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第一章26話 銀の決意2

「もしもし……。 もしもし?」


 ……うるさいな。

 起きると寝るの中間……。 心地よい狭間を堪能しているんだから、起こすなよ……。 


「いい加減、起きて頂けませんか? 後がつかえているんですけど……。 お願いですから……。 私を助けると思って」


 声はすでに弱弱しく涙声……。


「起きて頂かなければ、私が上司から拳骨くらっちゃうんですよー。 お願いですから……」


 泣いても起きないよ。 睡眠こそ生物が持つ至福の時。 それを妨害するのには訳があるんだろうなあ?


「ティックス!! おどれは、そんな気弱な態度だから連中に舐められるんじゃ!! しゃきっとせんか、しゃきっと!!」


 ゴン!!


「痛!!」


「こういう甘ったれたシャバゾウにはこうしてやればいいんじゃ!!」


 いきなり腹部に強烈な一撃が……。


「ぐふぅ!?」


 視界は黒から白に転換。

 強烈なボディーへの一撃で至福な瞬間から、悶絶地獄へ転落。


「ふぐおおおおおおおお」


「お、おはようございます……」


 先ほどから聞こえてきた気弱な声は銀太に向けてかけられる。


「ぇ…ぅ……お、おはよう……」


 気弱な声の主、先ほど、銀太の腹に強烈な一撃を与えた……と思われる男からティックスと呼ばれていた少女は屈んで、銀太を覗き込んでいた。


 真っ黒なワンピースを着て、髪をツインテールで結っている少女はペコンとおじきをして、こう、言い放った。


「私、死神見習いのティックスと申します。 はじめまして」


「え……、あ、あぁ……。 始めまして……。 って、死神!?」


「見習いですけど」


 ティックスは見習いであることを強調するように訂正した。


「って、ここどこ!?」


「下界の人は、冥府、あの世、黄泉、審判の門とかいいますね。 簡単に言うなら死後の世界です」


「死後!?」


「納得できないのは分かります。 ここに来る方の約半分はあなたと同じ反応をして、死んだことを納得しませんから」


 まるで統計学の講義のように当たり前のことを当たり前の反応のように事務的に回答をする自称死神見習いティックス。


「まあ、大抵の方は納得しませんが、死んでしまったのは事実です。 お悔やみ申し上げます」


「いやいやいやいや……。 待った、待った」


「えっと、あなたの担当となりましたので、宜しくお願いします。 これ、名刺です」


「あ、これはご丁寧に……。 えっと」


 銀太は名刺入れを取り出そうと懐に手を伸ばすが……。


「あれ?」


 銀太は見たことも無い……、いや、葬式の時、死者に着替えさせられる死に装束そのものを纏っており、名刺入れなどないことに気づく。


「な、なんじゃ、こりゃ!?」


 混乱する銀太を差し置いて、ティックスはノートパソコンのようなものを開き、


「さて、あなたのことを照合致しますので、お名前を教えてください」


 と、事務的に淡々と語った。


「いやいやいやいや……、待って、待って」


「まあ、色々と混乱していらっしゃいますのはわかりますが、やっぱり過去のことをどうたらこうたら言うより、未来に向かって進みましょう。 来世ではきっともっと素敵な一生になることをお祈りします」


「いやいやいやいや。 違う違う違う。 俺は死んだんじゃないんだって……」


 銀太がそういうとティックスは困ったような、哀れむ様な顔をして、首を横に振る。


「死んだんじゃないならここに来るわけがないじゃないですか。 認めたくないのはわかります。 ええ、わかりますとも……。 そういった方々を多く見ておりますので。 さ、お名前をお教え頂けませんか? 何はともあれ話はまずそこからです。 あ、虚偽の申告は辞めたほうがいいですよ。 公務執行妨害で、下界で言う地獄行き確定しちゃいますから」


「じご……!? いや、公務執行妨害ってあんた……」


「お名前を」


 弱弱しい印象ながら、頑なに一歩も引かないティックス。 名前を言わない限り延々と平行線であることを悟った銀太は、素直に白状する。


「保科銀太」


「ほ……し………な……ぎん……」


 ティックスはノートパソコンのキーボードを不慣れな手つき、細かく描写するなら、右手の人差し指のみで一字ずつ入力している。


「え……と、名前入れて……検索……っと」


 ノートパソコンはピピッという音を出して検索完了の文字がディスプレイに表示される。


「えっと、保科銀太郎さん、享年87歳。 死因、孫夫婦に保険金を懸けられて殺害される……。 孫?」


 ティックスは銀太をマジマジと見る。


「87歳ですか。 いやはや、お若く見えますね」


「いや、19だけど?」


「あれ?」


 ティックスはもう一回キーボードに名前を打ち直す。


「で、……検索……っと」


 再びノートパソコンがピピッと音が鳴った。


「星名銀さん、享年26歳。 死因、結婚式まっさなか、恋敵が結婚式に乱入。 花嫁を連れて駆け落ちされてしまい、失意のまま自殺……。 ………ご、ご愁傷様です」


「…………いや、どこから突っ込んでいいものか……。 とりあえず違うとだけ言っておく。 俺は保科銀太。 19歳」


「…………」


 ノートパソコンはブブーっと音をたてる。


「該当者なし? ……はて? あなた虚偽の報告してません?」


「してない」


「……こういった場合はどうするんでしょう? ちょっと上司に聞いてきます」


 そういってティックスは建物の中に消えていく。

 やがて、先ほどの男の怒鳴り声が聞こえ、やがて頭におおきなたんこぶを作ったティックスが戻ってきた。


「とりあえず保科さんはへの34237項に該当するようです。 ちなみにへの34237項ってなんでしょう?」


「俺が知るかよ」


「調べてみますね」


 ティックスはノートパソコンににらめっこしながらうんうん呻く。


「へのフォルダはどこにあるんだったかな……。 業務連絡……じゃないしなぁ……」


 小一時間程経過……。


「あった、あった……。 えっと……。 げ」


「げ?」


 ティックスはチラチラと銀太を見る。


「なに?」


「うん、まあ、……そのぉ。 やめときません? 非常に面倒……じゃなかった。 手間がかかる……でもない。 えっと、こういうとき、オブラートに包んだ綺麗な言葉は……」


「うんうん、わかったわかった。 とりあえず辞めない方が正解のルートのような気がするから辞めない。 で、何をそんなにめんどくさがってるのか、そして、へのなんちゃら項ってのは要はどういう意味なのか順を追って説明してもらおうかな?」


「……保科さん、生前に下界で閻魔丸を服用しましたね?」


「……ああ」


「じゃあ、地獄に試練に行ってもらいます。 試練に落ちたらそのまま地獄送りとなって頂きますので。 受かったら非常にめんどくさい手続きがてんこ盛りなので、落ちていただけると事務処理的に楽なんですよね」


「いや、好んで地獄に落ちる気はさらさら無い」


「そうですか……。 うーーーん、こういった風に地獄に行くためにはあれこれ書類とか作らなきゃいけないからめんどくさいんですよね。 なんでこんな人の担当になっちゃったんだろ。 いっそ正規のルートで地獄に行きません? 今なら羽毛布団と、快適安眠マフラーをプレゼントしちゃいますよ?」


「……断る。 そんな斬新な地獄への招待なんかどんな漫画でも聞いたことすらないよ……。だいいち、正規のルートってなんだよ?」


「ま、生前裁判で地獄送りの判決を受けることですよ。 大丈夫、地獄に確実に行けるよう資料の改ざんとかはしておきますので」


「生前裁判って何……とかいう疑問の前に資料の改ざんって、あんたそりゃ公文書偽装じゃんかよ。 それに正規のルートで行ったら試練すら受けられないんじゃないのか?」


「そりゃあ、正規のルートですからね。 私が同行する必要ないですし、地獄連行担当の者が地獄に送り込んで、はい、おしまい……です」


「その手段を使って俺が地獄に行くメリットなんざ、微塵にも見当たらないのは俺の気のせいか?」


「言われてみればそうですね」


「…………」


「うーーーん。 仕方ないです。 あそこに見える建物……見えますか?」


 ティックスが指差す方向には雑居ビルのようなビルがぽつんと建っていた。


「あそこが死神省の省庁です。 あそこの建物で色々と書類書いたりという苦行が……待ち構えています。 …………主に私が」


 ティックスは心底嫌そうな顔をしている。


「じゃあ、行こうか」


 そして、死神省の省庁だという雑居ビルに着く。

 ティックスは銀太を一室に案内した。


「まあ、おかけになってください」


 ティックスは長いすに銀太に座るように指示して、あれこれと書類を持ってきた。


「えっと、地獄入門許可届けと、試練の願書と、地獄までの旅費申請用紙と……、死神同行委託書と……私の時間外労働賃金申請書と……」


「これを俺が書くのか?」


「もちろんですよ。 あ、鉛筆で丸を付けているところを書いてくださいね。 それと、これ、写しです。 この写しの通り、書いてください。 それと、判子あります? なければそこに売店がありますので買ってきてください。 それと写真が8部いりますのであそこのカメラの自販機で写真撮ってきてください」


「あのさ、基本的なこと聞いていい?」


「はい?」


「売店で判子買って来いだの、写真撮って来いなど言ってるけど、無料なの?」


「まさか……。 それは自己負担ですよ?」


「俺は一文も持ってないぞ?」


「……………言われてみれば、持ってるわけないですね。 仕方ないです。 お金貸しますから、後で返してくださいよ」


 ティックスは自分の財布を開け、紙幣らしき紙を渡す。 その紙幣は10000と書かれており、福沢諭吉が書かれている箇所には閻魔大王らしき肖像画が書かれていた。


「あのさ、ここ、ホントあの世なの?」


「はい?」


「いや、なんでもない」


 銀太は売店で自分の判子を買い、写真を撮って戻ってきた。


「これでいい?」


「はい。 じゃあ、書いてくださいね、書類」


 銀太はティックスからボールペンを借りて必要事項を明記していく。


「終わったぞ」


 と言ってティックスの方を見ると、ティックスは書類に埋もれていた。


「な、なにその量?」


 銀太の問いかけを恨めしそうにティックスは答える。


「誰かさんが試練に行くための書類を作成しているんです。 気が散るから話しかけないで下さい」


 涙目で、そう言われてしまっては何か悪いことをしているような、奇妙な罪悪感が銀太を襲う。

 あれだけめんどくさがっていた理由のひとつがきっとこれなのだろう……。


「あのさ、なんか手伝う?」


「手伝ってほしいのは山々ですけど……、書き損じとかしたらまたやり直しになるからいいです」


 仕方なく、銀太はボーっとしながら時間を潰す。

 やがて、かなりの時間が経過した後、


「終わったぁ……」


 とティックスがぐったりとしながら言った。


「お、お疲れ……」


 ティックスは書類を抱えて、窓口に持っていく。


「すみませーん。 試練の申請関連の書類です。 確認をー」


 窓口からコワモテのイカツイおっさんがティックスを見ながら言った。


「わりゃ、なにしてるかと思えばこんなん作ってたんかい! こりゃ、昔の形式やんけ! 今はオートメーション化しとるから、ネットで申し込みボタン一発で終了やろが!!」


「え?」


「え? じゃない! マニュアルしっかり読まんからこんなミスするんやろが!」


 そのおっさんはティックスの頭にげんこつをする。


「痛!」


 ティックスはまた涙目になりながらたんこぶを作って帰ってきた。


「お、お待たせしました。 じゃあ、出発しましょう……。地獄に」


「あれが、上司?」


「はい。 怖い人なんですよ」


「……納得」


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