第一章39話 きのこ雲
核爆発によるきのこ雲は春日山からも見えた。
強烈な爆発音が聞こえ、銀太は急いで高台に登り、きのこ雲を見る。
「なんてことを……」
このきのこ雲を見て、何が起きたのか理解したのは銀太のみ。
「あそこ、室町だよね。 私見てくる!」
遥がそう銀太に告げ、瞬間移動を試みようとしたが、銀太は大きくどなった。
「行くな!!!」
この世界に来てしばしば感情的に声を荒げていた銀太であったが、この一言はこの世界で、いや、遥が銀太の長い付き合いの中で初めて聞いた声量であった。
「ぎ、銀ちゃん?」
銀太は唇から血が出るほど噛み締め、手をワナワナ震わせていた。
「本願寺……、いくらなんでも……」
一方、岩山本願寺……。
本願寺の高台からも大きなきのこ雲が望めた。
「あれが、天を焼く炎!! 仏の怒り!! 最大級の仏罰!! 灼熱地獄!! わっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
顕如はきのこ雲を見て大笑いする。
「本願寺が最強最大の切り札。 仏罰の業火!! 魔王とはいえ、灰塵と化すわ!! この聖戦、我々の勝ちである!!」
「法主、室町に遠征していたリッケル殿、ご帰還です」
「おお、おお……。 英雄が帰ってきましたか」
顕如は側近に満面の笑みで答え、遠征に出ていたリッケルを迎えるべく評定の間に早足で出迎えた。
「法主、ただ今帰りました」
「うむ、うむ……、ご苦労でした」
「それと法主。 この戦で雑賀孫一、下間屯念、本願寺京如らが討ち死に致しました」
「………そうですか、孫一らが……。 だが、魔王を倒した犠牲としては致し方ないことです。 それで足利の将軍はご無事ですか?」
「誠に残念ながら、足利の将軍様もこの乱戦で討ち死にしております」
「…………辛く、大変な戦いでした。 しかし将軍も民を守護する侍の大将。 覚悟もあったでしょう。 己の命と引き換えに平和を勝ち取ることが出来たのだから武士としては本懐です。 リッケル、ご苦労様でした」
リッケルは一礼した。
「魔王を討ったとしてもまだ美濃の国には魔王の旗下の魔族が残っております。 核の再使用の許可を頂きたいのですが」
「………美濃はもはや人はいないと聞いております。 大地を焼くのはあまり奨励できませんが、我々人間にとって害悪な地ならば致し方ないことです」
場所は変わって春日山。
「銀太殿、あのきのこ雲知っているようですがご説明を頂きたい」
金次は銀太に問い詰める。
「………説明……、か。 あのきのこ雲は核爆弾による核爆発を示すきのこ雲だ」
「カク?」
「俺がいた世界で使用されたのは二度。 その二度は俺の国に落とされたんだ。 その悲惨な過去を持つ俺らの国は核の脅威を全ての子達に伝え、俺の国ではどんな理由があろうと使わないし、作らないという法律も出来たくらいでね」
「能書きはいいです。 あのきのこ雲の下の民はどうなったのです! 将軍様をはじめ、都の民草らは」
「あのきのこ雲の下はだれも生きてはいない。 一瞬で蒸発したか、爆風で吹っ飛ばされたか、だな。 そして、きのこ雲の外部の人間も放射能という、簡単にいうと毒に犯されて、やがて死ぬ」
「な、なんと!?」
「………わかりました。 では、医師や薬師を派遣し、毒に侵された人々を助ける救護隊を編成しましょう」
桜はそう告げる。 永生家風の弱きを助け、強きを挫く。 その家訓に則った対処であったが
「残酷なことを言わせて頂きます。 救援隊も放射能に侵されますし、この世界の医学ではこの毒を排除できる術はありません。 俺の世界ですら放射能を大量に浴びた人間を救う医療法は確立していないのですから」
「では銀太殿は苦しむ民を見捨てろ、というのですか?」
「二次災害を防ぐためです。 間違えても都、いや……北畿内の出入りは厳禁です。 民ら、いや近隣大名にもその触れを回してください。 あの核爆弾に関してはこの世界で俺より詳しい人は少ない。 絶対に被爆した北畿内には近寄らないで下さい。 放射能がどれくらい残るか俺の保有する知識ではありませんが、向こう10年は北畿内へ入ることは辞めた方が無難です」
「………ですが」
「いいですか! 俺が最も恐れているのは二次災害なんかより二発目です!! 俺の世界では他国の威嚇、牽制で装備している国はありますが、絶対に使わない。 余程なバカな指導者で無い限り知っているからです。 核によって世界中の生物が死に絶えることを。 そして一発使ったら、もう一発発射する為のトリガーが極めて軽くなることを! 金次、お前も武士ならわかるだろ! 初めて人を斬った時と次に人を斬った時の重さの違いを!! これは倭国が核によって滅びるかどうかの瀬戸際なんです!! 本願寺に警告を!! 奴らは必ず二発目をなんのためらいも無く使う!! 二発目の次は三発目!! 三発目の後は四発目!! 次々トリガーが軽くなる!! 一の命を救う為に何百万の命を捨てる、そういう問題なんです!! まず上杉がやることは周辺、いや、残存する全ての大名家に畿内入り制限の警告。 そして本願寺の押さえ込みです!!」
銀太は興奮しながら捲し立てた。
桜は金次を見る。
「姫、銀太殿の世界の武器です。 我らより銀太殿の方が詳しい。 彼の意見は正しいと思った方がいいでしょう。 そしてなによりあのカクとやらを春日山に向けて撃たれるわけには行かないし、我が領民が事情を知らず北畿内に入り、毒に侵されてしまっては元も子もない」
「…………わかりました。 大至急、北畿内封鎖と主要大名に警告を」
「桜姫……、いえ、謙信公。 警告の文を送る際はこの一言も加えてください。 魔王、尚も健在也、っと」
「……………ぇ?」
「ぎ、銀太殿……。 さっき自分で言ってたじゃないですか。 あのきのこ雲の下で生きてる者はいないと……」
「言いました。 だけど、生きている者は仕方がない。 そしてその事実を本願寺は知らんでしょうな。 だからなお更二発目が怖い」
「生きているという証拠は?」
金次は銀太に詰め寄る。
「証拠なんかないさ。 ただ、生きているのは間違いない。 例えば、あのきのこ雲の下にいた魔王が影武者だったとしたら……とかな」
「しかし、推論で警告文を諸国に出すわけには……」
「桜ちゃん、銀ちゃんの言ってることは本当だよ。 だって感じるもん。 魔王はまだ生きている」
「遥、本当なの?」
遥は頷く。
「私、神子だよ」
「………そう、だったね」
桜は頷く。
「金次、すぐに各大名に送る文を書きなさい。 大至急!」
「え、ちょっと、姫」
「遥が生きていると言ったら生きているということです。 遥は対魔王切り札として育てられた神子。 その神子が魔王の気を感じるというのならこれほど正しい情報はありません」
遥はコソっと銀太に小声で聞いた。
「銀ちゃんはなんでわかったの?」
「…………勘」
「嘘」
「……勘だって」
「嘘」
「…………なんで嘘って?」
「魔王が生きてるって確信してたよね。 私だって銀ちゃんに言われるまで魔王が生きてると確信できなかったもん」
「…………男の第六感だよ」
「そんな曖昧なもので確信めいて言うわけ無いじゃん」
「……………」
銀太は腕を組み、考え込む。
なんで魔王が生きてるって確信できたのか……。
理由はわかっている。
しかしそれを認めるわけにはいかなかった。
そしてそれをこの娘に言うわけには行かなかった。
答えに至っているが、その答えを信じたくない。
その答えを口に出したら、全て、保科銀太という存在が終焉を迎えるから……。
美濃国、岐阜城。
「本願寺め、おもしろいおもちゃを持ってる」
魔王信長は岐阜城の屋根で酒をあおり、未だ晴れぬきのこ雲を見ていた。
「お呼びで御座いますか、大殿」
魔王の背後から二人の男が出てきた。
「おう、見ての通り俺は動けぬ」
魔王は左半身を見せた。
信長の左半身は焼けただれ、思わず目を覆いそうになる程酷い有様だった。
「そこで、我健在を示すため二人には戦に出てもらおう」
「本願寺を攻略ですな?」
「いや、楽しみは取っておこう。 侍の大元、室町が倒れた今、脅威は竹多、上杉か。 ここを破れば人間どもは畏怖しよう」
「竹多……。 最強の軍団ではありませんか。 それに上杉はその竹多と対等に渡っている国。 骨ですな」
「自信ないのか?」
「まさか……。 大殿から頂いたこの肉体と軍団が人間如きに敗れるはずありませぬ」
「よく言った。 勝家、お主は上杉を滅ぼせ……。 家康は竹多だ」
「御意」
「畏まりました」
勝家と家康は下がっていった。
信長は酒をグイっと一気に飲み干し、一言言う。
「……猿、うぬは不服そうじゃな」
「め、滅相も御座いませぬ」
「上杉を勝家に任すのは不満か?」
「……………」
「ふん。 ならば、勝家に付き従い、上杉攻めに参加せよ」
「か、勝家様の下で、で御座いますか?」
「不服か?」
「いやはや、正直言いますと、わたしゃ、勝家様、並びに家康様では今回の戦、ちと荷が重いと思われますが」
「ほう?」
「確かに上杉は御舘の乱によって疲弊しております。 しかし、上杉はそれでも北国最強の雄。 猪突猛進な勝家様が手玉に取られるのは目に見えておりまする。 そして竹多は戦国最強騎馬軍団を有しております。 速き事風の如く、静かなる事林の如く、侵略する事火の如く、動かざる事山の如し……。 風林火山の竹多は倭国最強の軍団。 家康殿は確かに智謀には長けておりますが、やはり器が違います」
「主は負けると見るか」
「御意」
「ふむ、家康には光秀を、勝家にはうぬをつけよう。 織田軍たるもの負けは許さぬ。 負け即ち我が逆鱗に触れると知れ」
「は、ははーーー!」
秀吉は平伏し、信長の背後から立ち去る。
「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ……。 とんでもない役をおおせつかったものだわい」
秀吉はバタバタと部下の待つ一室に向かった。
「殿? いかがされました?」
竹中撫子は秀吉がただならぬ形相で入ってきたので嫌な予感がしつつも聞く。
「おう、撫子。 我らに出陣の下知が下った」
「出陣? どこにです?」
「上杉じゃ」
「上杉!?」
福島瑠璃は上杉の言葉を聞き、立ち上がる。
「牡丹の敵討ちが出来るのですね。 ぜひ私を陣にお加えくださいませ」
蜂須賀百合も福島瑠璃に賛同するように言う。
「私も牡丹の敵を取りたく存じます。 ぜひ陣にお加えくださいませ」
しかし黒田桔梗はため息をつきながら言った。
「殿、大殿に余計なことを言って決まった出陣ですね?」
「……桔梗、主は大殿とのやり取りをみていたのか?」
「いいえ。 ただ殿なら、勝家様や家康様では荷が重過ぎるのでは、とか言ったんじゃないですか?」
石田小梅もジト目で秀吉を見る。
竹中撫子はクスクス笑う。
「なんじゃ、撫子、小梅?」
「毛利家牽制の為、西国に羽柴軍団の半数を送っているのをお忘れですね、殿。 紅葉様、多分呆れますよ?」
秀吉の妹、羽柴紅葉は毛利・本願寺牽制の為、羽柴軍団半数を従え姫路にいる。 つまり、ここを疎かにする訳にはいかないので秀吉が動かせる軍勢は最大で従来の半分だった。 勿論、半軍全てを動かすわけには行かない。 美濃にも防備の為半分の半分を残しておかなければならないため、実際動かせるのは全軍の四分の一だった。
「……………大殿に見栄を切るのは構いませんが、もうちょっと考えて発言してほしいものですね」
黒田桔梗は嫌味ったらしく秀吉に言った。
「むぅ……。 如何したものかな?」
竹中桔梗は扇子を口にあて考え込む。
「まあ、敗戦の責任を勝家様に押し付ける方向で行きましょうか」
「桔梗……、戦う前から敗戦など口にするでない。 ワシの首が飛ぶ」
「では殿は上杉に勝家様が勝てると思っていますか?」
「…………ま、無理じゃろうて」
「なぜです?」
「まあ、上杉は竹多と対等に戦い分けた軍勢じゃからな。 いくら御舘の乱で疲弊しておると言っても……」
「御舘で疲弊? 上杉が?」
黒田桔梗は腹を抱えて笑い出した。
「な、何がおかしい?」
「殿、違う違う。 上杉は疲弊なんてしてませんよ。 逆に悪臣を切り捨て、より強固に強大になってしまいました。 新しく上杉を継いだ上杉謙信、その配下、尚江金次、保科銀太。 さらに伊達の将兵も上杉に加わっており、油断のならない人材多く、下手したら竹多に匹敵します」
「…………だが、負けるわけにはいかん。 負けるのはワシの首が胴体とお別れを意味する」
「殿、上杉攻めの総大将は柴田様でしょう? なら話は簡単です。 柴田様の意見全てに楯突いてください」
「は?」
「そうすれば殿は上杉攻めから柴田様の手によって外されます。 そうすることで責任は全て柴田様が取っていただけます」
「しかし、織田家中で戦いの前から分裂するのはそれはそれでまずくないかの?」
「ならば、殿の首は胴体とお別れです」
「………解かった。 ワシもまだ死ぬわけにはいかん。 それでいくか」