第一章30話 銀の決意6
「面白い素体をよく見つけてきたものだ」
「あの地に試験的に放った、F−3642の暴走を止める手駒になるかと」
「F−3642か。 あれはお偉い方のはしゃぎすぎによってこっちが手をつけにくくなった素体。 制御が効かぬ上、これからの計画に支障をきたす……。 全く、不相応なおもちゃをお偉方に与えたことで余計な手間がかかった」
「かという我々も危うく責任を連座されるところであったな。 この処置、抜かるでないぞ。 万が一F−3642を排除できなくば、我々の首は胴体から離れることとなる」
「それはぞっとせぬな……」
「それで、この素体はどこから拾ってきた?」
「閉鎖空間に落ちていた」
「……ふむ。 こいつとしては我らに拾われた事は正に九死に一生というわけか」
「……こいつは運がいいのか、それともこれからの運命を呪うのか……」
「まあ、これにはF−3642を排除するという大事な役割がある。 して、プランは?」
「ふむ、そうさな。 最低でもF−3642と同等程度の出力は必要だろう。 しかし、力に自覚させて覚醒させるとF−3642と同じテツを踏むこととなる。 それに対する対処方法はあるか?」
「自我をなくすのが手っ取り早いだろう。 しかしその手は基本ダメだろうな」
「自我をなくす。 すなわち生体CPUの取り付けでは、素体が学習しない。 F−3642に返り討ちにあうだけだ」
「ならば自我は残すか。 しかし、そのまま覚醒させてしまったらF−3642に取り込まれる危険もある。 やれやれ……。 難しいな」
「ん? 素体の仮死が溶けるな……」
「ほお、自力蘇生か。 生命力は豊富なようだ」
「………」
な、なんだ……。
眩しい……。
頭が痛い……。
「おはよう、F−9678」
なんだ、F−9678って……。
意識が朦朧とする……。
「おめでとう、君は英雄だ。 我が国にとっても、あの国にとってもな」
英雄……?
……何の話だ?
「F−3642と同等のポテンシャルを授けよう……。 君はそれを用いてF−3642を駆除する大役に選ばれたわけだ」
駆除……?
何のことを……?
「彼の世界で魔王と呼ばれ粋がっているF−3642を駆除するという栄誉ある仕事につけて誇りに思うが良い。 くっくっくっくっく」
不快な、笑い声……。
目がだんだんと見えてきた。
目の前には白衣を着た男が二人……。
俺は、今、手術台に寝そべっている、状態……。
ああ、今俺は手術されているのか……。
………………。
何の手術だ?
記憶が無い……。
「混乱しているよ?」
「まあ、無理もあるまい。 誰とて戸惑う」
「さて、始めようか……。 オペを」
その言葉を聞いたとたん、再び意識が深淵に飲み込まれていった。
やがて断片的に聞こえる声。
「……人工……」
「『剣』」
「『魔』に対抗できる切り札……」
「56のシンキ……」
「覚醒のキーワードは……」
……
………
………………
「え……」
全身汗ぐっちょりと目を覚ます銀太。
霊魂であるはずの自分が大汗をかくということに驚きもあるが、先ほど見た、妙にリアルな夢。
デジャヴ?
いや、そうではない……。
覚えているのだ……。
今、霊魂だからこそ、思い出せた、この世界に来る前、顕如に召喚される寸前の記憶……。
銀太は胸に手を当てる……。
「やっとの覚醒か……」
いきなり背後から声が聞こえた。
「見習いのティックスや、下級の死神では汝に眠る爆弾に気づくことはなかったようだな」
ティックスのように黒い衣装を身に纏った女が寝ている銀太の前に佇んでいた。
「汝は、心より異なる力を求めた。 それが魂魄の状態であって始めて解放されたか……」
「お前も死神か?」
女は静かに頷く。
「未覚醒が冥府として、汝の存在の把握を遅れさせた。 冥府の不手際を汝に詫びよう」
「詫びる?」
「汝の魂魄の永遠の消滅によって……」
女は自分の体ほどある鎌をいずこから取り出し、銀太に振り下ろす。
しかし、銀太を狙ったはずの鎌は大きく外れた。
「外法め……」
女は鎌を再び構える。
「完全に覚醒してないにしろ、我の一太刀を完全にかわすか」
魂魄の永遠の消滅……。
それは、存在の消滅に等しい。
そんな危険な状況であるにも関わらず、銀太は落ち着いていた。
いや、落ち着いているというのは御幣がある。
楽しんでいるのだ、今の状況を……。
そんな内心を不思議に思うことなく、さも当然のように振舞う銀太は、これまでの銀太とは遠くかけ離れていた。
「死神よ……。 これはお前の独断だな?」
「!」
「冥府の人間が俺を消すのならば、お前一人程度を送るだけなわけがない。 そんな非確実な方法より、確実な方法を取るのが組織ってもんだろ?」
「……汝は自分を大物とでも勘違いしているようだな。 汝は運の無かった哀れな魂魄のひとつに過ぎん」
「悪いが、今……、すごく気分がいいんだ。 この高揚感、この内より湧き出る力が心地よい。 その享楽にふけっていたいのでな。 貴様を血に沈ませるのは簡単だが、それはこの心地よい時間に一点の染みを滲ませるようなもの……」
「確かに現行では汝に刃届かず、汝の刃が我が四肢を貫くであろうな……。 だが、我とてイレギュラーな魂魄の処理を糧とする者。 自らの使命に誇りを持ち、それを行使する事を喜びとする者也」
女は再度、鎌を構える。
「……チ」
銀太は舌打ちをした。
その直後、死神の鎌が床に大きな音を立てて落ちていった。
先ほどいた女の姿はもうない……。
どこにいったかは銀太ですらわからない。
「気分を害した……」
銀太は再び、まどろみに身を委ねた。
……。
………。
…………。
「………なんだってんだ」
二重の夢。
夢から覚めたら目の前に死神がいた。
死神は銀太をイレギュラーな魂魄と言い、銀太の魂魄を消滅させるとか言った。
それを不敵に笑い、その死神を逆に撃退する。
「なんていう夢だ……」
銀太はあくびをかみ殺し、起き上がる。
ふと、床に見覚えのある鎌が転がっていた。
「………はははははは。 なんだよ、これ?」
間違いなく、襲撃者の鎌であった。
この鎌がここにある。
ということは結論……。
「夢……じゃない?」