第一章43話 露天商
桜は金次を呼び出した。
「お呼びですか、殿」
「入りなさい」
「は……」
金次は礼儀正しく入ってくる。
そして周囲を見渡し、誰もいないのを確認すると
ドサ
「ふぅ……。 で、姫、ご用件とは?」
足を崩し、ぶっきらぼうに答えた。
誰も見ている人がいないため、礼儀などは置いといて、楽な体勢になったのである。
「金次、いつもお世話になっています」
「……………はい?」
金次は耳を疑う。
あの傍若無人な主君が、こともあろうに金次にねぎらいの言葉をかけたのだ。
「姫、すぐに医師を連れてきます」
「なんで?」
「だいぶ心労がお溜りの様子……。 臣下として今まで気づかなかった不敬、平に謝罪します」
「…………どういう意味かな、金次?」
「迂闊で御座いました。 まさか姫からそんな言葉が出てきてしまうとは……。 姫は錯乱しているのです。 お気を確かに!」
金次が桜に駆け寄った所で、
ゴン!
桜は金次を拳で殴った。
「不敬もここまでくれば立派ですね、金次……」
「だからっていきなり手が出る姫もどうかと思います」
「………まあ、本題に戻りましょう」
桜はわざとらしく咳払いをした。
「本題と申しますと?」
「今まで尽くしてくれた金次に労いをこめて、褒美を与えます」
「褒美? 出奔を許可してくれるのですか?」
※出奔=ざっくり言うなら逃げ出すこと。
詳しく言うなら家や国から逃げ出すこと。 出奔の許可とかいうのはまずあり得ない日本語。
桜はニコニコ笑って、
ゴン!
「いたたたたた……。 体罰はよくありませんよ、姫」
桜はヤレヤレと肩をすくめ、桜の後においていた布切れを取る。
金次はその布切れを見てキョトンとしていた。
「なんですか、それ?」
「『まんと』という大陸の品物です。 大陸で由緒正しい家柄の殿方が着用するそうです」
「はあ、大陸伝来の品……ですか。 いつ手に入れたんです?」
「そ、それは金次には関係ありません」
「………んー、どっちかというと私は書物とかの方がすきなんですがねぇ……」
「何さらっと自分の好きな物アピールしてるんです?」
「いえいえ、そんなつもりは毛頭ありませんよ。 頂けるんならありがたく頂戴します」
桜は金次に外套を手渡す。
「着て見せてください」
「この場で?」
桜はニッコリと頷く。
(いいですか、お客さん。 この『まんと』を付けた者はその『まんと』を贈った相手に惚れ込みます。 身分なんか関係ない。 その情熱な想いは主従の壁ですらぶち破る、禁断の縁結び道具なんですよ。 お客さんの想い人に贈ってみてみなされ。 たちまち御客さんしか見えなくなりますから)
金次は外套を繁々と見つめる。
「ああ、『まんと』って外套の事ですか」
「外套?」
「大陸ではわりかし『ぽりゅらー』な衣装との事です。 『ぽぴゅらー』ってどういう意味かよく知りませんが」
金次は外套を着込む。
金次の背丈にぴったりではあるが、和装の上に外套はやはり不自然だった。
「これでよいですか?」
外套をヒラヒラとさせ、桜に見せる。
「どうですか?」
桜の問いを着心地について問いているのだろうと判断し、率直な感想を述べる。
「まあ、防寒具としては暖かいかと。 しかし夏場は蒸れそうですね」
「いや、そうじゃなくてね……」
「そうじゃない?」
「なんか、こう……燃えたぎるような心地にはならない?」
「燃えたぎる? この私が?」
「あれ?」
桜は考え込む。
「どうかなさいました?」
「…………金次、なんとも無いの?」
「何が?」
金次が不審そうな顔をする。
「い、いや、なんでもない。 とりあえず下がって」
銀太はヤレヤレと肩をすくめ
「はいはい、わかりました」
そういって退出した。
一方同じ頃……。
「銀ちゃん!」
銀太の部下と麻雀を打っていた銀太に遥が駆け寄る。
この世界に麻雀がある理由はただ一つ。
銀太が暇つぶしに広めたからである。
稀に、怪しげな役とか、点数がおかしいのは銀太の仕様である。
「あ、保科様、それ、『ろん』です」
「な!?」
にやりと笑う部下。
悔しがる銀太。
「保科様、『かわ』の読みが甘いですね。 まあ、役満に振り込んだんだから相当のお覚悟を」
「ぐ……」
遥は卓上の麻雀牌を見る。
木材を麻雀牌の大きさに揃えてあり、文字が色々書き込まれている。
「いちたけ? さんまん? 北?」
牌の読み方をよく知らない銀太がとりあえず手書きで間違った読み方を書いていた。
「で、お嬢。 どした?」
「今忙しい?」
「ん、いや。 これ以上やってたらすってんてんにされるからやめるところだけど」
銀太は基本、ギャンブルではそこまで熱くならない。 引き際を良く心得ており、深くのめりこむ性質ではなかった。
銀太の部下はぶーぶー文句を言っているが、気にせず遥の頭を撫でた。
「で、どした?」
「うん、銀ちゃんに贈り物があるんだ」
「贈り物?」
「これ」
遥は蝶の銀細工をネックレスにしたものを銀太の首につけた。
銀太は蝶の銀細工を手にとってまじまじと見つめる。
「ありがとな」
遥の頭をポンポンと優しく撫でた。
(いいですか、お客さん。 大陸の偉大なる魔法といえば傷を癒したり、火を出したりと幻想的な響きですが、実際にはちゃーむなる魅了の魔法もあります。 その銀の蝶は自分を子ども扱いする想い人の心を刺激し、さなぎではなく、成長した一人前の女として扱ってくれます。 わたしの女房は姉さん女房でしてね、私を子ども扱いしていたんですが、これを送ったら一人の男として扱ってくれたんですよ。 効果は私が身をもって証明しました)
銀太は遥に言った。
「もうそろそろ寝る時間だろ。 おやすみ」
「………………あれ?」
そして………。
「桜ちゃん………」
「遥も?」
「私たち」
「騙されたみたいね、あの詐欺露天商に……」
二人はため息をついた。