第一章3話
「ええ!?」
往来の中で素っ頓狂な声を多恵は上げてしまった。
「多恵さんの一族はかなり古くから大陸に土着しているんですね」
多恵の驚きの元凶を発した金套は、ただ冷静に語っていた。
そもそも多恵の一族は、古い時代に東方の島国、倭国と呼ばれる地より移住してきた末裔である。
倭国とひとくくりで呼んではいるが、実際は群雄割拠の世界。 倭国の覇権を争い、常に争いが絶えない。
倭の民はそんな戦乱で国を失った者、争いを嫌って逃げてきたものが命懸けで大陸に移住しているのだ。
やがて倭国出身の者が集まり、大陸で新たな国家を作り、大陸の民として生きようとした人と、その国家に頼らず、自らの新天地を求めて大陸を流浪する人たちに別れていた。
名前を見れば、どういったルーツの倭人かわかる。
ユハリーンの宰相であるシュー=オオサカや、カルザールの客将であるナオト=ヒイラギなど、漢字読みではない倭風の名前を持つ者は、大陸の民として生きようと決め、漢字の名前を捨てた人達。
多恵や、金套、銀蝶のように漢字の名前の者は、新天地を求めて流浪する人達と別れる。
さて、話を戻そう。
多恵が素っ頓狂な声を上げていたのは、金套の一言だった。
「倭国はほとんど海に沈んでしまいましたよ」
「何があったんですか?」
金套は、腕を組んで考えてこんでいた。
「多恵さんも、倭の民ですからね……。 気になるとは思いますが、ねぇ……。 うーーーん」
金套は、銀蝶をチラリと見る。 銀蝶は頭をガリガリとかいていた。
「答えにくいんなら、始めから言うなよ……」
銀蝶は吐き捨てるように、金套を睨む。
「まあ、私はそんなつもりはなかったんですが……」
金套は愛想笑いを浮かべて両肩を上げた。
「聞きたいですか?」
「え?」
「多恵さんにとっては見た事もない土地の終焉の話となります。 いわば異郷の地……。 でも、頭では覚えていなくても血肉は覚えているものです。 それでも聞いて後悔なさいませんか?」
「……えっと」
多恵はその問いに頷く事はできなかった。
「意地悪な問い掛けでしたね……、ごめんなさい」
金套はニコニコと笑って頭を下げた。
「もし、私が聞きたいと言ったらどうしてました?」
その言葉に今までニコニコしていた金套は、一瞬無表情になる。
しかし、次の瞬間……、再びニコニコしだした。
「そん時は、銀蝶が腹をくくります」
「俺かよ!?」
遠回しに金套は語るのを拒絶していると……、多恵は感じ取っていた。
「気にならないといえば嘘になります……。 でも大陸は私にとって故郷ですから、変な好奇心で聞いてごめんなさい」
多恵は頭をぺこりと下げた。
「謝る必要ねえよ……。 元々金があんたに興味を持たせるような言い方をしたのが悪いんだから」
「まあ……、言というものは恐ろしいもので、ついつい余計な言まで乗ってしまいましたや」
「口が緩いだけだろうが」
(この二人にとっては、あまり楽しい話じゃないし、私が知りたいと思ったのはただの好奇心。 私の好奇心で二人の傷口をほじくり返すのはいい趣味ではないですね……。 反省しなきゃ)
ふと気付くと、金套と銀蝶は多恵を注視していた。
金套は相変わらずニコニコと、銀蝶はニヤニヤと多恵を見ていたのだった。
「?」
「単純ですね、多恵さん」
「変に擦れてないな」
「?」
「乱刃としてはどうかと思うけど、人間的魅力はいいね」
「どういうことですか?」
(…………なんでか侮辱されている気がしますけど、これはなんなんでしょうか?)
「すみません、軽いコミュニケーションの一環です」
「はい?」
「別に隠す事でもないし、道中ただ無言の旅も味気ないもんだ」
「何より共通の話題なんて、倭国の話しかないですからね」
「他の話題といえばリーズの旦那の話題くらいなもんだが、あんたの立場上、おいそれと主人の事を漏洩するわけにもいくまい?」
「それはそうです。 どこかの諜報機関が耳を立ててるかしれたものではないですからね」
「となると、あんたや俺たちが通じる話題といえば、故郷の話しかないときた」
「んーーと……。 ひょっとして私、担がれました?」
「ですからコミュニケーションの一環ですって」
金套は憎たらしいほどニコニコとしながら言った。
「第一、あんた乱刃だろう……。 他人の心くらい読めないでどうする」
「私は魔法使いではありませんので、読心術など備わっておりません」
「まあ、大陸に来てから私らも知ったんですが、そんな魔法もあるそうですね」
「話をすり替えないでもらえますか?」
「あんた、怒った顔かわいいな」
いけしゃあしゃあと銀蝶は言うが、
「それはありがとうございます。 ……で、なんのつもりで私を担いじゃいましたか、お二方?」
金套はケラケラ笑いながら、
「ですから、旅は道連れ、世は情け。 せっかく一緒に遠路を旅するんですから堅苦しく行くより楽しく行くための仕掛けみたいなもんですって」
などとのたうちまわった。
「会ったばかりですけど、なんとなくあなた方の性格は見えてきましたよ……」
金套は、一見ニコニコと穏和な優男だが、さりげなく毒を持つ。
銀蝶は、つっけんどんだが、さりげなく軟派野郎だった。
「濃いですね、お二方」
「天然乱刃には言われたくないですけどね」
「私は天然ではありませんけど?」
(失礼な事を言いますね……。 天然で忍びが務まるわけないではないじゃないですか)
「わかったわかった。 微天然で留めて置くよ」
「銀蝶さん、心で思った事にフォローいれないでいいです。 ついでにいうと読心術を使わないでください。 よく考えたら微天然ってフォローじゃないですよね?」
「楽しそうですね」
「楽しくありませんし、金套さんも加害者のくせにいけしゃあしゃあと傍観者に転じようとしないでください!」
そんなやり取りがしばらく続いた。