第一章19話 独眼竜2
「桜ちゃん……、どうしてここに?」
遥は、目の前の巫女に聞いた。
「私だって遥といっしょで神子候補として修練をつんでいたからね」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
銀太は桜と遥のやりとりを全く理解出来ずに見守っていた。
「遥姫、ご健勝そうでなによりです」
桜に付き従っていた侍は、遥に一礼した。
「金次さん、なんで桜ちゃんがここにいるの? 武多との戦争は?」
「武多とは、一時休戦となりました」
「ええ!?」
銀太は全くこの世界の情勢を理解していないため、遥が何を驚いているのか、全く把握できないでいた。
「お嬢、どういうこと?」
「えっとね…、なんていえばいいかな……。 うん……、そうだね」
いまいち要領を得ない返答を返す遥に、銀太は困ってしまった。
「今河と、西藤がですね、織田に敗れまして……もはや、武多と永生で小競り合いしている場合ではなくなったのです」
金次はそう答えるが、それでもいまいち理解できなかった。
「武多と永生は長く争っていると聞いたが、それが理由というだけで停戦するとはちょっと分からないな」
「まあ……、今河と西藤の領民の事を聞けば、誰とて警戒しますな」
「……ああ、皆殺しにされた件か」
「本来、侍が滅びるのは侍の世界の理です……。 されど、領民は異なります……。 いくらなんでも敵領民とはいえ全てを殺すとは、やりすぎです……。 それに武多は今河と同盟関係にありました。 我々永生の相手をしている余裕がなく、また室町の将軍家から停戦の書状を得ました」
淡々と金次は説明した。
「将軍家の勅令として、全ての武門が団結し、神子様を援護して魔王を討て……とのことです」
「……援護?」
正宗は金次を睨む。
「……ついに、来ちゃったね」
遥はいよいよきたかと言わないばかりの覚悟を決めた顔つきとなる。
しかし……。
「残念だけど、……遥姉ちゃん、行かせないからね」
「え?」
城の天守閣には、いつの間にか伊達の侍が4人を取り囲んでいた。
「正宗?」
「我々伊達は、神子様を犠牲にしてまで安寧を生きる気は皆無……。 我が城にまでせっかくご足労いただいたんです。 是非是非ゆっくりしていってくださいね」
「正宗、なんのつもり?」
「さっきも言ったと思うけど……。 姉ちゃん?」
「ま、まさか……」
「姉ちゃんにわざわざやってもらわなくても僕は伊達という武門の党首として、武門の誇りの為に魔王を討つ。 姉ちゃんの出る幕はないんだよ……」
「ダメ……、ダメだよ、正宗。 正宗じゃ勝てない……」
「勝てない? 違うよ、勝つんだよ」
「正宗、待ちなさい!」
桜も正宗を呼び止めようと声を張り上げる。
しかし正宗は桜や遥を無視して銀太のところに向かって行く。
「兄ちゃん、へたれ侍の暴言、取り消してほしいね」
「え?」
「行くよ、僕は」
「…………」
正宗はそういうと、天守閣の外にでて口笛を吹いた。
ピィィーーーー
正宗の口笛に答えるように、天守閣に何かがきた。
「紹介するよ、僕の弟分の小太郎さ」
天守閣の外には、巨大な空を飛ぶ大蛇……。
いや、竜である。
銀太はおろか、桜や遥……、金次までも絶句する。
竜の逸話はお伽話などでよく聞かされはするが実際見たのは誰もが始めてなのである。
「………………」
「小太郎はさ、卵のころから一緒に大きく育った僕の無二の親友……。 いや、弟さ……。 僕と小太郎で神子を否定してみせる……」
「竜……」
「そう、いくら敵が魔王とはいえ、最高の生物の竜相手なんだ。 小太郎は独眼だけどね……。 でも僕が小太郎の目となればいい。 僕らは独眼竜……。 独眼竜正宗だ!」
正宗は小太郎と呼ばれた竜に飛び乗り、竜の逆鱗を愛おしく撫でた。
逸話では竜の逆鱗に触れる行為は竜の怒りを買い、天災を巻き起こすと伝えられている。
竜の逆鱗には様々な諸説があるものの、触れる行為は竜を怒らせる行為であると信じられてきた。
しかし小太郎は、正宗の行為に怒りだすどころか、その身を正宗に任せ光悦した表情で正宗の愛撫を受けていた。
「……遥姉ちゃん、これでも僕は魔王に勝てないとでも?」
「……………」
遥は小太郎と正宗を交互に見てゆっくり首を縦に振る。
「…………姉ちゃん、お願いだから信じて。 僕らはきっとやり遂げる。 それまで窮屈だろうけどこの城に留まっていてよ」
「正宗……。 魔王には力だけじゃ勝てないんだよ……」
「………くっ」
正宗は小太郎の首につけている手綱を手に取る。
「姉ちゃん、僕は行く。 姉ちゃんに例え勝利を信じてもらえなくても……。 僕はやらなきゃいけないんだ」
「え?」
「姉ちゃん、帰ったら重要なお話があるから……。 そこの兄ちゃん抜きでね」
正宗は銀太を見ながら言った。
「銀ちゃん、抜きで? 今聞くから行くのやめてよ……」
「そいつはできないよ。 武士の面子の前に、僕は男だしね」
「……え?」
「小太郎、行くぞ!」
「ちょ……」
正宗のその言葉と共に正宗と小太郎は南へ向かって飛んでいった。
残された遥は呆然と正宗らが飛んでいった方向を見つめ、膝をついた。




