第一章20話 独眼竜3
かっこつけてみたものの、やはり怖い……。
『力だけじゃ、勝てないよ』
わかってる。
でも、僕はこの体中が警告する恐怖という暗示に打ち勝たなければいけない。
「姉ちゃんは僕が守る……」
伊達16代は僕の16代で終焉を迎えるだろう。
先祖様や爺さん、親父の築いた16代の歴史は僕という私情で命運が尽きるのだ。
死んで黄泉に行ったらそれを責められるだろう……。
けど……。
惚れた女の為に命を賭ける機会がある男が、どれだけいる……。
そういった意味では男として、どれだけ名誉あることか……。
姉ちゃんの従者……、銀太とか言ったか……。
あいつには耳の痛い事を言われたが、あいつが言っていることは正しい。
悔しいほどに……。
僕だって同じことを思っていたさ……。
安寧を得るために姉ちゃんを犠牲にするなんて、そんなのは武門の人間が許容出来るわけがない。
「正宗……、もうすぐ……織田領」
小太郎の声に僕ははっとする。
「正宗……、いいのか?」
「何が?」
「引き返すなら……今しかない……」
「引き返す? 小太郎、お前竜の癖にビビってんの?」
小太郎は暫くの沈黙後、
「……肯定だ」
「竜でも怖い事ってあんだな」
「魔王側には、我が同朋がいる……」
「へ?」
「鬼や天狗、妖怪変化どもに恐れる我ではない……。 真の脅威は我が同朋にある」
「……じゃあ、お前は辞めろと言うのか?」
「我は、我が友がらの意のままに進むのみ……」
「よく言ってくれた、小太郎。 本丸まで僕を届けてくれ」
「無論……」
急に小太郎が旋回しだした。
僕は進行方向を見据える。
そこには大量の点があった。
点?
いや、あれは紛れもない敵。
まだかなりの距離があるから点のような豆粒にしか見えないのである。
「ざっと100はいるなあ……」
「蹴散らす……」
「いや待て……。 まだ信長の城までだいぶあるんだろ?」
「肯定だ」
「こんなとこで力を消耗させるのは得策ではないとは思わないか?」
「否定だ」
「は?」
「伊達の小太郎、ここにありと知らしめる絶好の機会」
「……さっきまでビビっていたやつのセリフじゃないな」
「好きにほざくがいい。 闘争こそ我が一族の誇りなり」
「その誇り、伊達も乗るぞー……。 徹底的に暴れてやろうじゃんか」
小太郎は旋回を止め、スピードを上げて点に向かって飛翔していく。
「しっかり、掴まっていろ」
スピードと上空であるための向かい風の激しさが僕の四肢を襲う。
冷たいなんてもんじゃなく、もはや痛い。
その痛みが風のみではなく、雨粒であることをやっと理解した。
「降っていたのか……」
そうつぶやいた瞬間、稲光が目に映る。
そして徐々に大きくなっていく点。
その点が複雑な形となり、やがて点だった物体は質量の大きいものから認識できる大きさになっていった。
竜に天狗に多数の飛行する妖怪変化……。
その背中には多数の武者たちが乗っている。
「あれは前田利家か……」
魔王信長の側近の一人であり、親衛隊の一人として名を馳せた男。
その男が小太郎の三倍もある体躯の竜に乗り、こちらを見ていた。
「伊達の若僧!」
利家は叫んだ。
「たった一騎で信長公の領土に乗り込んできた心意気や良し! されど、ここから先は通さん!」
「押し通る!」
僕はそう答えると同時に小太郎はその口から火炎を吐く。
その火炎を浴びた妖怪変化どもは次々に燃え尽き、あるいは地上に落ちていった。
利家はそれをみて
「全軍突撃!」
と号令をかけた。
次々に群がうように小太郎に迫る妖怪変化を小太郎は火炎放射により退ける。
正宗も種子島を取り出して迎撃した。
航空戦に刀や槍、弓はほとんど役に立たない。
敵に届かないから……。
かといって種子島も似たようなものであったが多少は威嚇射撃として有効であることは幼い頃から竜に駆る正宗の直感が知っていた。
勝敗は小太郎の機動力と火力にかかっている。
それでも正宗は何かをしていないと落ち着かなかった。
「正宗、威は示せた。 頃合いか?」
「いいね……。 勝ち戦だ」
正宗と小太郎の短いやりとりの後、小太郎はさらに加速をつけて天に上昇する。
急な小太郎の上昇に利家は小太郎を見上げるしか術がなかった。
「大将首だが、ねらうは利家の首ではなく信長の首のみ……。 小物に用はない、行くぞ!」
「おのれ! この前田利家を通過するきか!」
利家は即座に追撃を命じた。
「小太郎、追ってくる!」
「竜の機動力を侮るな……」
小太郎は得意気な顔をしてさらに加速した。
それでも同朋の竜が追ってくる。
「飼い竜如きに我に追いつけると思うな……」
どんどん加速していく小太郎。
「速……」
正宗は小太郎の速度に感嘆して呟いた。
「感嘆している暇はない……。 目的地の岐阜の城だ」
「……ここに魔王信長が……」