第一章11話 本願寺顕如
「勇者様、起きてください……。 勇者様、起きてください……」
「……………」
銀太はその声に意識が戻っていく……。
銀太の視界が徐々に開けていった。
銀太を覗き込むように、真っ金々の袈裟を来た坊主が銀太の視界に映る。
「うわああああああああ!」
開眼一番に、目の前に怪しげなオッサンの顔があれば、銀太でなくてもこの反応ではないだろうか?
「勇者様、まあ、落ち着いてくだされ」
「……へ? 勇者?」
銀太はキョトンとして坊主の顔を見る。
「申し訳ございませぬ、紹介が遅れてしまって。 拙僧は本願寺が法主、顕如と申します」
「本願寺? 本願寺ってあの?」
「知っているんですか?」
「知っているもなにも石山本願寺と言えば知る人ぞ知る戦国大名じゃないか」
「石山? 戦国大名? 拙僧は大名ではありませんが……」
「あら?」
「それにここは岩山本願寺でございます」
「岩山? 石山だろ? こう見えても戦国時代は好きだからな。 確かお前、統率が90あったよな」
「は? 90?」
「でも確か武力が低いんだよな(笑)」
「た、確かに拙僧は武士とは違い武芸を嗜んでおりませぬ故……」
「ああ、だからあんた武力低いのか」
「……何の話をされておるのですかな?」
「ああ、こっちの話」
「話を元に戻してよろしいですかな、勇者様?」
「その前に勇者って俺の事?」
「左様でございます、勇者様」
「何で俺が勇者? 勇者ってあれか……。 他人んちにズカズカ上がり込んでタンスの中身を持ち出しても文句の言われない奴の事か」
「勇者様、何か酷い誤解をされていらっしゃるようですが?」
「俺の勇者の認識はそんなもんだ」
「はあ、それが勇者様の世界の勇者感ですか……」
「で、どこに魔王がいんの? 海を挟んだ目の前の城? それとも次元の狭間? まさかベタに魔界?」
「勇者様の世界にはゴロゴロと魔王がおるような言い方ですな」
「ああ、ゲームの世界には溢れる程いるよ」
「魔王討伐に関しては経験豊富なわけで?」
「ああ、しょっちゅう倒してるよ。 そういえば神が敵対したゲームもあったな」
「神……ですか?」
「あれは俺が今までやったRPGで最も名作だと思う。 (中略)SFCのあの少ない容量に込められた開発者の熱意が沸々と醸し出され、数々の神ゲーを生み出したあの時代。 (中略) 各ゲーム会社が音楽、シナリオ、当時としては斬新なシステムを次々世に送り出し、引きこもりを大量発生させる社会現象まで旋風させた大ジェネレーション! まさに神だよ、神。 (中略)このゲーム戦国時代の日本に生まれたのはまさに奇跡。 もはやゲームこそ日本が世界に誇れる文化!」
「もう少しこの坊主にもわかりやすく説明してくだされ」
「ああ、すまない。 ちょっと興奮してしまったようだ。 水を取ってくれたまへ」
「はい、白湯です」
「ご苦労。 俺の夢の中の住人にしては気がきくではないか」
「……夢でございますか。 申し訳ありませんが、この世界は現でございます」
「はあ?」
「ですから、この世界は現でございます」
「うつつ?」
「左様でございます。 話を戻してよろしいでしょうか?」
「あ、ああ」
「勇者様を異郷の世界より召喚させて貰ったのには訳がございます」
「魔王倒せと?」
「左様でございます」
「戦国の魔王っつったら……、あれか。 織田信長?」
顕如は眉を潜めた。
「ご存知なので?」
「何? もう比叡山焼き打ちされてんの? 伊賀天正の乱発生しちゃった?」
「………は? 勇者様、何を言ってらっしゃるので?」
「織田信長ならほっといても部下の謀叛で本能寺によって死ぬよ」
「本能寺!? 勇者様、詳しい説明を! そもそも勇者様、何故そのような事を知り得ているのです?」
「そんな事よりあんたたちの事聞かなくていいの?」
「は? 我々?」
「あ〜、お腹空いたなぁ。 あんた、そんなキンキラキンの袈裟を着てるんだ。 しこたま金蓄えてるんでしょ? ステーキでいいよ?」
「は? すてーきとはなんでございます?」
「あ、そっか……。 なんかの漫画で読んだわ。 獣肉を食うのは明治以降だったね。 んじゃ、寿司あるだろ?」
「わ、我々は仏門ゆえ、なまぐさは一切……」
「何だよ、しけてんなぁ……。 客を満足にもてなす事も出来ないのかよ……」
「ゆ、勇者様……。 い、いい加減話を戻させて頂いても宜しいでしょうか?」
「ああ、だから信長はほっといていいって。 ほっときゃ自滅するから」
「勇者様、信長めの何を根拠に自滅すると?」
「それにさあ、こんな事ホントに言いたくないんだけど、政教分離って知ってる?」
「政教分離……ですか? 読んで字の如くならば我々の存在を全否定する言葉のような気がしますが……」
「要はあんたが張り切りすぎちゃったから出来たと言っても過言じゃない法律だったと思うけどね」
「拙僧が?」
「おや、頭に青筋が」
「い、いえ……。 き、気になさらず……。 異界を繋ぐ者として、ぶ、文化の違い位は心得ております故……」
「ああ、そう?」
顕如は精一杯、顔に笑いを浮かべてはいるがかなり内心は烈火の如く怒り狂っているだろう。
この辺りの配慮の無さは、哀しいかな、現代っ子の性。
「と、ところで勇者様に見ていただきたい物がございます」
「俺に見せたいもの?」
「勇者様を召喚する際に、勇者様の世界で最も強力な武具も召喚したのですが、勝手がわからないのです」
「俺の世界最強の武具ねぇ……」
顕如に案内されるまま、とある一室に連れていかれた。
「勇者様の世界から10年前召喚したお方が申しても、なにやらわからないそうで……。 勇者様ほどの百織ならわかるのではないかと期待しております」
銀太の目の前にあるのは八つのコンテナであった。
八つのコンテナ全てにオレンジの背景に風車にも見える黒い絵がかかれたマークのシールが貼ってある。
「あれ? このマーク、どっかで見たな」
銀太は腕を組み、このなんとなく見覚えのあるマークを思い出そうとしていた。
「どこで見たんだっけ……。 つい最近だった気がするんだけど」
ガソリンスタンドで見たんだったかな?
それともコンビニ?
仕事の現場だったか?
あ〜。
仕事の現場だった気がする。 確か原発の休憩所の喫煙室の椅子を組み立てに行った時、原発の入口で……。
「って! おい、坊主!」
「は? な、何か?」
「何てもん持ち出しやがってんだ、コラ!」
「な、何かわかったので?」
「お、お前……、これ何か知らないで持って来ちゃったのかよ?」
銀太は恐る恐るコンテナの扉を開けようとする。
……が、当然のように鍵がかかっていた。
見る限り、ICカードを差し込み、暗証番号を入力して開くタイプのオートロック。
電源供給型のタイプなので、電気が走っていないこの世界でこのコンテナを開閉するのは………………………………現状では不可能であった。
きっとこの中身はどこぞの原発の核廃棄物だ。
そう思い込もうとした矢先、見たくもないステッカーが張られていた。
某核兵器保有国の国旗と、その陸軍を指すアルファベット4文字……。
間違いない、このコンテナの中身は……。
「戦術核……。 このサイズだと、RPG仕様……」
自分の口で言ってからさらに寒気が増す。
この中身の恐ろしさは、嫌というほど知っている。
修学旅行で、原爆史料館にも行った事もある。 世界唯一の被爆国日本生まれの現代っ子。 世界で最も核兵器の恐ろしさを知る機会に恵まれているため、核を保有する国の若者以上に知識があるのは間違いない。
核兵器を世界で一番嫌悪できる環境にある為、当然銀太といえど顔をしかめていた。
「それでこれは一体どんな武具なので? 魔王を滅ぼす力を持つ武具でありますか?」
「呑気な……。 これ使ったら……」
いや、待て。
待つんだ、銀太。
これの恐ろしいのは、RPG型……。 対戦車用歩兵砲サイズに改良されているところ。
弾頭ミサイルとは違い大袈裟な設備がなくても引き金一つで発射できるということ。
誰でも、撃つ事が可能だということだ。
それが俺でも……。 そこの顕如でも……。
強大な兵器を手にした奴の思考は至って単純。
使うに決まっているじゃないか……。
「使ったら?」
「どうなるんだろうね」
「はあ?」
銀太の答えに顕如は怪訝な顔をする。
「八つもあるけど、わざわざ俺の世界から召喚したの?」
俺の世界では今頃大騒ぎになっているだろうな……。
いくら夢でもこれはやりすぎ、やりすぎ。
夢の中とはいえ、あの地獄の風景を見る気はさらさらない。
「全部で40の反応がありましたが、ここまで運べたのはこの八つですが……」
「………えっとさ。 んじゃあ、残りの32個のコンテナは?」
「どこにあるのか皆目検討つきません」
「へえ……」
つまり……、えっと?
え〜〜〜〜〜〜〜〜っと?
あれ? あれあれあれあれあれ?
おっかしいなあ……。 なんかすごく嫌な予感がするんですけど?
こんなシーン、洋画アクション系映画かなんかの恰好のネタになるほどの危険極まりないシチュエーションだったりしない?
「け、顕如さん?」
「はい、なんでしょう……」
「実は行方不明の32個のコンテナ……、こっちの世界にあったりする可能性は?」
「5は確実にありますね」
「5〜〜〜〜〜!?」
「いかがされました、勇者様?」
「ああ、ギブギブ……。 いくらなんでもスケールデカすぎ。 俺の手には負えない。 さっさと目を覚ませ」
「いえ、ですから勇者様は現の世界にいらっしゃいます」
「うつつ? うつらうつらの事だろ?」
「いえ、現とは、簡単に言えば夢ではなく現実だと言っております」
「はっはっは、おいおいジョニー、つまらないジョークだぜ」
「まだ疑うなら自分の頬でもつねってみてはいかがですか? 夢なら痛くないでしょう。 それと拙僧はジョニーではなく顕如です」
「ははは、まさか」
銀太は頬をつねって見た。
……………あれ?
おっかしいなぁ……。 痛いんだけど。
きっとあれだね。
寝相で実体もつねっているんだ。 そうだ、そうに違いない。
「さて、夢であるということは証明されたから……」
「勇者様、往生際悪いですな」 顕如はもはや、銀太の混乱っぷりを宥めるより自然に回復するまで待つ事に切り替えていた。
「寝相でつねったとかおっしゃるんなら、氷水でも頭からぶっかければ現だということが信じられるでしょう」
そういって顕如は氷水並々と入った桶を用意し、銀太に差し出した。
「はっはっは……、後でほえづらかくなよ、マイケル」
「ですから私は顕如です」
ザバーーーーっ
「冷……、うひ、うひょ!」
「これで現という証明はされましたか?」
「い、いいや。 まだだ。 こ、この冷たさは実体でも体感してるんだ!」
「どういう理屈で?」
「そ、そう! 今寝ている部屋の屋根が暴風雨で吹き飛び、冷たい雨が俺の身体を直撃してるんだ! そうにちがいない!」
「それはそれで起きない勇者様も相当なものだと思いますがね」
「はっはっは……、勝ち誇るのはまだまだ早いZE、ジョン。 これで痛みがなければ夢である事が実証される最終手段がある!」
「と、申しますと?」
「こっから飛び降りる!」
「何を馬鹿な事を!? ここまで往生際の悪い方は初めて見ましたぞ!」
「ふ……、敗北宣言か。 トニー?」
天守閣の柵に足をかけようとしたが……。
「万一、夢じゃなきゃ死ぬね……。 それで勝ったつもりか、トーマス!」
「…………どうせ飛び降りるんならそこから飛び降りてみたらどうです? その高さなら角度を間違えない限り死にはしないでしょう」
顕如が指指したのは、岩山本願寺の下にある人工池。
かなりの深さがあるようで、水底が見えない。
「二階部分から飛び降りればまあ、大丈夫でしょう」
「はっはっはっ……、ほえづらかくなよ、ベン!」
やがて……
ビターーーーーーン!!
水面を全身でたたき付けるように飛び降りた銀太が、よれよれになって顕如の元に戻って来た。
「嘘だと言ってくれ、ポール」
「ですので、先程から何度も言っているとおり、現だと」
「うがあああああ!」
銀太は頭を抱え、ゴロゴロと転がっている。
「勇者様、腹をくくってください。 勇者様は魔王信長を討伐するため、拙僧が異界より御呼び立てしたのです!」
「う……。 夢ではないのか……」
「………ちっ」
「え?」
「どうやらあなたは勇者ではなかったようですな……。 拙僧としたことが」
顕如はいきなり銀太を見下す。
「勇者を引き出したつもりが、引き当てたのはとんだ愚者だったようで……」
顕如は、坊官を呼び、
「この者が勇者でないなら飼っておく必要はないでしょう……。 とんだ手間でした。 牢獄にでもぶち込んでおきなさい」
「それがあんたの本性か、顕如さん?」
「全く、10年に一度しか皇臨の儀が出来ぬというに、二回連続でしくじるとはな……」
「二回?」
「愚者様には、黄泉路をさ迷っていただきますよ」
「さっきまで勇者、勇者とおだてときながら次は愚者かい。 あんた、どんな物事でも大成しないよ」
「そうですか、愚者様。 ありがたくご忠告は聞いておきますよ」
銀太は坊官に取り押さえられ、牢獄に引きずられていった。
「法主」
「孫一ですか」
「拝見させていただいておりましたが、あの若者。 切り捨てるのは時期早尚かと思われますが」
「いや、あれは勇者ではありませんでした」
「しかし……」
「私の目に狂いはありません……」
「ですが、勇者でなくとも気になる節もありました」
「異界から来たばかりにも関わらず、信長の名を当てたという点ですか」
「御意」
「ふむ……、別の使い道がある……。 そういいたいのですね?」
「あと、あの若者……。 この箱の中身を知っているでしょう」
「異界の武具……。 これは来たる魔王軍団と本願寺の戦いにおいて必要不可欠なシロモノです。 使用方法の解明は早急に行うのです」
「あの若者、これを畏怖しておりましたな……。 これを見てしばらくしてからあの豹変です。 拙者は何やら嫌な予感が致しますが」
「嫌な予感ですか……」
「強力な武具であることは間違いないでしょうが、いうなれば両刃の剣なのでは?」
「孫一の見解はそうですか……」
「やはり、異界の武具に頼らずに魔王軍団に当たるほうがいいかと」
「いや、孫一の意見でもそれは聞けません。 これを使わなければ多くの血が流れるでしょう。 魔王の馬跌によって幾万の罪無き民が苦しむ事がわかっております。 そんな事は本願寺の法主として許容できません」
「左様でございまするか」