」
「今の所ないですね」
「…………」
私はあの城にいる保科銀太という男を警戒している。
牡丹を討ったのは紛れもなく保科銀太だし、柴田殿を手抜川でこてんぱんに打ち破ったのも保科銀太の策だ。
すでに魔王軍に手痛い打撃を二度も与えている男だ。
甘く見る道理はない。
何より大殿の魔力を借りた柴田殿をあっさりと打ち破ったあの力。
危険な男………。
「桔梗?」
「え?」
羽柴軍のもう一人の軍師、撫子の声で我に帰る。
「私は流布に惑わされず確実に不知火城をこのまま兵糧攻めで落とす事に専念した方がいいと思いますよ」
「私もそう思う。 けどね」
「けど?」
「私は上杉で警戒しているのは保科銀太だけじゃない。 今までこそ保科銀太の活躍のため陰に隠れているけど、尚江金次も警戒に値する人間だと思っている。 流布の可能性もあるけど、慎重派である尚江金次が仮にも必勝の策と銘うったと言うことが私の判断を迷わせている」
「でも春日山には動きはないですよ?」
「動く時ではないから動いていないだけかもしれない」
「でもほうっておけば不知火城の兵糧は後一週間程度でつきます。 もし動くとしても不知火の兵糧が尽きてから動けばいいんじゃないでしょうか」
確かに後一週間もすればあの不知火城の兵糧は尽きる。
羽柴軍団お家芸、兵糧攻めの飢餓地獄。
単調な策なれど効果は大。
蟻の子一匹通さない包囲網で、敵の士気を挫く荒業。
「銀ちゃん、ご注文の品、お届けに参りました〜」
「サンキュー、お嬢」
「流石に疲れたよ……」
遥はテレポートで兵糧をごっそりと不知火城に輸送していた。
とりあえず一年は保つ量の兵糧に城兵は歓喜の歓声を上げた。
「実際助かったよ。 ちなみにこれは金次の差し金?」
「うん、金次さんに頼まれた」
「相変わらず抜かりの無い男だな。 だけどお嬢も流石に疲れたろ?」
「疲れたけど銀ちゃんも頑張っているしね。 私だって桜ちゃんや銀ちゃんの役に立ちたいもん」
「あ、そうだ。 お嬢、ちょいいい?」
「んい?」
「この手紙を金次に渡してくれ」
遥は銀太の手紙を受け取った。
「吉江殿、今日は宴会しましょうか。 食料も大量、酒も大量。 ドンチャンドンチャンいきましょう」
銀太の発言に吉江氏は目を丸くする。
「ほ、保科殿、いくら食料が大量に届いたとはいえ未だ戦時下ですぞ?」
「ははははは。 いい仕事するためには十分な休養が必要。 これ、俺の上役、お嬢の父親の受け売りですよ。 年中張り詰めていたらいつかは千切れるもんです。 気楽にどっしりと構えましょうや」
そういって銀太は吉江氏に酒を並々と注ぐ。
吉江氏は何か納得はいっていないが久しぶりの酒を飲み干す。
銀太は空になった器に再度酒を注ぐ。
「それに城に籠もってるだけが籠城戦じゃないですよ」
銀太の一言に吉江氏は口に含んだ酒を吹き出した。
「保科殿、何を考えて……」
銀太は口に人差し指を当て、ニヤリと笑う。
「迂闊な反応は今後気をつけてくださいね。 どこで誰が聞いているかわかったもんじゃないんで」
「んじゃあ、私は春日山に帰るね」
「ああ、金次にくれぐれも宜しく」
遥はテレポートを使い、春日山に帰っていった。
「明日、敵の一部が動き出すはずです。 そこを突きます」
銀太は吉江氏のみに聞こえるように呟いた。
「さっきの尚江殿への書状……」
吉江氏の呟きに銀太はニヤリと笑った。
一方、春日山では。
遥から手紙を受け取った金次はその手紙を読み、焼き捨てた。
「?」
その光景を見ていた遥と桜は不可解な金次の行動をとりあえず聞いてみた。
「なんで焼き捨てたの?」
「ええ、読後焼却の事と、書いていましたので」
「読後焼却? あんたら、仮にも一応公文書をなんと心得てるのよ」
桜はとりあえず常識云々を述べるが金次は意に返さず
「姫、出陣の支度を」
「どこに?」
「後で分かります」
「……………は?」
この部下、相変わらず何考えているのかわからない。
けど何時もの事だ。
こういう含んだ笑いをしている時は何か企んでいる時。
伊達に幼少の頃から常に金次と一緒にいた訳ではない。
金次は無意味な事はしない。
今、なぜそうするべきか語らないのは理由がある。
後で吐かせるとして今の所はそれに従おう。
「わかった。 出陣準備」
「御意」
そして場所は羽柴陣営。
小梅が桔梗、撫子、秀吉に最新の諜報で得た情報を伝えていた。
「春日山が動き出した?」
「はい。 出陣準備を行っています」
「出陣ってどこに?」
「それは解りません。 それと不知火城なのですが」
「?」
「宴会をしています」
「はい?」
桔梗は耳を疑った。
後一週間しか持たない兵糧でドンチャンドンチャン宴会をしている。
保科銀太は何を考えているのか?
「神子が食料を一年分不知火城に輸送した模様です」
「……………………そうですか」
撫子はため息を軽くついた。
上杉に神子がいる限り兵糧攻めは無意味という結果まで叩きつけられた。
今まで沈黙を保っていた秀吉は口を開いた。
「保科銀太と尚江金次にいっぱい食わされたな。 犠牲はでるが総攻撃にうつるか?」
「いえ、春日山の動きが気になります。 流布と切り捨てた尚江金次の必勝の策とやらの動きの可能性も有り得ますので。 どんな状態でも臨機応変に動けるよう陣変えを進言します」
桔梗は地図を開く。
現在、完璧といってもいい布陣を、どう崩すか思案する。
あの不知火城にいるのが保科銀太でなければ考えるまでもなく半数を東と北の友軍に合流させたい処だが……。
桔梗が悩んでいるところに撫子が言った。
「半分でいいかと思います」
「駄目!」
撫子の発言を却下する。
「半分も減らしたら駄目。 保科銀太はそれを狙っている可能性を捨てたら駄目」
「でも、北の滝川殿や東の徳川殿は基本的に上杉を甘く見ている帰来があります。 尚江金次に必勝と銘うった策がある可能性があるから警戒せよとは伝えましたがどこまで警戒するか……。 正直、しないでしょう。 その策が実行され東と北の包囲網が破られてしまったら上杉本隊はここに来ちゃいますよ」
戦況は魔王軍が圧倒的優勢にもかかわらず、保科銀太と尚江金次の二人の存在がややこしくしている。
「面白い男らやな、わっはっはっはっは」
秀吉は痛快に笑う。
今河も、西藤も、朝井も、麻倉も、武多すらもなんなく破った。
北条や毛利、本願寺ももはや虫の息。
島津、長宗我部は無傷だが、今の魔王軍の圧倒的力量に叶うわけがない。
開戦すればあっという間に滅ぼせる自信はある。
しかし……。
上杉だけは勝率を八割以上叩き出せる理論がない。
倭統一、最後の障害とでもいおうか……。
「桔梗、撫子」
「はい?」
「なんですか?」
「神子の発動を諦めても構わんだけの逸材と思わんか?」
羽柴秀吉の最終目的は魔王を打ち破り自らが倭国を仕切る事。
そのためには最大の障害である魔王信長の排除。
唯一それが可能と言われている神子の神技。
それを使わなくても魔王信長を打ち破る事が可能かもしれない。
それならばいっそ上杉全軍を羽柴軍団に今のうちに取り込む事も視野にいれるべきである。
秀吉はそう結論付けた。
「無理です」
桔梗は秀吉の案を四文字で否定した。
「お忘れですか? 上杉前党首を暗殺したのは他でもない、羽柴軍ですよ? そのわだかまりを捨ててまで羽柴に上杉が従う可能性は零です」
「……………そう、だったな」
秀吉はそう呟き、その後沈黙した。
「結論から言うと、桔梗。 あなたは保科銀太を警戒しすぎだと思います。 確かに手抜川や牡丹の件はこちらの油断だった事を認めざる得ません。 しかし、その2つの事変で気付いた事なのですが、保科銀太は行き当たりばったりな感じがしてならないのですよ」
「行き当たりばったり?」
「牡丹の件は確かに私たちの油断でした。 しかし手抜川ではどうでしょう?」
「え?」
「あの敗因は哨戒を怠った件にあります。 知らない地の事は入念に下調べをしておけばいくら冬場とはいえ川の水量が少ない事を疑問に思えたはずです。 それを読んでさえいれば、次の手はあの時なかったですよね」
「……………」
「私たち軍師はあの手この手と様々な想定の元、軍略を組みますが保科銀太にはその兆候が見えません。 一回こっきりで終了な感じですよ」
「………」
「殿、私は半数の兵で不知火城を落城させる術があります。 是非私にお任せ下さいませ」
「…………わかった。 竹中撫子、お主に兵を託す。 見事不知火城を破って参れ」
「はい」
「石田小梅」
「はい」
「汝は副官として撫子をしっかり補佐しろ」
「了解です」
「黒田桔梗は更に半数を持ち、北の友軍に合流せよ」
「…………はい」
「残りはワシと東の友軍に合流する。 動!」
羽柴軍団は散会した。
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もうすぐ一章完結が見えてきました。
こんな遅すぎる更新ですのに見捨てず読んで下さった読者様に感謝です。
引き続き提督立志伝を宜しくお願いします。
ちなみに二章はリーズ主体です。立志もくそもありませんが提督話です