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第一章18話 独眼竜1


「野上ではない?」


「御意……。  野上家としては長年対立にあった当家と融和路線に切り替え、本願寺のもたらした警告に備える動きがあり、そのさなかで先代を暗殺しようとはしないでしょう」


「では、誰が我が親父を?」


「視点を変えてみてはいかがでしょうか。  おのずと答えに辿り着けるかと」


「……伊達と野上が全面戦争になって喜ぶ奴といえば、津軽、二階堂……。  いや、もっと視点をかえるなら永生といったところか。  ………平時ならな」


  忍びに向かってニヤリと笑った、眼帯をした少年。

  現、伊達家頭首伊達正宗。


  通称、独眼竜正宗であった。

  まだ元服すらしていない正宗であったが、何者かにより親族を全て暗殺され、急遽若輩ながら元服し、家督を継いだばかり。

  そんな少年正宗の目には復讐の炎が静かに燃えていた。


「永生の頭首も親父と同じく暗殺されたんだったな?」


「御意」


「つまり下手人は一緒……、というわけか」


「いえ、それはわかりかねます」


「一緒に決まっているだろ。  同じ時に暗殺などされている以上、下手人はともかく黒幕は一緒だ。  つーことはだ……。  黒幕は伊達と永生が邪魔だという存在だな」


「そうなると、竹多辺りで?」


「竹多?  永生はともかく伊達を斬る理由がない。  それに、竹多は疑われるのがわかっていてそれでもやるほどの能無しではない」


「となると?」


「和国をぐちゃぐちゃにしたい奴……。  つまり、十中八九、魔王だろうな」


「織田……ですか」


「本願寺の警告が正しければな……。  親父は本願寺の警告を歯牙にもかけていなかったが、俺は違う。  現に父は殺され、親族みんな怪死した。  これほど舐めた真似をしてくれた手向けをどう落とし前つけてくれようか」


「しかし正宗様。  織田に向かうためには地盤の強化はもとより、最短でも二階堂、蘆名、佐竹、北條、今河とぶつかりますが……」


「面倒だな。  だが全てすっ飛ばす」


「は?  すっ飛ばす?」


「伊達には竜太郎がいる。  俺と竜太郎だけで進軍すれば、むやみな戦闘は回避できるだろう」


「な……。  何を考えていらっしゃるので!?  御身は伊達の頭首でありますぞ!」


  忍びは、正宗の大胆すぎる発言に驚いた。

  頭首自らが敵城本丸に突っ込むと言っているのだ。


  正宗は最後の伊達一門の生き残り。

  正宗の死は、伊達家終焉を意味する。


「お止め致しますぞ」


「………そうか」


  忍びはやけにあっさりと主張を引っ込めた正宗に強い警戒心を覚えた。

  同意が得られないならば独断あるのみ……。

  そんな気性である正宗を知っている忍びはさらに釘を刺す。


「正宗様が単身突っ込んだ所で何ができますか?  ただ殺されに行くようなものです。  はっきり言いましょう。  正宗様は勇気と蛮勇を履き違えていらっしゃいます!」


「蛮勇……。  おおいに結構!  武士たるもの、親の仇を取れずおめおめ生き恥を晒す恥は持ち合わせていない!」


  正宗の顔は、もはや年相応の少年の顔ではなく、一人の武士の顔になっていた。

  元服など5年も先の正宗がする顔つきではなかった。

  言い換えるならば、復讐に身を捧げる阿修羅の如き覇気。

  いかなる者も威圧されてしまうような空気を少年である正宗が発していたのである。


「正宗!」


  そんな空気の中、若い女の声が響いた。

  正宗は声の方を見る。


「姉ちゃん……。  お久しぶりだね」


  コロッと無邪気な顔に戻した正宗は突然の訪問者に笑顔で迎えた。


  突然の訪問者は、遥と銀太だった。


「来るんなら言ってくれれば良かったのに……」


  正宗はニコニコと遥に駆け寄った。


「この兄ちゃんは、姉ちゃんの護衛?  ……そんなわけないか、貧弱そうだし」


  正宗は銀太を見て鼻で笑った。


「このガキャ……」


  銀太は正宗の挑発に怒りをあらわにするが、遥に


「ごめん、銀ちゃん……。  正宗って悪気なく本音をずけずけ言う子なの……。  気を悪くしないでね」


  遥にそこまで言われてしまうと銀太もこれ以上何も言えなくなってしまう。

  とりあえず怒りの矛先をなんとか納めた。


「ところで姉ちゃん。  今日はどうしたの?」


「正宗の様子を見に。  お父さんの事聞いたから短気を起こさないようにね……」


「姉ちゃん……。  こうみえても俺は伊達の頭首になったんだよ?  家臣のため、そう簡単に短気を起こすわけないじゃない」


「正宗、私に嘘は通用しないよ?」


「やだなあ……。  俺が姉ちゃんに嘘をつくわけないじゃないか」


「嘘だね」


  遥は断言した。


「うわ……、ひっど」


  正宗はそれでもニコニコと笑っていた。


「正宗……」


  遥は屈んで、正宗と同じ目線の高さまで持っていき諭すように言った。


「私はあなたが内心どれだけ煮えたぎっているのか、よく理解している。  だてに私は正宗が生まれてからずっと見てきているからね。  偽りの笑顔じゃ私は騙せないよ?」


「……………………」


  正宗はそれでも顔を崩さずにニコニコとしていたが、何も言葉を発さない。


「それに、魔王退治は私の使命だよ?  正宗のその憎悪を私が引き受けるから、短気はやめて……」


  正宗は相変わらず顔をニコニコしながら言った。


「ヤダネ」


「正宗!?」


「本願寺が姉ちゃんを神子として認定したのは知ってるよ。  そして、その神子として、何をするかもね」


「………え?」


「俺が……知らないとでも思ってた?」


  遥は絶句していた。


「本願寺のクソ坊主どもが、姉ちゃんを神子として認定したのは勝手だけどね。  俺はそんなの許さないよ……。  姉ちゃんに全てを託して自分らは安寧を得る?  バカにしてんの、あのクソ坊主ども」


「ま、正宗……」


  遥はオロオロと銀太をチラチラ見ながらうろたえていた。

  正宗の顔が急に……、静かに……、淡泊な顔付きになっていく。


「姉ちゃんの命と引き換えにした安寧なんてクソクラエだ!  ふざけるにもほどほどにしろよ!」


「正宗!」


  遥は大きな声を張り上げて正宗の声を銀太に聞かせないようにした……。

  が、銀太は聞いてしまった。


「お嬢の……命と引き換えに……安寧?」


「なんだ、兄ちゃん……。  護衛の癖に知らないの?  神子の意味を……」


「やめて、正宗!」


「兄ちゃん、耳かっぽじってよく聞けよ。  本願寺のクソ坊主どもの寝言をさ!」


  パン!


  遥は正宗の頬に平手打ちをしていた。


「ね……え、ちゃん……」


  遥は泣きながら正宗に言った。


「お願いだから……やめて、正宗……」


「……姉ちゃんはそれでいいのかよ!  俺は認めないぞ!  姉ちゃんはそもそもこの国に縁もゆかりもない人じゃないか!  なんでそれなのに命かけれるんだよ!」


「正宗は誤解しているよ……。  私は確かに大局見地から見ればこの世界とは縁もゆかりもないよ……。  でもね、この世界には正宗や、孫いっちゃんに、桜ちゃん……。  それに」


  遥は銀太を見て微笑む。


「銀ちゃんも来たしね。  大好きな人達がいる。  そんな大好きな人達が笑って暮らせるなら私は命なんて惜しくないよ」


「ふざけるなよ、お嬢……」


  そう言ったのは正宗ではなく銀太だった。

  ドスのきいたその声に遥はおろか、先程まで傍若無人の称号をほしいままにしていた正宗までビビっていた。


「お嬢が死ねば、みんな笑って暮らせるだぁ?  どこの誰にそそのかされたんで?」


「ぎ、銀ちゃん怖い……」


「この世界に来て、お嬢と会って、妙にお嬢に対して皆がヤケにチヤホヤしているのでなんか引っ掛かっていたんだけどね。  よ〜やく疑問が氷解したよ。  孫一も、吉岡のあの男も、みんなそれ知っていたんか」


  銀太は正宗を睨みつける。


「え……い、いや……」


「こんな女の子を矢面に立たせてピーチクパーチクとさえずっていたんだね、あいつらはよ……」


  銀太の眼は恐ろしいほど深く漆黒に沈む。

  百戦練磨のもののふですら、畏怖するほどの覇気。

  ビリビリと、電流が流れるような空気に場は凍りついていた。


「ね、姉ちゃん……、この兄ちゃん、何なんだ?  どこの、だれなんだよ……」


「銀ちゃんは……銀ちゃんだよ」


「お嬢、隠し事は一切なしだ……。  洗いざらい喋っちゃいな」


  銀太は視線を正宗にも向ける。


「お前も知ってる限り教えろ。  お嬢の事だ。  この期に及んでまだ隠すだろうからな」


「……お、俺はもとよりそのつもりだよ……。  姉ちゃんが神子になった件に関しては、俺だって納得してないからね……」


「ちょ、ちょっと……、銀ちゃん、正宗……」


  遥は銀太と正宗を相互に見合わす。


「まず、俺は神子という役職に関しては、魔王を退治する人って事しか聞いてないが、具体的にどうやって退治すんだ?」


  遥の目が泳いでいた。  そんな遥からの解答は期待せず、正宗に視線を移した。


「神子の聖なる魂を持って、邪なる魂を相殺して、邪を封じる。  それが神子の役目だよ」


「魂をソウサイ?  ソウサイって相手の相に殺すの相殺か?」


  正宗は頷く。


「………………つまり、うまくいってもお嬢は死ぬって事で間違いないのか?」


「俺は神子の秘技っていうのをよく知らないけど、間違いなくその意味で合っている」


「……………」


  銀太は遥を睨む。


「お嬢……、なんでそんな重要な事最初に言わないの?」


「だって銀ちゃん……、反対するでしょ?」


「当たり前だろうが!  神子がそんな役目だって知ってりゃ、そんなふざけたのに賛同してるやつ、全部ぶっ殺して俺らの世界に連れて帰るに決まっているじゃないか!」


「あははは……、やっぱり銀ちゃんだね」


  遥は呆れともとれる渇いた笑いをした。


「でも銀ちゃん……、そして正宗、聞いて?」


  遥は、コホンと咳ばらいをして語った。


「私さ……、この世界に10年いるんだよ?  銀ちゃんは来たばかりだから愛着なんかないかも知れないけど、私はこの世界でえにしを結びすぎてるの。  そんな私がこの世界の役に立てるならこの命を投げ出してもいい。  本気でそう思っているんだよ……」


「お嬢、黙れ……」


「……銀ちゃん」


「はっきり言う。  お嬢の決意は立派だ。  立派だがな、命を簡単に諦めるんじゃねえよ……。  命を諦めた時点で負けてるんだよ、全てに」


「じゃあ、何か他の方法があるとでも言うの!?」


「あるだろ……」


「え?」


「この世界の連中にとっては、その策が唯一無二の絶対策として決めつけちゃあいるがね。  そんな言い訳で別の手を模索する事を放棄した事には変わらない。  俺の世界にかつていた侍と今まで俺は混同していたが、大きな間違いだったようだな……。  この世界の侍は、俺の世界にいた侍と違ってヘタレ侍と認定するよ……。  今後一切、この世界の侍は武士だ、もののふだ、侍だと名乗るなよ?  その文字の意味を汚す行為だ……。  てめえらはヘタレと自称を改めろ……。  てめえらには勿体ねえ字だ……」


  正宗は銀太の言葉にカチンときて、刀を抜こうとする。

  しかし銀太は、ツバの先端を押さえ、抜けないようにした。


「事実を他人の口から言われて頭に血が上ったか、木っ端……。  俺の世界のある侍の話をしてやるよ……。  とある大きな戦に敗れて捕らえられた総大将がいたんだよ。  その総大将は処刑になる前、白湯を所望した。  しかし、白湯なんかその場になく、柿ならあると見届け人は言ったが、柿はタンになるからそれを辞退した……。  木っ端、これどういう意味かわかるか?」


「は?」


  銀太は鼻で笑って言った。


「今から処刑になる人間がタンの心配をしたんだ。  この世界の侍程度なら今から死ぬ人間がタンの心配をしているのを滑稽と笑うんだろうな……。  しかし、俺らの世界にいた侍は、その大将の言葉に戦慄した奴がいるんだよ。  この大将、今まさに死ぬ寸前にも関わらず、まだ諦めてないってな」


「……………」


「最後の最後まで諦めぬ意思。  これが俺らの世界の侍だよ」


「最後まで、諦めぬ……意思」


「その総大将に仕えた軍神や盟友……、こいつらも侍だ。  その戦、戦力的には五分にも関わらず、味方はほとんど動かなかった。  軍神も盟友も兵力が自分らの10倍以上にも関わらず互角……いや、押し返した。  最終的には動かなかった自軍の連中が寝返り、自分らを攻撃してもそれでもまだ勝利への模索をし続けた……。  負けたには負けたが、勝った方が圧勝できる戦局だったにも関わらず、日本史に残る大激闘になった……。  全ては圧倒的不利をも覆す勝利への模索が、軍神と盟友にあったからだ……。  他の世界の人間に自分の世界を託して安寧を得ろうとする一派の台頭を容認してしまっているお前らヘタレ侍にその気概があんのか?」


「………………………」


  正宗は黙り込む。

  銀太の言っている事は無茶苦茶だが、かと言って間違えてはいなかった。

  正宗自身も、神子という役職には反対してはいるものの、その神子という役職が表だってしまった土壌を許したのは他でもないこの世界の侍である。


「金次ぃ、耳痛くない?」


「ははは……、面目ない」


  三人の後ろから声がした。

  その声の主の存在を視認した遥は


「桜ちゃん……、なんでここにいるの?」

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