第一章13話 神子
「あ、あの」
「なんだ?」
「ありがとう……」
「なんだ、ただの礼儀知らずと思えば最低限の礼は知ってるんだな」
ガハハハハと孫一は笑った。
「そもそもここだけの話、法主は間違っていると思うからな。 勇者じゃないからといっていきなり用がなければ殺すなんてやり方気にくわねえし、そもそも異世界の奴に頼るってぇ事は俺らが信用されてねぇって事を暗に言ってるわけだ」
「孫一さん」
「孫一でいいぜ、なんだ?」
「その魔王なんだけど、今どこにいるんだ?」
「尾張の田舎よ。 法主は危険危険と唱えているが、織田なんてそのうち今河あたりに滅ぼされるだろうしな」
「今川? 今川義元か?」
「そうそう、その今河義元だよ。 あそこは東ではかなりの国だからな。 それに竹多や法条と同盟結んだ事だし、今河にとって上洛はたやすいだろう」
「武田、北条、今川の三国同盟か……。 確か今川の軍師、太原雪斎の提唱によって出来たやつね」
「詳しいな……」
「有名だからね」
「有名か……。 お前は異世界にいながらよくこちらの情勢を把握しているもんだ。 ある意味怖いぞ」
「俺の世界とやらの過去に起きた事だし、戦国の乱世はなかなか有名だからね。 中国の三国志ほどとはいわないけどかなり知名度はあるよ」
「チューゴク? サンゴクシ?」
「ん? ああ、この時代は中国じゃなく明っていうんだったね」
「ミン?」
「あれ? 知らないわけないはずだけど……。 武田とかは中国の兵法家、孫子の兵法を取り入れているはずだし……。 ほら、風林火山」
「ああ、竹多の旗にそんな文字の記載があるな。 確か円国の兵法だと記憶しているが」
「エン?」
「もはや、ヴィンセントとかいう国の属国に成り果ててしまっておるらしいが」
「ヴィン……なに? そんな国知らねえよ」
「ふむ……。 和国内なら通じるが、大陸の方は共通していないようだな」
「ここは過去の世界と違うのか?」
「法主は、お前を異世界の民と言っておった。 未来から来たのならば未来からの民と言うと思うがな……」
「となるとやはり並行世界ってことかな」
「並行世界? なんじゃそりゃ」
「いや、詳しい理屈はよく知らないんだけど、簡単にいうならもしもの世界だね」
「もしも?」
「例えば、孫一のいない世界とか、俺が召喚されてない世界とか今この時間、俺らがこうやって話していることなんかありえないだろ? そんな世界を並行世界というんだ」
「よく意味がわからんな」
「俺もよくわかんないよ。 俺基本バカだし。 なんかの漫画かなんかでたまたま知っていた事だしね」
「まあ、お前はここにいるのは事実だ。 後はどうでもいいだろ……」
「……そうだな」
「ところで銀太よ」
「ん?」
「お前の世界の最強の武器のことだが」
「!」
「お前、わざと知らぬふりしただろう……。 あれが何なのか知っているな?」
「……いや、知らないよ」
「ふ……。 顔がすでに知ってる事を語っている。 だから、知らないなら知らないで通せ」
「………は?」
「俺は基本的に反対なんだ。 あんな得体もしれぬ力に頼る事は……。 法主は、民草どもや、兵たちの犠牲を減らす為といっておったが、俺はあの武器は本能的にヤバイと感じておる。 あれは、危険……のような気がする」
「あんなの使ったら敵どころか味方も跡形もなく消えるよ」
「な、何?」
「ああ、確かに俺の世界じゃあれに匹敵する武器なんかないよ。 とんでもないものまで召喚しやがって……。 暴発するだけでなにもかもなくなっちまうよ」
「お前……」
「あの場で言えるわけないだろ? ありゃ最低最悪の兵器だ。 しかも誰でも使えるんだよ。 資格なんかいらない。 引き金一つでなにもかも全てご破算さ」
「資格が……いらないと?」
「俺の生まれる前、俺の国で戦争があったんだが、敵の国が俺の国に2発もあれよりかなり威力の低いやつを使いやがった。 結果、人は影まで燃え尽き、燃えなかったやつは熱でドロドロに溶けて……。 それだけじゃない。 その爆発より遠い位置にいた奴は、放射能で身体中に病魔が蝕む。 あれは俺の世界で決して使っちゃいけない兵器なんだよ!」
「……………………そんな危険な武器なのか?」
「危険だよ」
「ふむ……」
「ところで孫一」
「ん?」
「この世界に俺の世界から俺と一緒に小さな女の子が召喚されているはずだが」
「小さな女の子? 今回の皇臨の儀で召喚されたのはお前さんだけだが」
「んだと?」
「ああ、間違いねえ……。 前回、といっても10年も前だが、法主は二人召喚したはずなのに一人しか召喚できないなんて事態が起きたんだ。 可哀相に、そいつは時空の狭間とやらでもはや死んでいるのは間違いねえ……」
「死!?」
「俺も儀式行使者の法主から聞いた事だから対した知識もないがよ……。 法主がおっしゃるにはお前の世界と俺らの世界が繋がる穴というやつは生きていく上で必要なモンがないとさ……。 あそこに留まってしまったら死ぬしかないんだ」
「お、俺……、よく生きていたな……」
「一人のみを呼ぶのには問題なく儀を行使できる……。 しかし二人以上となれば行使者に負担がかかり二人を牽引できなくなる。 法主は秘技と言っていたが所詮外法だからな」
「? 言っている意味の半分も理解できないんだけど」
「ま、簡単にいや、10年前それで失敗しているから今回は一人しか連れないようにした……。 だからお前のいう小さな女の子がこっちの世界に来ている事なんて有り得ないってこった」
「そんなバカな!?」
「やけに疑うな。 話してみろや」
「俺より先にお嬢は消えたんだぜ! あんたらの召喚によって!」
「そんなはずはないぞ。 法主は今度は一人しか呼んでないはずだ。 でなきゃ法主が俺らに嘘をついている、ってことになる。 けど、俺らに嘘ついてなんになるよ?」
「俺は顕如の事はよく知らないがな……。 お嬢は俺と一緒に巻き込まれたのは間違いないんだ」
「仮にお前の話が本当だとしたら、気の毒だが諦めな」
「なんだと!?」
「誘導に外れたら死ぬしかないんだよ。 そんな理屈だ」
「ふざけんなよ、てめぇ!」
「ふざけちゃなんかいないさ。 ただよ、お前はこうしてこの世界に喚ばれてしまったんだ。 ならば、お前はこの先、この世界で生きていくしか方法はない。 お前がこれから考えなければならないのはこの世界でいかに生きていくかだよ」
「こっちは頼んでもねえんだよ! てめえらの都合で呼び出しておいといて、無責任すぎんじゃねえか! ええ!?」
「責任……ねえ。 行っておくが、お前は法主の要請を断ってるんだ。 そんな奴に責任がどうのとか言われたくないな」
「話を切り替えんなよ!」
「ま、お前の言い分は確かに正論だと思うがよ……。 だがな、木っ端……。 自分だけの道理が通じるほどこの世界は甘くねえ……。 弱い奴は喰われる。 喰われる奴はどんなに喚こうが喰われる奴が悪い。 これがこの世界だ。 よく覚えておきな」
「なっ……」
「それにな、何度も言うようだが今回の皇臨の儀はお前しか喚んでないんだ。 前回、盛大にやってしまったからな……。 あの箱とか」
「あの箱って……」
「お前らの世界の最強の武器だよ。 あれも喚んでっからな。 今回、10年たったとはいえ、法主様の法力は完全に回復しているわけではない。 一人が精一杯なんだよ。 二人も喚んでいたら、お前すらこの世界に来てないよ」
「じゃあ、お嬢はどこ行ったんだよ?」
「お前の勘違い……ってのが濃厚だな」
「は? か、勘違い?」
「大方夢でも見てたんじゃないのか? お前、こっちに喚ばれた時、寝てたからな」
「え?」
「俺も皇臨の儀を見るのは二回目だが、前回喚ばれた奴は起きてたし」
「前回、喚ばれた?」
「お前のは二回目」
「じゃ、じゃあ……。 俺以外に喚ばれた人がいるのか?」
「いるよ」
「俺の世界からか!?」
「さあて? 10年前喚んだんだ」
「そいつに会わせてくれないか?」
「そのつもりで今、神子様の所に向かっているんだよ。 お前は神子様の世界から来てるかも知れない。 なら神子様となんか話が合うかもしれない。 覚えておきな。 そのために生かしてるんだぜ?」
「ミコサマ? それがそいつの名前か」
「お前な、人が脅してるのに、その反応はつまらんぞ」
「あ?」
「いや、いいさ……。 お前という人間を認識できた」
「ところでそのミコサマとやらなんだが」
「口を慎め。 とやらとはなんだ……」
「ああ、悪い悪い……。 でミコサマはなんでこっちに喚ばれたんだ? 俺みたく勇者とやらに仕立て上げられてんの?」
「まあ、似たもんだ。 お前と違って神子様は魔王討伐を引き受けてくださったがな」
「よくこんな胡散臭い話引き受けたもんだ」
「ふ……。 確かにな。 お前らを喚んだ関係者としてこういっちゃなんだが、俺なら引き受けないでお前みたいに駄々をこねるだろうな」
「だ、駄々?」
「違うのか?」
「駄々じゃねえ! 自分の意見の主張だ!」
「主張……ねえ。 それは聞き手の反応次第で受け止められ方は変わる。 だから聞いてる俺からしたらお前の主張とやらは駄々にしか聞こえん」
「な、な、な……」
「そりゃそうだろ。 主張とやらを聞いて欲しいんなら、聞いてもらえる環境を作るこった。 それがなきゃ主張はただの駄々だわな」
孫一は大笑いをしながら、歩みを早めた。
「て、てめえ……」
「一つ言っておくぞ。 お前がここで野垂れ死にしようが、誰も同情はしない。 俺の目覚めがちょびっとだけ悪くなる。 ただそれだけだ」
「………くっ」
「そろそろ自分の立場というのをわかれ。 吠えた所で自分の立場が悪くなる以外変わらないんだぜ?」
「……………わかったよ、クソッ」
「分からず屋のガキではないようだな」
「で、ミコサマの話に戻れよ。 もう俺が興味あんのはその一点だけだ」
「そうだった、そうだった」
「で、ミコサマはどんな奴なんだ?」
「う……む。 お子様だな」
「………はい?」
「会えばわかる。 ただ芯はしっかりしている。 それだけわかってりゃいいだろ、前情報としてな」
「なんだよ、勿体振るな」
「さて、こっから階段だ」
「階段? …………げ」
孫一と銀太の目前に広がる階段は、果てしなく長い階段だった。
「何段あるんだ、こりゃ……」
「聞いたら登る気なくすんじゃないのか?」
「う……」
「まあ、足腰の鍛錬だと思え」
「うへ……」