第一章2話 金と銀
背景、なんて堅苦しい事は抜きにさっさと本題に入ろう。
単刀直入にいうと、おっさんらの力がいる。 敵は強大にて、狡猾。 我の独力では、未曾有の危機にあがなう術無し。
敵の正体も今だ虚。 されど、敵の馬得たり。 されとて、所詮敵の馬なり。 敵、自身の馬を当然が如く熟知す。
敵馬、駿馬なれど、敵と当たりし時に叛旗を翻し確有り。
そのような馬、乗る気起きず。 だから託す。 我が馬の調伏を。
宛、黒子
筆、リーズ
黒子は、リーズからの手紙を一読すると、多恵に向かって言った。
「あんたの主人に言っとけ……。 エセ倭国語をカッコつけて手紙で堂々と使うなと……」
黒子は先ほどのいぶがしげな表情はどこへやら、笑いを堪えている。
「間違いなく、娘さんはリーズの青二才の使いじゃな……。 こんなエセ倭国語を恥ずかしくもなく使う馬鹿はあやつだけよ」
「ま、まあ……、我が主君の株は下落の一途のようですが、信用していただきなによりでございます」
「下落も何もあやつは昔からこういう奴じゃて」
黒子は、手紙をたたみタバコに火をつけた。
「さて、馬とはこれのことかな?」
黒子は手紙に添付されていた図面を見る。
「あの青二才め……。 私らを万能とでも思っておるのかの」
黒子は図面を側近の男らに見せる。
「動力は火でございますか……。 これを思い付いた者は鉄の仕組みを十分に理解しておりますな」
「ウェンデスの鉄船の道理、この動力というわけですか。 一見無茶に見えてなんという理……。 これがリーズ殿の敵というわけですな」
「こういうからくりなれば……、なるほど」
「金套、銀蝶……。 青二才からの挑戦、いかにするか?」
「出来れば実物がみたいですな。 それを見ない事にはなんとも言えません」
「だが、どうやって見るかが問題だな……」
金套と銀蝶は唸っていた。
黒子は、チラリと多恵を見て言った。
「そのための娘さんじゃろて」
「あの、話が見えないんですが?」
盛り上がる三人に置いて行かれた多恵は、いきなり話を振られて、とりあえずそう言っておいた。
「そちらの依頼じゃ……。 よろしく頼みますぞ、娘さん」
こちらの依頼……。 リーズがこの怪しい連中に何かを頼んだのは話の流れ上、理解できる。
しかし、何をよろしくなんだろう……。
「ウェンデスの軍船を見せてくれというわけだ」
金套と呼ばれた男は、補足のように説明した。
「軍船を見る? ウェンデスの海軍は今、ほとんどが洋上ですけど……」
現在、ユハリーン海軍との戦いのため、おもだった船はほとんどが出航しているはずだった。
彼らは船の外観ではなく、内面を見たいと言っているのだろう。
そんなもの、ドッグでもないかぎり無理な相談だ。
「一艦くらい予備兵力として残してないのかい?」
銀蝶と呼ばれた男は、多恵を問い詰めるように言った。
「確か、トップスリーなら海軍工廠でメンテナンスをしていたけど……。 あぁ〜……、でも提督の事だからトップスリーすら艦隊に組み込んでいそうだなぁ……」
「なんだよ、頼りねぇな」
悩む多恵に駄目押しするように銀蝶は言い放つ。
「いきなり言われても、こちらの都合というものを考えてくださいよ……」
「あんたらの依頼だろがよ」
銀蝶はさらに刺々しく言った。
「まあまあ、銀……。 多恵さんならきっと見せてくれるって」
いきり立つ銀蝶を、金套は宥める。
「か、軽く言ってくれちゃいますね……」
ただ手紙を届けるだけが、どこでどうなったらこんな頭を使わなければならない任務に変わり果ててしまったのだろう。
今思えば、出立のあの意地悪そうな笑みはここまで読んでいたのかも知れない。
提督、御怨み申し上げてよろしいですかね?
提督なら、ひょいひょいとこなす問題でも、私のような凡人知能ではいい案はそう易々と浮かばない。
「うーーーーーーん」
待てよ?
提督は予想していた可能性があるっと今私が思えるなら、あの提督の事だ。 きちんと滞りなく、海軍工廠にトップスリーを置いていってくれてるかもしれない。
ただ問題は、海軍工廠という場所ですね。
あそこは場所柄、科学省の人間がいる。
私は、もはやウェンデス国内では、リーズ提督と連なる立場にいることは周知の事実だし……。
私が海軍工廠内をおおっぴらにうろうろするだけで提督に迷惑がかかるだろう。
リーズ提督は、内心はともかく今は科学省と穏健な関係を築いている中で、この二人を引き連れて、工廠を歩き回った日には……。
私から見ても怪しい二人だ。 リーズ提督が水面下で動いている事が台なしになってしまう……。
「で、結論はでましたか?」
金套は、ニコニコと無責任な発言をする。
そう簡単に答えが出るような問題なら私がこうして頭を抱えて悩むか。
それを見兼ねた黒子が、金套と銀蝶に言った。
「おまえらの知的欲求を満たすために骨を砕いておられる娘さんに無礼を働くでないぞ……。 そもそも、娘さんは青二才の使いであって、全容を把握するわけないのだからな」
そう言われた金套は、舌を出し頭をかいた。
その反面、銀蝶はただ訝しげな表情をするだけであった。
「まあ、娘さん……。 青二才の事だから本土に船を残してあるだろうて……。 その二人をそこに案内してくれればいい」
「それが問題だったりするんですよね……」
「?」
「おそらく、船をこの戦時下に自然に国内に停泊させるには、海軍工廠のドッグでメンテナンスさせるのが妥当だと思うんですけど、海軍工廠はいってしまえば敵の出城にあたる場所なんですよね」
海軍の船の整備や、修復、建造は科学省の管轄になるため、海軍工廠とは銘うってはいるものの、実質は科学省の施設となる。
「まあ、行ってみるだけ行ってみればいいじゃろ? 行ってダメなら次の策を立てればいい事」
黒子も案外気楽な発言をする。
「それにあの青二才の事じゃ。 何らかの仕掛けを用意している可能性がある」
確かに提督なら有り得そうだ。
提督に期待して、とりあえず海軍工廠に向かうしかなさそう。
「そ、それじゃ行きましょうか……。 えっと、金套さんと、銀蝶さん」
「私の事は、馴れ馴れしく金ちゃんでいいですよ」
「俺の事は、敬意を払って銀様と呼んでいいぞ」
「早く行きましょう、金套さん、銀蝶さん」
多恵は軽くスルーして、帰路についた。