6 悲劇の後
外で遊んでいた少年に母親らしき女性が声をかけた。
「ディルク」
少年は「どうしたの?」と母親にかけよった。
すると母親はディルクに籠を渡して言った。
「森の中に住むおばあさんが病気で寝込んでいるみたいなの。心配だからお見舞いに行ってちょうだい」
森の中に住むおばあさんなんて聞いたことない。
そうディルクがいうと母親は当たり前だと言った。
「とっても人間嫌いの変わりもので滅多に村に顔を出さないし、娘の私にすら会うのも嫌って人なのよ」
そんな人が果たして会ってくれるだろうか。ディルクは首を傾げた。
「大丈夫よ。お前ならすぐに会ってくれるわ」
母親の声にディルクは表情を落とした。
まるで自分は他の人間とは違うんだと言われているような気がして。
ディルクは幼い頃から自分の特徴を気にしていた。
母親はすぐに「ごめんね、悪気はないの」と言いディルクの頭を撫でた。
「でも、本当に心配なの。行ってくれる?」
そう母親に言われ、ディルクはこくりと頷いた。
「良い子ね」
母親はとても嬉しそうに言った。
「いい? 絶対に寄り道をしてはいけないよ。道中、狼に会っても絶対に耳を貸すんじゃないよ」
そう言われ、地図の説明を受けディルクは森の中へお遣いへと出かけた。―――
昔のことを夢に見てディルクはばつの悪そうな顔をした。
「あー、何でこんな夢をみるかなぁ」
嫌なことがあるとすぐに夢に出る。
これにディルクは嫌気がさし深くため息をついた。
ベッドから起き上がって窓を開けた。
心地いい風が頬を撫で心地よかった。それにディルクはふぅっと深呼吸をした。
クレアが死んでから三日が経った。
二日前にはクレアの葬儀が執り行われた。
昨日は今回の事件と被害者のこと、そして今段階でわかることを資料にまとめ郵送に出した。
銀十字の本部に届くのはあと数日経った頃であろう。
ディルクは今までのことをひとつひとつ思い出し、次第に疲れた表情をした。
「人にとりついた人狼退治は気分よくないなぁ」
慣れないものである。
ついこの前までは普通の人だったのが、人狼にとりつかれ人狼そのものになってしまう。
彼らはそうやって人の集落に潜り込み、最もうまそうな血肉にありつこうとした。
それが肉体の主の家族だったり友人であることはよくあることであった。
とりつかれた人を助けることはできない。
もうすでに人狼の肉体へと形成されていっており、人の精神も消滅しかかっているためだ。
その人を救うのはその肉体ごと人狼を退治するしかない。
肉体の主の親しい人たちは悲しみにくれる。
それを受けいられず狩人に憎しみをぶつけることがあった。
今回も例にもれず、クレアの母親がディルクを詰った。
「どうして私の娘を助けてくれなかったの! 肉体が乗り移られても助かる可能性もあったんじゃないのかい! 娘を返せ!!」
そういう詰りが一晩中、続いた。
ディルクはそれをずっと受け入れていた。
「早く、カタリーナ姫を捜さないと」
カタリーナ姫を見つければ、人狼の勢力を削ることができる。
人狼を絶滅させる手がかりになるかもしれない。
自分の目標を改めて認識しディルクは真っすぐと前を見据えた。
身支度をし、調査にあたることとした。
「おはようございます」
宿屋のフロントで寛ぐ男に声をかけられ、ディルクは頭を下げた。
三十代前半の物腰の柔らかい男であった。
身につけている衣装から聖職者というのがすぐにわかった。
「おはようございます」
「ディルクさんですね。私は教会の者で名をルッツと言います」
葬儀の時に顔を合わせていたのを思い出す。
あの時はクレアの家族への対応が優先され、軽い挨拶程度だった。
「どうも」
「昨晩は来るのが遅れて申し訳ありませんでした。ずっと罵倒を受けていたとは思わなかったので」
「仕方のないことです」
「そうですね。夫人の娘を失った悲しみは測り知れません。突然の大事な人の喪失にどう感情をぶつけていいのかわからなくなる。しかし、私の対応が不十分でディルクさんに負担を強いてしまいました」
ルッツは頭をふかぶかと下げた。
「私はこの村の僧侶として人狼の被害の心のケアを行っております」
数年前人狼によって殺された村人の遺族のことも彼が足しげく訪問し悲しみを聞き続けていた。
かなりの聞き上手のようで村一番の相談役とも呼ばれていた。
「また何かあったときは私に相談ください」
ルッツはにこりと微笑んだ。
ディルクは突然の申し出にどう応えていいかわからなかった。
確かに都市部にいたときや異端者との戦争の前線にいた頃のケアは狩人ではなく聖職者が行うようシステム化していた。
被害を受けた人々の悲しみや怒りに全て相手をしていたら、次の人狼退治に支障をきたしてしまう。
狩人仲間にも彼らのお世話になっている人もいる。
「これからクレアさんの御家族や友人のニコルさんのケアをお願いします」
「はい。ですので、ディルクさんは安心してお休みください」
思いもしない言葉にディルクは声をあげた。とても間抜けな声であっただろう。ルッツはくすくす笑いながら話を続けた。
「ディルクさんは疲れています。休暇が必要です。幸い今日はトマトワインの試飲を行う日なのですよ。行ってみてはどうですか?」
「申し出はありがたいのですが私は任務の為に一刻も早く次の人狼退治とカタリーナ姫の調査を行わなければ」
「ですが、よりよい働きをするために休暇は必要です。大丈夫です。今日の試飲会には自警団のメンバーがしっかりとガードしています。安心してお楽しみください」
「そうはいっても」
「ケアは被害者だけではなく人狼から人を守る者にも必要と私は考えています。今あなたは休養が必要です」
聖職者に強く言われ、ディルクは悩んだ。
簡単に村の外へ出してくれる雰囲気ではなさそうである。
ディルクが悩んでいるうちにルッツはディルクの腕をとり宿屋から酒場へと移動した。




