第一章 45話
「そうですか、信玄公が逝きましたか」
「…………」
夜半に竹多の家臣、真田昌幸が親不知城に早馬でやってきて信玄の訃報を述べた。
「竹多軍はどうするのですか?」
金次は昌幸に聞く。
本来ならば、畿内に同タイミングで侵攻する予定だったので、それはどうするのか、というニュアンスの問いかけ。
「我々竹多軍団は旗印を失いました。 現状の士気では魔王軍に当たるのは難しいと判断し、躑躅館に撤退を開始しています」
昌幸の報告を静かに聴いていた桜は金次を見る。
「そうですね、残念ですが我々も春日山に撤退しましょう……。 我々上杉だけでは魔王軍に当たるだけの戦力はありませんので」
手抜川、味方川原で魔王軍に完全勝利したとはいえ、魔王軍にはまだ魔王直属の軍団や、魔王本人がいる。
とてもじゃないが、上杉の独力では全てに当たるのは不可能なのである。
「となると共同作戦を行うはずだった毛利にもその旨を伝えないといけませんね。 かといって竹多軍には中国まで行く手段が無いし……」
金次は少し考え込む。
「銀太殿」
金次は銀太を見る。
「ん?」
「毛利殿に我々の撤退を伝えて下さい」
銀太は金次をじっと見つめて言った。
「どうやって?」
「はい?」
「だからどうやって?」
金次はため息をついて銀太を見る。
「手段は一個しかないでしょう……。 遥姫の転移方術ですよ」
「ああ、なるほど………。 だけどな、金次」
「何か問題でも?」
「……………ここで言うわけにはいかないから後でな」
この場には金次に銀太、真田昌幸と上杉謙信しかいない。
昌幸に聞かれて困る話、というわけではないが、上杉謙信こと桜に聞かれるわけにはいかない内容であった。
「ああ、拙者は席をはずしますか?」
昌幸が気を利かせて言ったが、
「いや、昌幸殿、貴殿にもお話が」
「は?」
昌幸はキョトンとした。
「何よ、あんたら……。 私には聞かせられない話ってことかな?」
桜の顔は笑っているが目は一行に笑っていない。
「え〜……、男には男にしかわからない話があるのですよ、さ……、謙信公」
銀太は一応、部外者の昌幸がいるのでいつもの横柄な態度は取らず、一応の礼儀口調で話す。
言ってる内容はいつもとなんら変わりは無いが……。
「………勝手にすれば?」
謙信公は拗ねたような顔をして、退出していった。
「で、拙者に話とはいかな内容で?」
昌幸は神妙な顔つきで銀太を見て言った。
「ああ、ここじゃちょっと。 貴殿を送るついでに話を、と思いまして」
「送るついで? 機密ごとではないのですか」
昌幸は神妙な顔つきを解いた。
「………銀太、あなたもですか?」
金次がふと口にする。
「………まさかお前も?」
二人は頷き合い、乾いた笑いを浮かべる。
「?」
とりあえずなんとなくその空気に置いていかれた昌幸はとりあえず腕を組む。
そして―――。
「はあ、なるほど……。 しかし、そんな内容、他家の拙者に話す内容ではないかと思われますが?」
城下の茶屋で、金次と銀太、そして真田昌幸はお茶をすすりながら話していた。
「いや、竹多の策士と名高い、真田殿なら何か妙案があるのではないかと思いまして」
「………………策士なら保科殿、あなたも同様ではないですか。 手抜川の一戦、聞いたときは中々理に適った策で感嘆したものですが」
「ああ、あれはパクリですから」
「パクリ?」
「考えたのは俺、いや、拙者じゃないので」
「保科殿が師事を受けた方ですかな、あの策を編み出したのは?」
「いえ、昔の偉人っす」
「………なるほど。 しかしそれを実行する行動力は目を見張る者がありますな。 後、爆矢……。 あれも保科殿の名を全国区にした兵器ですな」
「いや、あれもパクリっす、漫画の」
「マンガ?」
「まあ、拙者の世界の娯楽書ですよ」
「兵法指南書が娯楽書? 変わった世界ですな」
「……まあ、反論するのが面倒なんで話を戻したいのですが」
「ああ、申し訳ありません。 で、内容が主君がなぜか不機嫌で話を聞いてもくれない。 どうすればいいか、でしたな」
「声が大きいっす」
「不機嫌の心当たりは?」
「さっぱりです」
「右に同じく」
「ふむ……。 お二方の主君は女性ですからな。 こういう時は経験談を語り、それを参考にって感じで済むのですが、残念ながら竹多主君は男ですから拙者では正解答できかねますが?」
「正解答を求めているんじゃないです。 この事態を脱するための知恵の一片となる回答を聞きたんですよ」
「ふむ……。 そうですな。 ちなみに不機嫌なのはいつから?」
「三日前くらいです」
「右に同じく」
「……謙信公と神子様、同時の時にですか。 それはなんとなくですが共通項がありそうですな……」
「共通項?」
「不機嫌になる前、貴殿らと主君の間で何がありましたか?」
金次と銀太は考え込む。
「んーーー」
「……………………」
二人の思考は泥沼に突っ込んでいった。
「思いつきませんね」
「右に同じく」
「まあ、拙者なりに推察してみましょう。 三日前の貴殿らの行動を話せる範囲でいいので話してくだされ」
「じゃあ、拙者から……」
金次と城内の備蓄について語る、部下と麻雀やって負ける、遥から銀細工をもらう……。
「もらう? その話をもう少し詳細に」
「ああ、えっと……、お嬢がいきなりニコニコしながら近づいてきて、銀細工の首飾りをもらって、お嬢の頭をなでで、お嬢がぶすくれて立ち去っていった……」
「その首飾りは?」
「ああ、これです」
懐から遥に貰った銀細工の首飾りを見せる。
「ふむ……。 なるほど…………。 では尚江殿は?」
「えーーーっと」
城の備蓄を調べていたら銀太がやってきて備蓄について語る、軍需品輸送の手配をする、姫に呼ばれて外套を褒美といって貰う……。
「………外套はどこに?」
「自室にしまってありますが」
「……………」
昌幸はため息をついた。
「な、何かわかったんですか?」
「貴殿らは女心をまるでわかってないですな」
「「は?」」
金次と銀太は顔を見合わせる。
「機嫌を直す方法はただ一つです」
「「それは?」」
翌朝、金次は外套を着用し、銀太は見える位置に首飾りをつけていた。
「………こんなんで本当に機嫌直るんかな?」
「………さあ? 私が解かる訳無いじゃないですか」
銀太は銀細工の部分をいじりながらため息をついた。
金次はヒラヒラする外套を掴み、ため息をつく。
あまりにも不恰好なので二人はさらにため息をついた。
話は戻って
「で、機嫌は直ったんですか?」
私は二人に聞いた。
「不思議なことに」
「なんだったんだろうな、あれ」
桜姫も遥姫もお気の毒に………。
「ちなみに金套さんと銀蝶さんの名前の由来なんですが、それから来ていたりしますか?」
金套は外套を、銀蝶は首飾りをつけている。
二人は顔を見合わせた。
「まあ、その通りです」
金套は私の問いに陰りのある笑顔で答えた。
銀蝶も寂しそうな、切ない顔をして、銀細工の首飾りをいじっている。
失言だったか……。
「金套、銀蝶……、この名前には私たちの決意を込めた名前なんですよ。 私も銀も、この名前にはある意味が入ってるんです」
「ある意味?」
「ええ……」
銀蝶は同調するように頷いた。
「まあ、話して歩いているうちに海軍工廠に着いたな」
銀蝶は目の前の建物を見て呟いた。
「さて、多恵さん、宜しくお願いします」
「宜しくって何をです?」
「俺たちを誰にも見つからないようにこの中に侵入させてくれるんだろ?」
「………いや、無理ですから」
私一人なら出来ないこともないが、こんな目立つ二人を誘導しながらこの海軍工廠の中に連れて行くなんて業、神でもなんでもない私が出来るわけがない。
「多恵様、多恵様」
ふと気付くと、新白衆の部下、沙紀が立っていた。
「沙紀?! あなた、提督の護衛はどうしたの!?」
「その提督からここで多恵様らを待ってるように言われました。 この手紙を多恵様に渡せと言われまして」
沙紀は提督からの手紙を差し出す。
「さすがリーズの旦那だな。 きちんとこういう事態になること把握してやがる」
「まあ、リーズの旦那ですから、これくらいは当然でしょう」
私は提督からの手紙を見る。
「ファラスにいくようにとのことです」
「……………つまり?」
「そこに二人が望む物を置いているから存分に、とのことですね」
ちなみに三人は道中、かなり前にファラスを通過していた。
つまりは逆走。
「さすがリーズの旦那。 わざとだな」
「わざとですね。 とりあえず、ボるだけボりますか……」
金套と銀蝶はこめかみに血管を浮かべて笑い合っていた。
そして……。
「じゃあ、さっきの話の続きをしますか?」
「そうだな。 道中、リーズの旦那の悪口を言うよりは精神衛生上ましだろう」