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5 人狼の人格

 クレアを救出した後、村へ戻る途中ディルクは二コルに出会った。


「ニコルさん、どうしてここに?」

「酒場で、エルゲ山でクレアを見たて話を聞いて」


 大人たちの呼びとめる声を振り切り、ここまでやってきたという。

 親友を心配してここまで一人でやってきたというのだ。人狼が潜んでいるとも限らな森の中に。

 その行動力にケヴィンは呆れて言った。


「全く、お前のような弱い奴が来たら迷惑だ」

「ちょっと」


 ジルケはどんとケヴィンに体当たりした。


「ニコルちゃんはクレアちゃんを心配してきたのよ。そんな言い方はないでしょ」


 ケヴィンはつんと余所を向き自分の言葉を改めなかった。


「こいつまで人狼に攫われたら俺たち自警団のメンツにかかわる。折角、クレアを救い出したというのに」

「え? クレア」


 ニコルは三人の後ろにいる金髪の少女を見た。

 クレアはにこりと微笑んだ。


「クレア!」


 ニコルは思わずクレアに抱きついた。


「本当に? 本当にクレアなのね?」

「そうよ。ニコル、また会えるとは思わなかったわ」


 感動の再会にニコルは思わず涙を浮かべた。


「よかった。無事でよかったぁ」


 泣きじゃくるその姿にディルクは複雑そうに見つめた。

 村がすぐ目の前にまでのところでクレアはニコルの手を引いた。


「どうしたの?」

「ニコル。ちょっといい?」


 そう言いクレアはニコルを引っ張り林の中へ消えた。


「おい! あまり村から離れるなよ!」


 ケヴィンの注意に対し、わかっているという応答が聞こえる。

 その声はそのまま林の中で途絶えてしまった。


「大丈夫ですよ。僕がついていくから」


 ディルクがそう言うとケヴィンはっちと舌うちした。それにジルケは呆れてため息をついた。


「まったく、子供なんだから。ディルク、彼のことは気にしなくていいからね。あなたが思った以上にできる人だから面白くないのよ。ようは拗ねている」

「はは………」


 ディルクは苦笑いした。


「さてと」


 二人の後を追おうとしたディルクは振り返り、二人にいった。


「クレアさんのことは僕が村人に言うまでは内密にお願いします」

「え? 折角助けたんだから盛大に村の人たちに言わなきゃ。みんな心配していたのよ」


 首を傾げるジルケにディルクは頭を下げた。


「お前がクレアを助けたんだ。一番の功労者の意見に従おう」


 何かあるのだろうと察したケヴィンがディルクの言葉に耳を貸した。

 それにジルケはおやと思った。それにケヴィンは叫んだ。


「これであの時の貸し借りはなしで」


 どうやらジルケが狼に四方から襲われたところを救ってくれたことを言っているのだろう。

 一番近くにいたケヴィン自身が助けることだったとケヴィンは感じていた。

 だから感謝はしている。

 ディルクはありがとうと言い残し、二コルたちのあとを追った。


 ニコルとクレアがやってきたのは村のすぐ近くの林の中。

 そこにはニコルが張った対人狼用の罠が貼られていた。

 昨日、ディルクが引っかかった罠もこの中にあった。


「ねぇ、ニコル。ここはわかる?」

「わかるわよ。私たちが小さい頃、よく遊んだ場所だものね」


 今程人狼の被害が多かった時期ではなかったが、外で遊ぶのに祖母はいつも難色を示していた。

 しかし、活発な少女だった二人には村の中で限られた遊びをするのはひどく退屈だった。

 祖母はせめてと二人に人狼避けの手法を教えてくれた。

 それは狼が苦手な薬草を縄や布に染みらせ木々にかけるというものだ。これで狼たちは少女たちに近づくことができなかった。


「今もその匂いのおかげかな。この辺りに狼が近づくことは滅多にないわ」

「そうね………匂いも定期的に新しくなっているわ」

「そうよ。私が新しく張っている罠にも狼が苦手な薬草をいくつか染み込ませているの」


 それを聞き、クレアはじっとニコルを見つめた。

 その表情は無表情でひどく冷たいものであった。

 ニコルは突然友人にそのような目で見つめられてどうしていいかわからなかった。


「そうか。お前のせいで仲間たちが村周辺に近付けずにいたのか」


 突然の言葉にニコルは理解できなかった。

 少女の声なのに、ひどく老成した口調にニコルは動揺した。


「何を言っているの?」


「お前の張った罠の中にはいくつか簡単なまじないも施されている。お前のせいで思った以上の効力があったようだな」


 この喋り方はクレアではない。

 外見はクレアなのに。


 この違和感にニコルは恐ろしく動けずにいた。

 怯えた様子の彼女をみてクレアはくつくつと笑いだした。


「だが、いい。邪魔な奴がこんなにうまそうな血の匂いをしてるなんて」


 にたぁと笑うその笑顔は人の少女はクレアではないと明確化させた。

 人狼の中には生きている人間の身体をのっとり、その身体を自分のものにすることが可能な者もいる。


 それを思い出したニコルはぞっとした。

 目の前にいるのはクレアではないのだ。肉体はクレアなのに。


 人狼。


 多くの異能の力を持ち災いをもたらし、また人の血肉を求める者――人狼であった。


「ああ、よいよい。その恐怖に支配された表情。うまい匂いがますますうまそうだ」


 クレアの姿をした人狼がじゅるっとよだれを啜った。

 その姿は獲物を目の前にした獰猛な狼のもので背筋が凍る。


「そうだ。そのまま動くな。そうすれば苦しませない」


 クレアの口から鋭い牙がぎらつき、ニコルの方へ近づいた。

 人間のものとは思えない素早さで迫ってきてニコルは最期を覚悟した。


 ドスッ! と鈍い音と共にクレアの動きが止まる。


 クレアは思わぬ痛みに首を傾げた。

 胸を見ると短剣が刺さっていた。


「あぎゃああああ」


 短剣をみてクレアは絶叫した。これ以上にない恐怖を感じ取れた。


「こんなに早く正体を現すなんて思わなかったな」


 ディルクが林から飛び出し、ニコルの前に入った。

 今の短剣はディルクが投げたものだった。


 人狼の眷属である狼たちに囲まれて何ひとつ傷も追わず平然としているクレアをみてディルクは疑っていた。

 すでに人狼に取り憑かれているということを。


 村に戻るまでの間、いつでも彼女を仕留められるように準備はしていた。

 おそらく家族に保護された後に、今日はクレアの家付近で張り込む予定だった。

 しかし、ニコルが迎えに来るとは思わなかった。

 そして彼女の前で正体を現すとは思わなかった。


「ああああっ!」


 クレアはおそろしい叫び声を続ける。


「その短剣には銀が塗り込められている。人狼の君には猛毒だろう?」


 ディルクは冷淡に言った。

 今楽にしてあげようと、ディルクは聖女の名を唱えようとする。


「おのれ………銀十字の狩人め! 腐った尼僧の下僕め」


 そう罵り人狼は銀の毒をこらえ、牙と爪を出しディルクに襲いかかった。ディルクはもう一つ持つ短剣でそれを受けとめた。


「っく………」


 毒を受けたというのに人狼の力はかなりのものだ。


「ふん、所詮は人。下級人狼程度なら何とかなっただろうが、私のような真祖に近い者相手ではそうもいくまい」

「真祖、そうか」


 ディルクは大きく深呼吸をして、目を鋭くした。


「やっぱりここがカタリーナ姫ゆかりの地なのか」


「何呟いているんだ。お前は今から私の糧となるんだ。あの娘より質は劣りそうだが、お前さえ食べれればこんな傷すぐに治せる」


 ディルクは左腕を人狼の胸の方へ伸ばした。人狼の胸には先ほど刺した短剣がまだあった。それに触れた瞬間に名を呼ぶ。


「キリア」


 その瞬間、人狼の身体から血が噴き出した。


「な、んで」

「その短剣は特殊でね。対人狼用に細工してあるんだ。そして聖女の加護を受けている」


 短剣は聖女の一部を溶かし作られた聖遺物であり、銀を塗り込まれている短剣の下には魔術の発動の為の簡単な呪文を彫り込まれていた。


 ディルクが触れ名を呼ぶと同時にわずかな魔力を注ぐと呪文は発動する。刺さった先から銀毒を体中に巡らせる。


 簡単には殺すことができない人狼を破壊する為に作られた。


 一部の狩人が使用することができる術で、聖女の力の一部を具現化させる。

 これにより人狼の肉体は内から崩される。

 ディルクが説明する前に人狼はその場に崩れ、絶命してしまっていた。


「クレア」


 始終を見ていたニコルはぽつりとつぶやいた。


「ニコルさん」


 ディルクは複雑な表情をした。

 本当は彼女を巻き込みたくはなかった。

 こんなことになるのであれば、クレアを発見した時点で仕留めておけばよかったと深く後悔した。

 ジルケたちに非難されようとクレアから人狼の人格をあぶりだせばよかった。


「ニコルさん、辛いことですがあなたの友人はもうとっくにこの世にはいないんです。肉体は人狼に乗っ取られてしまったので、今いたのは人狼です」

「そんな」


 ニコルは呆然とクレアの肉体をみた。

 身体中、血を流している友人の死体を見て震えた。


「あんまりだよ。クレアが何をしたっていうの。こんな、こんな、ひどい」


 ニコルはぽろぽろと涙を流し呟いた。


「人狼なんて大っきらい! パパとママを殺して、私の友人の身体まで乗っ取るなんて!!」


 ニコルは叫んだ。その叫び声はとても痛く辛いものであった。


「人狼なんてみんな死んでいなくなってしまえばいい!」


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