第一章15話 吉岡
孫一が俺に銃を向けている。
「孫いっちゃん! なんのつもり!?」
「神子様、そこをどくんだ」
「いやだ! どいたら銀ちゃん撃つ気でしょ!」
「孫一……」
「銀太……。 お前今まで演技してやがったな……」
「なんの話だ?」
「法主は、言った……。 神子様との連れは、空間の狭間に取り残されたと……。 空間の狭間は先も言った通り、人が生きていくのに必要なモンがない。 あの場に取り残されたら10秒とたたず死ぬんだよ……」
「それでなんで俺が魔王の刺客?」
「もし、あの場で生き残るためには、人であることを捨てるしかない……。 そんなことができるのは魔王くらいだ」
「はあ?」
ダン!
孫一の持つ火繩銃が火を噴く。 弾は遥か遠方の木に命中した。
「孫一殿!」
鳥居の方から声がした。
「!」
「銃を引け!」
「吉岡か!」
「貴様の矛盾点を教えてやるよ」
いきなり現れた男は、吉岡と呼ばれた。
吉岡は、孫一の銃を掴み、
「一つ……、魔王の刺客だとしたら、すでに顕如法主は生きていない」
「な……」
「二つ……、魔王の刺客が勇者の称号の拝命を断る理由がない。 逆に好機。 その称号を持ってりゃ暗躍が楽だよな……」
吉岡は俺を見る。
「三つ……。 投獄されたこいつを、孫一殿のたまたまの気まぐれで外に解放されたんだ。 でなきゃ、今頃処刑になっているはずだよな」
「…………」
「さらに4つ……。 刺客にしては間抜けすぎる。 刺客ってなのはな、細やかな気配りと豪胆な神経……、そして敵を欺けるだけの知性が必要だ。 こいつにその一つもあるとは思えないが?」
「って、おい!?」
吉岡は、ニヤッと笑い、孫一の火繩銃を居合で真っ二つにした。
「どわっ!」
孫一は自分の火繩銃の末路を見て尻餅をつく。
「吉岡! お前、今日日火繩銃がいくらするか知ってんのか!」
孫一は顔を真っ赤にして反論した。
「剣士に取って鉛の矢を高速で弾く銃は好きになれんよ」
「誠ちゃん……」
「神子様、ご機嫌うるわしゅう……」
遥の声に吉岡は軽いノリで手を振って答えた。
「で、勇者様とやらだな、お前が」
吉岡が銀太に近づき、ジロジロとなめ回すように見る。
「な、なんだよ……」
「ふむ、ボンクラか」
「……………」
「そんな顔するな、命の恩人に向かってな……」
「誠ちゃん……」
遥は吉岡に駆け寄っていった。
「孫一殿、そして神子様両名に大事な話がある……」
吉岡はそういって奥の道に入って行った。
「お嬢……、今のは?」
「ああ、誠ちゃん? 京に道場持っている吉岡の誠ちゃん」
「吉岡……って、あの吉岡流の!?」
「……れ? 銀ちゃん、なんで知ってんの?」
「宮本武蔵に敗れた京の道場が吉岡……。 あれ? 時代が合わないような……」
「ミヤモトムサシって誰?」
「あ……、いや……。 なんでもないよ、お嬢……」
若き宮本武蔵が洛北の蓮台寺野に戦い、惨敗した、吉岡憲法が4台目、吉岡清十郎……。
この惨敗が清十郎の弟、伝七郎に伝わり、仇を討つべく決闘を挑み、あえなく敗れて落命し、代々室町将軍兵法指南を務めた吉岡流は滅んだ……。
この時、清十郎は20台後半くらい。
これは関ヶ原の合戦より数年先の話であり、関ヶ原の合戦は、豊臣時代の命運を分けた合戦……。 その豊臣始祖の秀吉は、織田信長の今だ幕下にあるはずで、この時代に吉岡清十郎がいることはありえないのだ……。
「……あんまり俺の生半可な知識は当てにしないほうがいいかな」
「ん?」
銀太は疑問がっている遥の頭を撫でた。
俺はまず何をなすのが今ベストなのか考え始めた。
本音を言えば、元の生活に戻る事。
しかし、それは容易ではないことくらい軽く想像はできる。
今、俺の知りうる限り、様々な物語で召喚された人らの顛末を思い出していた。
そして結論からは半々といった所……。
どうにかして帰った人。
そして、その地に土着した人……。
帰って行った人は条件というのが調えられていた。
じゃあ、俺達にはその条件は調っているのだろうか?
答えは限りなくノーだろう。
なにより俺を召喚した顕如は俺を役立たずとし、殺そうとした。
そんな人物が何を間違えて俺を元の世界に戻す算段をしてくれようか……。
そしてなにより問題はお嬢だ。
俺にとっては一瞬の出来事でもお嬢は10年、この世界にいる。
お嬢の歳にして10年という月日はけして軽いものではない。
10年も月日が経過したお嬢をおやっさんやおかみさんは何を思うか……。
もはや帰るという選択肢は容易に選べない。
いろんな所で聞く時は残酷というフレーズは、まさにそのとおりだと今この時痛感した。
となると、情けない話、もう俺に残された選択肢は二つ。
我欲に任せるままに帰る事に執着するか、流れにただのるか……。
なんて考えて見たものの、答えは決まっている。
流れにただ乗るしかない。
お嬢を置いて帰る選択肢もあるように見えるが、そこまで俺は落ちたくない。
なるようになるさ。
これまでそうだったじゃないか。
そうやって俺は生きてきたんだから……。