第一章33話 上杉謙信
厳粛に、桜の関東管領職就任の儀が執り行われる。
永生景虎の正体が、景虎の実姉である桜だったことに驚いた上杉憲政だったが……。
「女子とはいえ、今までの忠義見事。 麿の決意は変わらぬ……」
と、言い放ち、関東管領職就任の儀を続行した。
「今日より、上杉謙信と名乗るが良い……」
「……はは!」
しかし、予想通り、永生改め上杉家臣団には衝撃が走る。
君主と仰いでいたはずの者が、聞いたことも無い景虎の実姉を名乗ったのだ。
「景虎様に、姉がいたなど聞いたことが無いぞ! 女、何者ぞ!!」
一方、国賓として就任の儀に参加していた竹多信玄は豪快に笑う。
「思い起こせば、第四次山中の合戦の折、単騎で突入してきた若武者が実は女子であったとは……。 これは愉快、愉快!」
信玄は第四次山中の合戦で桜率いる永生軍と戦ったことがある。 その時、策を用いたにも関わらず、見事打ち破られ、信玄の本陣に総大将自ら突っ込んできたことがあった。
信玄はその豪胆な精神と、戦いを舞の様に舞う敵国の総大将に見惚れていた。
「新たな好敵手が、女子であったか。 神助、昌幸……、如何思う?」
「上杉は割れるでしょうなあ……。 上杉は家臣団に恵まれていませんから」
そう答えるのは、竹多家中きっての策士として定評のある真田昌幸。
余談だが、かの有名な真田雪村のパパ君である。 作者は戦国時代で最も好きな武将は誰かと言われると、問答無用で真田昌幸を上げる。
大河ドラマ、真田昌幸やらないかな……。
おっと、話を戻します。
「ワシのきつつき戦法を破ったのがあの女子だったとは……」
よぼよっぼの翁が桜を見ながら感嘆する。
この翁は山本神助。
竹多軍の軍師であった。
信玄は何を思ったか席から立ち上がり、桜の元にずんずん進んでいく。
「信玄公……。 儀式の最中でございますが?」
桜は信玄に向かって言う。
「はっはっはっはっは……。 その豪胆さは山中島で見た以来か。 気に入った。 ワシの嫁になれ」
ザワ!
場が凍りつく。
「御戯れを。 私は毘沙門天に生涯独身で誓った身」
「ワシと婚儀を行えば、竹多が後ろ盾となる。 邪な輩が出ることはなかろうて」
「邪な輩はあなたで御座いましょう? 私があなたの元に行けば労せず越州を手に入れる事が出来る。 あわよくば関東管領職もあなたが受け継ぐことが出来る……」
「ふん……。 ワシを小物のようにいうか。 そんなつもりは毛頭ない。 時代が時代なら、その両方とも実力で手に入れることが出来る」
「ええ……。 時代が時代ですから。 上杉と竹多はもはや盟主同士。 宿敵魔王を討つまでは仮初めとはいえ友邦」
「魔王を討った後、汝をさらいに越州へ行く……」
「魔王を討った後、いくらでも迎え撃ちましょう。 お望みなら甲州躑躅館まであなたの首を討ち取りにはせ参じましょう」
「わっはっはっはっはっは」
桜も静かに笑う。
信玄が桜に求婚という珍事があったものの、無事、関東管領職就任の儀は終わった。
「びっくりしたなぁ……、信玄のおっちゃん」
桜は控え室で遥にそう漏らした。
「信玄のオジサマ、女好きだからねぇ……。 桜ちゃんも求婚されちゃったか……」
「も……って、遥も?」
「躑躅館に遊びに行ったら、しょっちゅう求婚してくるんだよ。 困った人だよね」
「ホント……。 戦場では渋い人だなって思ってたのに、第一印象なんか当てにならないね」
バタン
いきなり扉が開き、ズカズカと銀太が入ってくる。
「な!?」
「ぎ、銀ちゃん! 今、桜ちゃん、着替え中……」
いきなり銀太は桜に向かって刀を抜き、そのまま桜の左方に振り下ろした。
ガキン!
「く!」
銀太の振り下ろした刃先に、少女が刀で銀太の刃を防いでいた。
「あんたのチカラは透明化かい?」
「なんでわかった?」
「なんでだろうね、お嬢ちゃん」
「ぎ、銀ちゃん……、だれ、その娘?」
「お嬢、桜姫……、ここは任せて、あっちの方に行っててくれると楽なんだが……」
「え……?」
「銀太……、ひょっとしてそいつが昨夜言っていた?」
少女は銀太の刃を退けて、桜に向かって行く。
「させねぇって!」
銀太は少女の前に回りこむ。
「お嬢!! 早く姫を外に!!」
「う、うん!」
遥は桜を引きずるように部屋の外に連れ出していった。
「く!」
「そりゃ、透明化してりゃ暗殺とか忍者以上に高確率で成功するわな……。 あんただろ、桜姫の家族を殺したのは……」
「………あんたが銀の竜か。 あんたも閻魔丸を飲んだ口ね?」
「ぴんぽーん。 牡丹ちゃん」
「……な!」
銀太は少女の名前を言った。
そのことで牡丹は動揺する。
「なぜ私の名を知っている!?」
「なんでだろうね?」
銀太は飄々と答えた。
牡丹は混乱していた。
(こいつ……、何? この私が気合い負けしている?)
牡丹は羽柴家臣団では福島瑠璃と並ぶ武芸者であった。
腕にはかなりの自身があり、男ごときに遅れを取るわけがないと、自負していたのだが、この目の前の男になぜか恐怖を覚える。
こんな負の感情、生まれて初めてだ。
ここは、逃げるしかない。
牡丹は再び透明化を計るが、銀太はすぐに透明になっている牡丹に向かってまるで見えてるように刀を振りおろす。
「く!」
「無駄だって」
「なんで見える?」
「なんでだろうね」
銀太は牡丹を小ばかにするようにくすくす笑う。
「銀太殿!」
金次が数人の兵を引き連れ、控え室に乗り込んできた。
「遅いよ、金次」
金次も刀を抜く。
「お前は魔王軍の羽柴軍団の加藤牡丹……。 お前が御館様たちを!!」
「参ったね……。 名前どころか、所属もばれちゃったか」
牡丹は刀を構えた。
「殿……、申し訳御座いません。 殿の天下、見れずに牡丹は世を去ることをお許し下さい」
そういって、牡丹は自分の刀で自害した。
「……下手人は死にましたか」
「ああ、だが、黒幕はまだだな……」
「魔王信長と、羽柴秀吉……ですね」