第一章22話 室町会議
室町会議……。
室町の将軍が、各地の大大名家を招集して行われる格式高い会議……。
平時は各国の大名が都に集まり、唄や酒を楽しむ会であった。
この会では例え仇敵といえどもこの会の間はいきさつを水に流す。
言うなればドンチャンランチキ騒ぎをするだけの集まり。
しかし、今回の室町会議の参加者は皆一様に重たい空気である。
いつも場を盛り上げるムードメーカーであった今河義元の欠席が原因といえば原因だが、欠席の理由を諸侯が知り得ている。
だから皆、暗い表情で会議に臨んでいるのだ。
「主だった者は揃ったようじゃな」
室町将軍こと、室町義昭は諸侯の顔を見る。
「議長は欠席している上、麿が議長となり、室町会議の開廷を宣言す……」
参加者の大名は平伏した。
「さて、本日集まって頂いたのは他でもない……。 本願寺が昨今より警告を発していた織田の事について……」
義昭は、カンペを読みながらつらつらと語り出した。
「……ということが現在までの報告にある」
今河、西籐の滅亡の経緯から始まり、伊達家の断絶に至るまで、棒読みで説明し終えた義昭は、水らしきものを飲み始めた。
諸侯は義昭が飲んでいるものが酒だと言うことはあらかた察していたが、誰もその事を諫めず当たり前の風景として捉えていた。
室町将軍家はもはや権威の張りぼてでしかなく、ただの飾りであると認識しており、中には自らがその座を取って代わろうとしている者もいた。
酒を一通りあおった義昭は再びカンペに目を落とし、再び語り出した。
「その前提を元に、本願寺よりの要請により、対織田同盟の結束を取り結ぶべくここに諸侯らを招集した……。 これについて何か質問があるのなら、挙手を持って行い給え……。 ここより質疑応答に入ります……。 将軍様はただ頷き私に降っていただければ結構です」
最後の方はカンペに書かれていたアンチョコなのだろう。 何も考えずに読んでいる何よりの証拠であった。
それを聞いていた諸侯は、ため息をつくもの、呆れているもの、白けているもの、笑いをこらえているものと様々な反応であった。
さっそく挙手をしているものがいた。
「朝井殿、発言を認めます」
そう言ったのは将軍の側近、細川和正であった。
「将軍にご質問がございます。 織田の次の進路はやはり畿内でありましょうか?」
発言したのは朝井長政。 織田と姻戚同盟を結んでいる朝井家の当主であった。
将軍はボケッとしていたが、横の側近細川が答える。
「織田の最終目的地がこの都であることは間違いないでしょう……」
「畿内全域を征服されたら次は我が中国も危ういか……」
そう呟いたのは中国の帝王と呼ばれる、毛利元就。
「四国もです……」
元就に同調するように、四国の錦と呼ばれる長宗可部元近が答えた。
「何を弱気な!」
元就と元近の弱気な発言に憤慨する南国隼人の呼び名の高い島津義九。
「島津は遠い南国の地……。 我々と危機感の共有は難しいかの」
名門麻倉家当主、麻倉義朝は扇子を口元にあて、呟いた。
「愚弄する気か!」
「まあまあ……、島津殿。 落ち着きなされ。 室町会議の方式をお忘れですか?」
憤慨する義九をなだめるのは関東の鉄壁と名高い法条氏安。
「私とて、この場には仇敵がおりまする。 それでもただ黙っているのは格式高いシキタリを重んじての事です」
氏安はちらっと関東管領植杉憲政を見た。
憲政は、現在領地を持たぬ名前だけの男……。
憲政を今、こうさせたのは他でもない氏安率いる法条なのだ。
憲政は黙って俯いた。
「皆様、落ち着いてくだされ……」
一発触発の空気をなだめようと、本願寺顕如が弱々しくあるが話に割って入ろうとする。
「……静まれ。 御前であるぞ」
小さな声ではあるが、聞くものを圧倒する威圧感漂う一言を放ったのは竹多春信改め信玄。
……甲州の虎。
彼に付けられた異名だ。
「今河、西籐の二の舞を避ける。 これは皆が共通の想いなはずである。 対織田同盟には皆異論は無いはずだと思うが?」
信玄は皆を見渡す。
「過去の因縁は織田を片付けて決着をつければ良い……。 なあ、永生当主代行……」
信玄は永生当主代行として出席している尚江金次を見た。
金次は頷き、
「永生当主代行、永生家家老尚江金次でございます。 当主永生景虎が伊達領の収拾の為、出席出来ぬので名代として出席させて頂いております」
金次は一礼し、続けた。
「竹多殿と当家の見解は一致しております。 早急な織田家の対処……。 これは和国に連なる武門の使命と心得ております……」
「聞いての通りだ……。 我々は既に休戦しておる。 様々な私怨を残していてもな……」
信玄は紙を取り出し、義昭に手渡す。
「我々和国の侍は室町将軍の旗の元、団結を迫られておる。 団結か滅亡か、諸侯らはどの道を選ぶ?」
信玄の活により、一同は静まり返った。
「さあ、将軍様……。 盟主たる将軍様が一番の署名を……」
話について行ってなかった義昭は紙を渡されてもポカンとしているだけであった。
信玄は構わず、筆を義昭に手渡す。
義昭はオロオロと、側近細川の方を見ていた。
側近細川は署名するように促すと、義昭は恐る恐る署名した。
「室町将軍家、将軍、室町義昭」
信玄は義昭から紙と筆を預かり、自らも署名する。
「甲州、躑躅館当主、竹多信玄」
信玄はそのまま金次に紙を渡した。
「北越州、春日山城永生家当主名代、永生家家老尚江金次」
「儂にも筆を……」
そう言って元就は金次から筆を受け取り、紙に書き出す。
「安州、郡山城当主、毛利元就」
元就はそのまま元近に筆を渡す。
元近は頷き、
「土州、高知城当主、長宗可部元近」
元近は筆を置いた。
「……同盟の信玄殿が一筆したんです。 この場合、私も執筆しなければ私の仁義が疑われますね……」
氏安は筆に墨を付け直し、仰々しい文字で記載した。
「遠州、小田原城当主、法条氏安」
筆を置いて氏安は下がっていく。
「……………」
次に筆を取ったのは義九だった。
釈然としない顔つきではあるものの、対織田同盟締結には異論はない。
「薩州、内城当主、島津義九」
「名門の麿がこんな後ろに名を連ねる事になろうとは……」
と、ぶつぶつ言いながら義朝は署名しだした。
「南越州、福井城当主、麻倉義朝」
義朝は書き終わると長政に筆を渡した。
「ほれ、長政……。 貴殿も書くがよいぞよ」
長政は筆を受け取ったはいいものの書くのを躊躇していた。
「長政……。 貴殿は裏切って織田に付くと申すのか?」
一同の視線が長政に集まる。
「わ、私は……」
長政が署名に躊躇する。
(壱…………。 これに署名したらお前はどうなる…………)
家臣の統一見解としては、署名する事でまとまっている。
しかしそれは、信長の妹であり、長政の妻である壱との離縁を意味する署名になるのだ。
長政は妻である壱を愛し、壱の兄……、義兄の信長も長政は本当の兄と慕っている。
だからこそ、信長の凶行は何かの間違いではないかと、未だに思っていたのである。
(義兄上……。 一体どうしてしまったのですか?)
長政が初めて信長に会ったのは織田の家督を継いだばかりの頃。
尾州のうつけ殿と呼ばれていた信長と共に山野を駆け、酒を飲み、共に平安な世を作ろうと語り合った記憶が未だに長政の脳裏から離れなかった。
信長の豹変は、いきなりだった。
攻め込んで来た今河はともかく、自身の義父でもあるはずの西籐道三公を攻撃したのは、長政にとって衝撃だった。
信長は道三公を師と仰ぎ、尊敬したのを長政は誰よりも知っていた。
そんな信長が道三公を攻撃し、死に追いやったのはとても信じられぬ事……。
尾州で何があったのか……。
気性は確かに荒い方の人であったが、合理的かつ論理的な人で、緻密な人だった。
なぜこのような暴挙に及んだのか、未だに納得できない……。
「……政、長政!」
「え?」
「いかがした、ぼーっとして……」
義朝は怪訝な顔をして長政を見つめていた。
「あ、いや……。 なんでもござらん」
改めて署名の紙を見る。
全国の有力大名の名前が書き連ねており、この場で署名しなければ朝井はこの大名全てを敵に回す事になるのだ……。
長政個人の問題ではない……。
朝井家の命運分ける大事な分岐路なのだ。
「近州、今浜城当主、朝井長政」
書いてしまった……。
もう、後戻りは出来ない……。
長政の心情はよそに、
「いや、麿には書く資格はござらぬ……」
「で、ですが……」
憲政と顕如が揉めていた。
「麿は領地も兵も無い。 このような男がこの大事な署名に名を連ねる事はできぬ」
「し、しかし、関東管領職という尊い役職にお就かれ遊ばれている植杉様の署名は天下に大義の旗を掲げる我々の……」
「うむ、関東管領職の役職が必要であるならば、永生景虎に譲る」
「……は?」
「そうだ、それが良い……」
憲政は金次に言った。
「景虎なら関東管領職、見事に努めあげることが出来よう……。 今日、これより景虎は永生姓ではなく植杉姓を名乗るが良い……」
(何を言い出すんだ、このおっさんは……。 そんなの私の一存できめていいわけないじゃないか)
「なる程、適任だ」
そんな事を言い出すのは元近であった。
「永生殿が関東管領職に就けばこの同盟大きな大義の旗を掲げる事ができる。 和国の民の為、尚江殿、ご決断を」
「永生家当主名代、いかに?」
「名代ということは、私の意見は即ち永生家の意見となります。 主、景虎の意向なくして勝手な意見を述べる事を許されないのです。 皆々様にはそのあたりの事情をご理解頂ければ幸いに存じます」
関東管領職に桜が就任すれば公の場にでる機会が増えるということになる。
永生景虎として今を生きている桜の正体を世間に露呈してしまう機会が極端に増えてしまう事を意味する。
永生家はまだまだ一枚岩ではない。
姫の正体の露呈による永生家の瓦解の危機が格段に増すのだ。
だが、武門の出として、関東管領職に就任するのはとても名誉な事である。
つまり、金次の一存で受ける事も断る事も出来ない重要な選択肢。
「尚江殿、決断を……」
かといって保留にできる空気でもない。
金次は一世一代の賭けに出た。
「……畏まりました。 慎んでお受けします」
「では最後になりますが、拙僧も署名させていただきます」
「岩山本願寺、法主、顕如」
顕如の署名により、十家の対信長同盟が締結した。
「さて、盟友の皆様に吉報がございます……」
顕如が一同に向かって言った。
「我々本願寺は最強といえる武具を意界より取り寄せ、その武具の研究に勤しんでおります」
「最強の武具?」
「名称は戦術核なるもの。 用途運用方に関しては目下研究中であります」
「戦術核とな?」
「この戦術核と、当家がお招きした神子さまの二つの剣が、魔王に天誅を与えるでありましょう……」




