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第一章25話 銀の決意1

「遥姫を守る力はいりませんか?」


 銀太に金次は問いかける。


「あるんならもらおう」


「……即答ですか…」


 金次は銀太に覚悟はあるかどうかの問いかけのつもりだった。

 期待としては若干躊躇しつつも、決意を持った眼差しで力強く頷いてもらい、金次が、もったいぶってあの方法を話し始める………はずだったのだが……。

 なんかおもしろくない……。


 しかしこちらとて桜姫の生死に関わることとなるのだ。

 金次の個人的主観で話を明後日の方向に持っていくわけにはいかない。


「まあ、いいでしょう。 それならば、正宗殿の事を覚えていらっしゃいますでしょうか?」


「……正宗……か」


 銀太の顔色が変わる。 先ほど遥に諭された言葉が銀太の頭の中で反芻しているのだ。


「勿論……。 あいつのことは生涯忘れることはできないだろうな……」


「妙に神妙ですな。 あなたらしくもない……。 まあ、いいでしょう。 話を本題に戻します」


「……お前な」


「正宗殿が使役していた竜……。 あれを覚えていらっしゃいますか?」


「ああ、小太郎とかいう竜な。 あれが?」


「保科殿は異界からの来訪者。 この世界の常識について理解されていらっしゃらないでしょうから、簡単に説明しますとですね。 この世界で人が誇り高き竜と肩を並べるというのはまず有り得ないのですよ」


「???」


「うん、やっぱり狐に包まれた狸のような顔をしておりますね。 その顔を拝見するだけでこの話をして良かったと自負しますよ」


「相も変わらず性格の悪い男だな、あんた」


「こうでなきゃ、あの姫に仕えてられませんって」


 金次はニヤニヤ笑いながら話を続ける。


「まあ、有り得ないはずの現象が実際には有り得てしまった。 これには訳があったりします」


「訳?」


「門外不出の秘儀です……。 当然ながらこれから先、私が話すことは他言無用でお願いします。 例え、遥姫にも……。 ついでにいうならうちの姫にも」


「そんな重要な話なのか?」


「あの二人が今からあなたにすることを知られれば、私があの二人に殺されますからね」


「……はい?」


「怖気づきましたか、保科……銀太さん?」


「まだ詳細な話を聞いてもいないのに、何に怖気づけと?」


「一理ありますね。 肝心な事言ってませんでした」


「マイペースってよく言われない?」


「そんなこたぁ、どうだっていいんです」


 金次はそういうと、懐から缶コーヒーくらいの大きさの壷を取り出した。

 その壷口には古いお札のような紙が栓を塞ぐようにしっかりと貼り付けられており、どうみても禍々しい雰囲気が醸し出されていた。


「なにこれ?」


「ま、今から銀太さんにはこれの中身を服毒……もとい、服用してもらいます」


「……ふむ」


 銀太がその壷に手を伸ばした矢先、


 バシッ


「痛!?」


 金次は扇子で、銀太の手を叩いた。


「話は最後まで聞くものです。 でなきゃ、訳もわからないまま、逝っちゃいますよ?」


「行く? どこへ……」


「逝去の逝くですね……」


「…………」


「さて、まずはこれの中身の説明といきましょうか。 この中身は閻魔丸と呼ばれるそれは大層希少な薬です」


「なんちゅーネーミングセンスだ」


 銀太の突っ込みは無視して、金次は説明を続ける。


「これを精製できるのは倭国では伊達宗家、尚江宗家、そして、織田宗家のみです」


「織田!? あの魔王か」


 金次は頷く。


「まあ、そこらへんは私らの祖先の出自によるものですが、この場合、どうでもいい話なので割愛させて頂きます。 ……さて、これを服用しますと……」


 金次はニヤニヤしながら言った。


「死にます」


「……………はい?」


「まあ、ぶっちゃげるとこいつは劇薬です。 飲んだ瞬間、全身の血肉が蒸発するだの、骨がベッコベコに砕けてしまうだの、脳みそがグデングデンにとろけてしまうだの、そんな変なことにはなりません」


「……ならないのかよ!?」


「眠るように、意識が深淵に落ちていく。 そんなとこですな」


「……で?」


「再び目覚めれば、常人とは異なるチカラを得ることができます。 正宗殿は竜の使役でした。 ある人は一夜で倭国を一周するだけの脚力。 ある人はあらゆる病魔を取り除く神通力。 まあ、どんなチカラを得るかは個人によりますがね」


「便利だな。 で、金次はもう飲んだのか?」


「私が? とんでもない」


「とんでもない?」


「再び目覚めれれば、常人とは異なるチカラを一瞬で手に入れることができます。 出来ますが、目覚めなければそれこそ黄泉行きですからな。 そんな危険を冒すことは時期尚江当主としてやれるわけがないし、私自身命が惜しいですからね」


「………」


「さて、銀太殿。 怖気づきましたか?」


「……人並みにはね」


「じゃあ、やめますか?」


「他に即席で姫を守る力を得る手段の選択肢がない以上、飲むしかなさそうだけどな」


「まあ、他に私は思いつきませんがね。 この世界、銀太殿にとって異界。 銀太殿の為に命を張ってまで助けてくれる様な酔狂な友もなく、私のような時期尚江当主のような命を張れる看板もお持ちではない……。 唯一、支援してくれる可能性のあった本願寺は、もはやあなたのことを目の敵にしている始末」


「選択の余地は無い……か」


 銀太は改めて、壷に手を伸ばした。


「あなたが目が覚めない状況になったとしたら、遥姫にはきちんと言いくるめておきます。 あなたは逃げ出した……と」


 銀太の手は壷に触れる前で止まった。


「もうちょっと違う言い方はないのかよ……」


「先にもいいましたよね。 この閻魔丸は門外不出、部外秘と……。 あなたが目覚めなかったとします。 私はあなたの遺骸を遥姫になんと説明します?」


「…………」


「まあ、目覚めればいいだけの話ですよ。 ただそれだけですね」


「これが漫画やら小説なら、必ず目が覚めるお約束だ。 これも一応作者は捻くれているけど小説。 主人公をこんなとこで殺すような真似はすまいて」


「最悪な自己暗示ですね。 まあ、それで覚悟が決まるのならそれでもいいですけどね」


 銀太は壷を手にとってマジマジと見つめる。


「……大丈夫、帰ってこれる。 俺が帰ってこなきゃ、誰がお嬢を守るんだ……。 帰ってくる。 帰ってこなければ」


 銀太は封に手をかける。


「…………………………………………」


「どうかしました?」


「手が震えて中々言う事聞いてくれないだけだ」


「日頃、斜な態度取ってる割には中々な小心者ですね」


「生き死にが懸かっていて平常で入られる奴の神経を疑うわ!」


「じゃ、止めればいんですよ」


「……お前はこれを俺に飲ませたいのか、飲ませたくないのか、どっちなんだよ?」


「結論から言うと飲ませたくありませんね。 死体の始末が面倒ですし」


「……とりあえず、チカラ手に入れたらまず真っ先にお前ぶん殴るから覚悟しておけよ?」


「はいはい、生きて帰ってこれたらその点は考慮しますよ……」


「…………ッ!」


 スポンっと、小気味いい音を立てて、壷は開封された。

 そして壷の中から、漂う腐った卵のような、牛乳のような臭い。 とりあえず無味無臭など期待はしていなかったが、臭いを嗅ぐだけで吐き気を催す。

 その臭気に目はしみ、鼻はひん曲がりそうな勢いで、体中が鳥肌を立てる。

 銀太の五感がその液体は危険極まりないと警告を発していた。


「…………」


 銀太は鼻を摘み、ゆっくり壷口を口に近づけ、軽く舌に一滴垂らそうとしていると……。


「こういうのは一気に全部いくものです。 分量とかちゃんと計算しているんですからちょびちょびだと逆に生き地獄なんですよ。 ほら!」


 壷をグイっと水平から逆さにするように一気に壷の中の液体を銀太の口に流し込む。


「ぐぼ!?」


 味は、もう、予想通りというか、予想を超えるというか……。 まず真っ当な味ではない。 辛い、苦い、酸っぱい、しょっぱい、えぐいが五重層を奏でていると表現すればいいだろうか。


 そんなことを考えていたら、段々意識が深淵に飲まれ始めて来た。


 死ぬとき、走馬灯が見えるとかなんとかいうが、そんなものまさに無縁……。

 死を感じながら、意識は途絶えていった。

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