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第一章42話 親不知城にて

「上杉軍、完全勝利……。 さてさて、殿はどう動かれるんでしょうかね」


 竹中撫子は手抜川の戦いを高見の見物をしていた。


「桔梗がうまくやってれば我が殿は処罰されないでしょう。 いえ、それどころか、唯一の功労。 これで我が殿は織田家の中で一番の発言力を手に入れますね」


 竹中撫子は銀太を眺める。


「ただ、唯一の懸念は保科銀太。 柴田勝家を葬ったあの力……。 あれは大殿と同格? 何にせよ放置は危険ですね」


 撫子は扇子を広げては閉じを繰り返す。

 撫子が考えをまとめている時の癖だった。


「………………。 小梅?」


 竹中撫子が後を振り返る。 そこには石田小梅がいた。


「たった今、徳川・明智連合が竹多に敗れた連絡が来ました」


「やっぱり負けましたか……。 ところで桔梗の首尾は?」


「うまくいったそうです。 ところで撫子さまの方は?」


「私のほうは無理ね……。 あの男が謙信の傍にいる以上」


 石田小梅は竹中撫子の目線を追う。

 そこには銀太がいた。


「牡丹様を討った男ですね。 あんな男が出現した以上、下手な工作はこちらが危険ですか……」


「でも収穫はありました」


「収穫?」


「上杉と事を構えるのは殿の為にならない……。 戦って屈服させるだけが全てではありません。 私たちは非力なんですから、保科殿には私たちの代わりに踊ってもらえばいいんですよ」


 パチンっと音を鳴らして扇子を閉じる竹中撫子。


「さて、どう動きますか……?」


「え?」


 竹中撫子は微笑みながら言った。



 手抜川の合戦から一週間が経過した―――。

 上杉軍は竹多から連絡が来るまで進軍を止め、手抜川最寄の城、親不知城で休んでいた。


「竹多からの連絡、遅いですね……」


 金次は兵糧とにらめっこしながら隣にいる銀太に呟いた。


「まさかあんだけ大口叩いていながら負けたなんておもしろいオチだったりしてな」


「……縁起でもない」


 金次は銀太の軽口に突っ込みを入れつつ、手に持った紙に兵糧の残り具合を書き込んでいった。


「ふむ……。 まさか親不知で一週間留まるとは思っていなかったですからね。 兵糧はともかく油がやばいですね」


「多めに持ってきていたんだろ?」


「無論、多めに持ってきていました。 しかし油ばかりは高級品ですからね。 余分に買うわけにもいかないのですよ……」


「じゃあ、どうするんだ? 夜は真っ暗になるだろ」


「まあ、節約を考えればそれも手ですが……、事務方や、記録方の仕事に支障が出ます。 彼らが昼夜問わず働いてくれているおかげで我々は安心して遠征できるのですから」


「んじゃ、ちょっくら城下で買ってくるか?」


「何をバカなことを……。 親不知の油相場は春日山の六倍ですよ? そんな無駄使い、兵站を預かる者として許容出来ません」


「じゃあどうするんだよ?」


「補給線を増やしましょう」


「増やす? どうやって……」


「今まで陸路で補給物資を輸送していましたが、海路でも運ぶんですよ。 コストはかかりますが」


「城下でなんで買わないんだ? 油は確かに高いかも知れんが食料とかは春日山と親不知、どっこいどっこいだろ?」


「確かにそうです。 でも、私らが親不知にある食料を買うとどうなると思います?」


「親不知の町の経済が活性するんじゃないの?」


「まあ、一時的にはそうでしょうがね」


「一時的??」


「親不知の町は生産力が高い町とは言えません。 春日山の十分の一も満たしていない町の食料を我々が頼るとどうなるか、聡明な銀太なら解かるでしょう」


「すまん、解からない」


「親不知の町にある食料が尽きます。 そうなると民たちに食料が行き渡らなくなる。 それは我々が抱える兵たちにも同様。 そうなると兵は数少ない食料を民から略奪します。 数少ない食料を略奪された民は我が上杉にどんな感情を抱くでしょう?」


「なるほどね……。 そこまで考えていたわけか」


「民なくして国は成り立たない。 民のいない君主は張りぼてです。 風が吹けば倒れる張りぼて……」


「まあ、倒れるわけにはいかないわな」


「はい」


 二人は兵糧庫から出て、武器庫に入る。


「んーーーーーーー。 爆矢は戦力になるんですが、維持費が高いですね……」


「まあ……、火薬使ってるからなぁ……」


「こればかりは海路で運ぶわけには行かないですし、雨の日の輸送も出来ないし……。 なにより湿気に弱すぎます。 手抜川で使える爆矢は全部使ってしまったんでしょう?」


 金次は爆矢の矢を持つ。


「ふうむ……。 湿気てますねぇ。 春日山から持ってきた爆矢半分が使い物にならなくなるなんて火縄より維持費高いです」


「火縄より威力は保障するがね」


「射程は火縄より無いでしょう……」


 さらにいえば爆矢は通常の矢に比べ火薬の分だけ重量があり重い。

 通常の矢を射るのと、爆矢を射るのでは経験値がかなり必要な使いにくい武器だった。

 今回の遠征で爆矢の弱点が露呈された。


「篭城ではもってこいでも、野戦ではあまり使い勝手が低い……。 上杉の正式装備に採用するわけにはいかないなぁ……」


 金次はため息をつく。


「ん? 正式装備にするつもりだったのか?」


「いや、無理ですよ」


「そりゃそうだろう」


 銀太はあっけらかんと答えた。


「そもそも射程に、維持費、そして使い勝手の悪さ。 使ってる俺が保障するんだから間違いない」


「………そんなことでいばらないでくださいよ」


「………そういや思い出した」


「どうしました?」


「うちのお嬢知らない?」


「いえ、知りませんが?」


「…………桜姫は?」


「銀太が相手してる者とばかりおもっていましたが?」


「…………………」


「………………」


 二人は揃ってため息をついた。



 親不知城下町―――。


「♪〜〜〜」


 桜と遥は町娘の姿をして城下町を散策していた。


「桜ちゃん、桜ちゃん、見て見て♪」


 遥が指を差したのは大陸製、豚の硝子細工だった。


「わーー。 すごいね、これ」


「いらっしゃい!」


「お兄さん、これいくら?」


「これはかの甲州、竹多信玄の所有物、硝子豚。 お嬢さん方のお小遣いじゃ、全部出してもたりないねぇ」


「うーーーん、やっぱり高いねぇ……」


「ほかに私たちで買えそうなものはない?」


 桜が露天商の男に聞く。


「そうですねぇ……。 いまどれほどお持ちで?」


 二人は顔を見合わせて、今の持ち金を言った。


「ふむ、ならこれなんかどうだい?」


 露天商は外套を取り出した。


「大陸で騎士と呼ばれる職が好んでつけている『まんと』とかいう布さ」


「大陸の『まんと』かぁ……。 どうやって着るのかな」


 桜は外套を腰に巻いたり、腕に巻きつけたりする。


「それは肩にかけるものさ」


「肩?」


 桜は外套を肩にかけてみる。


「…………ん〜〜〜」


 小柄な桜には大きすぎてブカブカで、あまりにも不恰好だった。


「……………似合ってますよ、お客さん!」


 軽い沈黙の後、露天商が愛想笑いをしてそういった。


「そ、そう?」


「ただでさえ、美しいのに、『まんと』付けたらもっと美しくなりましたね。 お客さん、これなんですがね、実はある逸話がありまして」


「逸話?」


 露天商はそっと耳打ちをする。


「…………………え!?」


 素っ頓狂な声を上げる桜。


「し! 声が高い!! いいですか、お客さん。 美しいお客さんにだからこそ話したんですよ」


 桜は少し考えて、


「………買った」


「毎度あり!!」


「………桜ちゃん、なんて言われたの?」


「え? 秘密、秘密♪」


 桜は外套をぎゅっと握り締めていた。


「………………」


 不信そうに露天商を見る遥。

 露天商は気にせずごそごそと荷物から銀細工を取り出して遥を見てニッコリと微笑む。


「そっちにお客さんにはこれがお勧めだよ」


「え?」


 急に自分に話題を振られた遥はキョトンとして露天商の持っている銀細工を見る。

 その銀細工には蝶が彫っていた。


「蝶?」


「大陸で蝶は特殊なモノなんですよ。 大陸で最も大きな国であるヴィンセント帝国の王家の家紋にも蝶がいますしね。 これはそのヴィンセント帝国の魔法文明が作り上げたお守りなんですよ」


「お守り?」


 露天商は例の如く、遥に耳打ちをする。


「へ!?」


「本当ですよ、効果の程は私が実証済み。 買わないんなら買わなくてもいいですが」


 露天商は不敵に笑う。


「買う! 買います!!」


「毎度!!」


 遥は蝶の銀細工を受け取り、ニヘラニヘラとしまりの無い笑みを浮かべていた。


「じゃあ、私はこれで」


 露天商は荷造りをし、そそくさと立ち去っていった。



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