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第一章16話 魔王の影

「なんだと!?」


  孫一は吉岡の持ってきた情報に、信じられないと言わないばかりの声をあげていた。


「事実だよ、孫いっちゃん」


  それを肯定するように遥は頷く。


「だが、だが……、それが事実だとすると」


「吉岡が昵懇じっこんとしている草からの報告だ……。  間違えない」


「草?」


  遥はその単語の意味がわからずつい声にだした。


「草とはすなわち、スパイみたいなもんだよ。  地域の住人に成り済まし、そこに土着しながら情報収集をして、その情報を本来の主に伝える。  草のようにその土地に根を張るという意味から来ている」


「へー……、銀ちゃん詳しいね」


  漫画で得た知識だが、概ねは合っているはずである。


  ちなみに吉岡が持ってきた話は3つ。

  一つは、ダテとナガオの頭首が暗殺されたこと。

  ダテといえば、俺が真っ先に思い付くのは伊達政宗。

  独眼竜として知られるあの伊達だ。

  そしてナガオといえば、越後の竜といわれる上杉謙信の姓を改める前、長尾という姓を名乗っていた。

  上杉謙信という名前は謙信の晩年、そして死ぬまでの名前なので、実際謙信が若きころは確か、長尾景虎と名乗っていた……はず。

  これも小説や漫画の知識なので酷く曖昧だが。


  ただ、俺の知識に謙信や政宗が暗殺されたという情報もなければ、その先代が暗殺されたという情報もない。

  やはりここはある意味でのパラレルワールドなのだろう。


  そして二つ目は、戦国時代に興味のあるやつなら誰でも知っているオダとイマガワによる桶狭間の合戦。

  奇襲による織田軍による今川義元を討ち取ったあの合戦。

  中学の歴史のテストにも出て来る有名な合戦だ。

  ただ、やはりいくつか俺らの世界とは異なる事がある。


  今川義元の軍師、大原雪斉が桶狭間で落命したという事実と、徳川家康がすでに織田に主従しているという点だ。


  大原雪斉は、桶狭間の前に病死しているはずだし、桶狭間の戦いに従軍しているわけがないのだ。

  そして、徳川家康。

  この頃は姓名はまだ松平元康。  徳川家康と名乗るのはまだ先なはずであり、何より家康はこの頃は今川に従属しているはずなのだ。

  織田と徳川は確かに同盟を結ぶ。  しかしそれは形式の上では対等な同盟のはずだった。

  これらを鑑みるに、俺の知りうる情報は全く役にたたないということがわかる。

  そして3つ目は、織田が斉藤道三を滅ぼし、その本拠地ににすでに城を建築を始めている事……。


  これもおかしい。

  信長は道三存命中、斉藤とは姻戚同盟を結んでいたはずである。

  周囲は信長の電撃戦の早さに驚いているが、俺は違う次元で驚いていた。


  そして流れが早過ぎる。

  桶狭間から数日で斉藤、今川を滅ぼすだけの力がいくら天才信長でもあるわけがない。

 

「銀ちゃん、難しい顔してどうしたの?」


  お嬢は俺の顔を覗き込む。


「なんでもないよ」


  俺はそういって隣に座るお嬢の頭に手を置いて、撫でた。


「……銀ちゃん、私小さい遥じゃないんだから、子供扱いしないでよ」


  と、拗ねるようにお嬢はいった。

  そんな拗ねる所は小さいお嬢となんら変わってないのがおかしくて俺は笑いを堪えた。


「はいはい、わかったわかった」


「神子様、ちなみになぜ知っていたのですか、この一連の騒動を……」


  孫一が最もな意見を言う。


「だって永生の頭首になった桜ちゃん、私の友達だよ」


「……桜?」


  孫一と吉岡は顔を見合わせる。


「永生を継いだのは嫡男の景虎でございますよ?  桜とかいう名前ではないはずですが……」


「あ……、そ、そうだった」


「お嬢?」


  お嬢は焦った時、または隠し事をしている時はよくバツが悪そうに笑う。

  今もまさにそんな顔だった。

  お嬢は、ハッと俺を見て黙りこんだ。

  そしてお嬢は俺にこそっと目で訴える。


  何も言わずに黙っていてほしい時にお嬢がよく俺にするサインだった。

 

「………………」


  俺はとりあえず沈黙を守る事にした。


「永生と伊達の両頭首の暗殺は本来起こってはならぬことだ。  それに魔王信長……。  なんとも恐ろしい事だ。 奴が畿内に入るのも時間の問題か?」


  孫一は腕を組み、考え込む。

  吉岡はお嬢を見て目を泳がせていた。


「誠ちゃん、孫いっちゃんにあのことも言わないと、ここでもあんな事が起こるよ」


「……神子様は知っていらっしゃっていましたか」


「見て来たから」


「……左様ですか。  孫一殿、旧今河領と旧西藤領で起きた悲劇をこれから話します。  覚悟してください」


「覚悟?」


「この度の織田の攻撃により、今河領の民と西藤領の民は根絶やしにされました」


「は?」


  俺は素っ頓狂な声をあげていた。

  一方の孫一は大方の予想はついていたらしく悔しさのあまりに歯ぎしりをしていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。  アンタ、今なんて言った?」


  俺は信じられないと言わないばかりに身を乗り出して吉岡に問い詰めた。


「……間違えない情報だ。  織田の鬼どもは自分に敵対した今河、西藤両家縁者はさながら、罪のないはずの領民にすら皆殺しにした」


「嘘だろ?  いくらなんでも……」


「それが魔王なんだ!  魔王信長なんだよ!」


  孫一は声を張り上げた。


「………敵対した以上、徹底的に潰す。  それが信長」


「た、確かに……そんな事をしない……とは言い切れないけど……。  でも、だって……領民を殺す?  そんな事をして何のメリットが」


  孫一も、吉岡も、そしてお嬢すらも口を紡ぐ。

  俺の認識は甘すぎた。

  あれだけパラレルワールドパラレルワールドと言っておきながら心のどこかで自分らの世界との繋がりを期待していた。

  史実、信長は確かに魔王と呼ばれるほど残虐な行為もした。

  しかしそれは信長には信長の信念があり、その行為も新しい時代を築くため。

  織田の世を維持する為の行為であり、無意味無差別で虐殺するということはない。


  しかし、この世界の信長の行った行動には、とてもではないが俺らの世界の織田信長とは違う。

  いくらなんでも意味を持たない、また周囲から異様に警戒される蛮策を頭の回る信長が取るわけがない。


  もはやこれは何か変だですまされる問題ではない。  明らかに異常だ。

「銀ちゃん……。  これが魔王なんだよ……」


  お嬢はポツリと言った。


「このままほっておけば魔王は全ての人達を殺してしまう。  魔王は土地や権威が欲しくて侵略してるんじゃない。  自分の楽しみの為に暴れているの」


  開いた口が塞がらない、とはこの事か……。

  俺もお嬢もなんて世界に迷い込んでしまったんだ。


「銀太……、神子様を頼むぞ」


「孫一?」


  孫一は俺の問い掛けに答えるように立ち上がり


「俺は直ぐさま防戦準備に入る。  まだ織田軍は畿内にきちゃいないがもはや時間の問題だ」


  吉岡も立ち上がる。


「では、私も室町の将軍様に一刻も早い防戦の準備を進言しなければならない……」



  孫一と吉岡は頷きあい、その場を立ち去っていった。

  その場に残されたのは俺とお嬢のみだった。


「……とんでもない世界だな」


「そうだよね」


  お嬢は俺の独り言にポツリと答えた。


「ありがとね、銀ちゃん」


「ん?  何が?」


「さっき、桜ちゃんの事をうっかり言ってしまった時、黙っててくれて」


「まあ、何を隠してるか見当もつかないけれど、なんかまたヤバイ事隠してるんだろ?」


「うん」


「んじゃあ、その癖はなおしたほうがいいよ」


「銀ちゃん……」


「ん?」


「桜ちゃんのところにいかない?」


「お嬢の友達の?」


「……うん」


  お嬢の顔が妙に暗い。

  何かでかい問題を一人で抱えている。

  ふと、そんな気がした。

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