2話 身が引き裂かれるようだ(物理)
目を開けると、そこは見渡す限りの荒野であった。
「これは…なかなか辺鄙なところに飛ばされたようですね」
生徒達のことを思うと身が引き裂かれるようだ。
…ん?
身が引き裂かれるよう、というか…
身が引き裂かれている気が…
そこで初めて、私は自分の状況を確認した。
左右に見知らぬ男女が鬼の形相で剣を突き出している。
どこに突き出しているか?それはもちろん前方に。私の隣で向き合っている彼らにとっての前方とはつまり…
思いっきり、私の体は二本の剣で引き裂かれていた。
自覚するとともに、強烈な痛みが全身を襲い、意識が遠のいていく。
「な、なんだこいつ…いきなり出てきたから刺しちまった…」
「これは…助からないわね…テレポーテーションで飛ばされてきたのかしら。まさか模擬戦で剣を合わせる瞬間に飛んでくるなんて、不可抗力とはいえ悪いことをしてしまったわ。せめて丁重に弔ってあげましょう。」
私を刺した二人の声が朧げな意識の中で遠く聞こえる。死神に相応しい最悪の運命だったようだ…
私は…死ぬのか?生徒達を置いて?
そんなこと、あってたまるか。
[異能「シルバーサイン」発現。第12能力、「刑死者」覚醒。」
一瞬の後、私の傷は塞がり、刺さった剣は弾き出されるのように吹き飛んでいた。
何が起こったのか、そう考えたかと思うと、突然強い頭痛に襲われる。
30秒ほどたっただろうか。
私は自分の状況を完全に把握していた。
恐らくこれが、あの声の言っていた魔力の流入による異能力の発現だ。
頭痛の中で、私の能力に関する情報が直接頭の中に叩き込まれたようだ。今発動したのは、私の能力「シルバーサイン」…タロットカードを扱う能力の一部、「刑死者」だ。能力に関するあらゆる情報が自分の手の中にあるのが実感できる。
「お、おい、あんた大丈夫か?」
「すごい…傷が完全に治っているわ。あなた、名前は?」
放心していた男女が話し掛けてくる。言語が違うのはわかるのだが、なぜか意味は伝わってくる。これも異世界人特有のものだろう。
「はい。私は大丈夫です。私は六郷 慎斗。あなた達の名前を聞いてもよろしいですか?」
「え、ええ。変わった名前ね。私はジェノヴァ。こっちはバデ…友人のアルティよ。」
「よろしくな。ところで、どんな仕掛けで身体を治したんだ?明らかに致命傷だったし、あんなの聖女様でもなければ治せないんじゃないか?」
「そこは秘密です。自分の能力をペラペラの喋る人間を貴方は信用できますか?」
「そ、そうだな。すまん、ちょっと好奇心が疼いてな。悪気は無かったんだ。」
まあ、この2人はどうやら信用できそうだし、話してもいいのだが、まだこの世界に来て間もない私だ。慎重にいくとしよう。
私の能力、シルバーサインは前述したようにタロットカードの力を操るものだが、タロットカード全ての力を扱えるわけではない。まず、一度に複数のタロットの力を使えるわけではない。一度に励起させられるのはひとつだけだ。そして、初めから使える「魔術師」、「女教皇」以外は能力を覚醒…使えるようにする条件がある。
先程の刑死者の覚醒条件は、一度死ぬこと。これ以降、刑死者を励起させている間、私は他人によって殺されることは無くなる。かなり強力な力だ。上手く使いこなしていこう。
さて。どこかに身を寄せねば私も飢えてしまう。ここは縁を活用させてもらおうか。
「すみませんが、幾日か泊めていただける場所はありますでしょうか。用心棒は受け持ちますので…」
「…どうする?ジェノヴァ。」
「いいんじゃない?強い能力者みたいだし、ボスも納得するでしょ。」
「そうだな。シントって言ったか?俺たちのアジトに招待してやるよ。そのかわり、俺たちのことを口外しないようにな。それさえ守ってくれりゃ、用心棒をやる必要もねえ。」
「有り難い。もちろん約束は守りましょう。」
ありがたい。ありがたいが流石に都合が良すぎる。これは裏に何かあるな。
アルティをじっと見つめると、バツが悪そうに顔を背け、唐突に破顔した。
「あー、えっとな。バレてるみたいだから言っちまうけどよ、あんたを俺たちの組織に招待したいんだ。」
「見ず知らずの人間をいきなり招待ですか。早計が過ぎるのではありませんか?」
「あんたのさっきの再生能力。あれは明らかに人の域を超えてる。俺たちの組織は丁度メンバーが1人欠けちまったところでな。そこにあんたみたいな強力な能力者が来てくれりゃ万々歳って訳さ。」
…これは、ヤクザへの勧誘なのか?
「生憎と、略奪や殺人を行う気は…」
「違う違う!そんな魔王軍みたいなことはしないって!俺たちの組織の名前は「執行機関」。簡単に言っちまえば義賊みたいなもんだ。いくつかの国と契約もしてるんだぜ。」
国家と契約を結ぶレベルなら大丈夫か。そんな組織に勧誘を受けるとは、刑死者に感謝だな。
「その話、受けさせていただきましょう。して、どこに行けばいいのです?」
「私の持ってる転移石からアジトに飛べるわ。私の手を握ってくれれば一緒に飛べるからね。」
「転移石なんて貴重も貴重だし、いい体験になるんじゃないか?」
…先程テレポートしてきたばかりなのでそう新鮮な思いではないが、一応喜んでおこう。
「お、おー!すごいですねえ。」
「……」
芝居がかった喜び方に白けた目を向けられ、憔悴した私であった。
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